第53話 君がいて助かったよ

 翌日の生徒会室は、妙に広く感じられた。


 一番奥──生徒会長、クローディア=ローゼンベルグの定位置が空いていたからだ。


 クローディアは大事を取って、数日間、実家である伯爵家で療養することになった。本人は不満そうだったが、跡取りとして過保護に扱われているらしい。


「こうなったら、俺たちで動かすしかねーよな!」

 雷属性の指導担当、ライゼが机の上に進行表を広げ、腕まくりをしながら声を上げる。


 その勢いに呼応するように、生徒会メンバーの表情にもやる気がにじんでいた。


 リミュエールは騒がしさの中で深く息を吸い、口を開く。


「それで……提案なんですけど」


 その一言に、全員の視線が集まった。


「今までの仕事分担を、見直しませんか? 進行表や文書確認、予算管理……全部に役割と締切を明確にして。クローディア会長が戻ってきたとき、安心して任せられる体制にしておきたいんです」


「つまり……クローディアがいなくても回る生徒会を作るってこと?」

 火属性の広報、スカーレが目を丸くする。


「はい。『全部を背負わなくていい』って、会長に実感してもらえるように。……あと、効率化のためにいくつか提案があります」


 まっすぐな視線に、風属性の書記、ウィステアがゆるりと笑みを浮かべた。


「聞こうじゃないか。どんな提案かな?」


「まず……ウィステア先輩の風魔法。ペンを同時操作して自動筆記してますよね。あれを“手”じゃなく“ペンそのもの”に魔法をかけて、誰が使っても動くようにできませんか?」


「手じゃなくて、ペン自体に……なるほど」


「はい。そして、記録フォーマットを標準化すれば、誰でも効率的に書記作業をこなせます」


「……おもしろい。検討の価値ありだな」


「それから、ポスターや広報物。テンプレートを用意しておけば、毎回レイアウトをゼロから考える必要はありません。火の広報スカーレ先輩の装飾センスを活かすなら、デザインを数種類固定して、そこから選べるようにしたほうが効率的だと思います」


「テンプレ……なるほど! 私、それなら燃え──いや、燃えずに頑張れるかも!」


「さらに……掲示用の絵や装飾イラストは、美術工房アート・エレメンタルに依頼してみてはどうでしょう」


「えー……」

 スカーレはちょっと不満そうに唇を尖らせる。自分で描きたいらしい。


「美術工房としては宣伝になりますし、スカーレ先輩は仕事に集中できる。ウィンウィンです」


「……そう言われたら、たしかにそうかも」

 スカーレは渋々ながらも頷いた。


「次に、土属性の副会長、グラン先輩の担当する設備系の仕事です。イベントでは、設計を簡易魔導模型で事前にシミュレーションできるようにすれば、当日の設営時間を大幅に短縮できるはずです」


「……模型か。それなら、土の魔力で構造ごと再現できるだろう」


「そして最後に……ライゼ先輩にお願いです」


「お、なんだ? 任せろ!」

 雷の指導担当ライゼが胸を張る。


「進行表の管理と全体のスケジュール調整を、ライゼ先輩が一手に担ってくれれば、各部署の動きがずれません」


「ふっふーん、俺の出番ってわけだな! おっけー、まとめて仕切らせてもらうぜ!」

「ずいぶん筋の通った話だ。君、やっぱり只者じゃないね」


「筋の話なら任せてください!」

 謎の元気を見せるリミュエールに、全員が一拍置いてから笑い声を漏らす。


「では、まずは議題を整理しよう。効率的に分担を進めるには、前期の資料を引っ張り出す必要があるわ」

 氷属性の会計、ノエルが冷静に提案する。


「了解。俺、データ魔導結晶の管理やる!」

 雷属性の指導担当、ライゼがすかさず手を挙げる。


「私は、ポスター案と広報文面、まとめてみるね!」

 火属性の広報、スカーレが笑顔で声を弾ませる。


「俺は……うん、設営図からやるか」

 風属性の書記、ウィステアが頷きながら羽ペンを走らせる。


 そして、土属性の副会長、グランがぽつりとつぶやいた。

「……椅子、重そうだったら呼んでくれ」


 その一言に場の空気がやわらぎ、生徒会室にはにわかに活気が戻り始める。


 その中心で、リミュエールはこっそりと拳を握った。


(よし……ここからが本番だ)


 筋肉も、組織も、バランスが大事。

 分担して、支え合って、全体で強くなる。


 それが、彼女かれの信じる「チーム」のかたちだった。


 数日後の生徒会室。


 これまでとはまるで違っていた。

 整然とした机、余裕ある声、そして軽やかに飛び交う魔導ファイル。


 新体制へと移行した生徒会は、驚くほどスムーズに回り始めていた。


「おっしゃあ! 次は午後の掲示作業、スカーレと俺がいくぞー!」

 雷属性の指導担当、ライゼ=サンダークが元気よく腕を振る。

 その明るさに釣られ、メンバーの表情が自然とほころぶ。


「了解! あ、でも配置と結界の強度、グラン先輩と相談したいかも!」

 火属性の広報、スカーレが紙束を手に声を上げる。


「必要な予算はここに書いてあるわ。無駄に火を吹くポスターは認めないけど」

 氷属性の会計、ノエルが冷ややかに告げた。


「そ、それは過去の私だから! 今は改心したおとなしい火の子だから!」

 スカーレが慌てて両手を振り回すと、場の空気が和らぎ、笑いが広がる。


 風属性の書記、ウィステアはペンを操り、記録をさらさらとまとめる。

 土属性の副会長、グランは模型を動かし、設営図を調整する。

 それぞれが自分の持ち場で活き活きと働き、互いに補い合っていた。


 リミュエール=セラフィーヌは、生徒会室の隅からその光景を静かに見守る。


(……すごい。こんなに活気があって、誰もが頼もしいなんて)


 かつて「修羅場」と呼ばれたこの部屋が、今ではまるで王衛騎士団グラン・セイバーのように統率されていた。


 ふと、中心にいたひとりが、そっと壁際のソファに腰を下ろす。


 クローディア=ローゼンベルグ。

 完璧主義で何もかも背負い込んでいた生徒会長が、徹底した役割分担とリミュエールの数々の提案によって、ようやく「休む」という余裕を得たのだ。


 重たく息を吐き、背をソファに預ける。


「……君がいて助かったよ、セラフィーヌ侯爵令嬢。ありがとう」


 いつもの硬質な声とは違い、どこか柔らかく素直な響き。


「い、いえ。私はその……少しばかり、筋肉で考えただけなので」


 わけのわからない返答に、自分で頭を抱えたくなるリミュエール。

 だがクローディアはふっと口元で笑った。


「筋肉理論……か」


 そう言って目を閉じた彼の顔は、かつてないほど穏やかだった。


 リミュエールは胸の奥にぬくもりのような感覚を抱きながら、生徒会の面々をじっと見守る。


(これで……よかったんだな)


 活気に満ちた生徒会。

 それぞれが役割を果たし、互いに補い合う。

 クローディアもようやく肩の力を抜き、生徒会の空気はまるで別物になっていた。


 リミュエールは目を細め、達成感に小さく息をつく。


 けれど――そのとき。


「……なにか……忘れているような……?」


 ふと遠くを見るような目になり、胸の奥に小さな引っかかりを覚える。

 生徒会のこと? いや、もっと現実的で……今すぐ直面しそうな……。


「…………」


「……ああああああああっっっ!!!!」


 突然の絶叫が、生徒会室中に響き渡った。

 驚いた全員が振り返る中、リミュエールは机に突っ伏して叫ぶ。


「定期テストぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 絶望の声が木霊した。


 さっきまでの穏やかな空気が、一瞬で凍りついたのは言うまでもない。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 お読みいただきありがとうございます!

 

 応援♡・評価⭐︎をぜひぜひよろしくお願いします!

 あなたの応援が力になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る