第4章 攻略対象:クローディア=ローゼンベルグ

第37話 あらま、今日は静電気が激しくってね

 入学から一ヶ月。学院生活にも慣れ始めたリミュエール=セラフィーヌは、筋肉とともに過ごす日々を満喫していた。


 朝の空気はまだ冷たいが、その胸の奥には確かな熱が宿っていた。


 その日のホームルーム。担任の先生が淡々と話し始める。


「さて、来週からの親睦合宿について説明する。合宿地は王族の旧都ルクス・オリジア。歴史ある古都であり、今も王族の直轄地だ。新入生の君たちが互いを知り、学院での絆を深める場でもある」


 リミュエールは配られたプリントを見つめる。

 学院の伝統行事である親睦合宿は、新入生同士の交流の場であり、自然の中での特別な学びの時間でもあるらしい。


 魔法属性別の演習や、普段の学院生活ではできない自然に囲まれたフィールドワーク。想像するだけで胸が高鳴った。


 隣に座るフローラ=グリーネルは、楽しそうにそわそわしていた。

 草属性のまったりした雰囲気を持つ子爵令嬢で、入学以来ずっと仲良しの友達だ。


 教室がざわつき始めた頃、リミュエールはフローラに小さな声で問いかける。

「ねぇ、フローラ。合宿ってそんなにすごい場所なの?」


 フローラは嬉しそうに微笑み、柔らかい声を返した。

「うん、リミュちゃん。知らなかったの? 合宿地はとっても歴史のある場所なのよ。自然が豊かで、魔力が満ちてるって。昔は王族が住んでいた場所で、今も直轄地なの。領土が広がる前は、首都だったんだって。いろんな伝説も残ってるのよ」


 リミュエールの瞳が輝きを増す。筋肉だけじゃない。心まで躍るような感覚に満たされていく。

 フローラはそんな様子を微笑ましく見つめていた。


 そのとき、後ろから静かな声が届いた。

「随分楽しそうだな。……まったく、リミュはいつでも全力だな」


 振り向くと、そこにいたのはセス=グランティール。

 水属性のクールな秀才で、誰よりも理知的な雰囲気を纏っている。けれど、幼馴染であるリミュエールにだけは優しい目を向けてくれる。


「筋肉が求めるからな。進むべき道を示す……それだけだ」

 真顔で答えるリミュエールに、セスは一瞬だけ微笑んだ。


「……そうか。相変わらずだな」

 そう言うと、また静かに視線を戻す。

 水のように澄んだその瞳は、リミュエールの無邪気な期待を映すように柔らかかった。


 ちなみに、リミュエールは侯爵令嬢だが、幼いころは病弱体質で旅行など行けなかった。それはバルクが転生してからも同じだ。両親が心配しており、旅行などもってのほかだった。

 だからこそ、今回の合宿は楽しみでならない。


 後ろでは、ざわざわと意地の悪い声が漏れ聞こえてきた。

「平民だものね」

王族の旧都ルクス・オリジアなんて、行ったことないんじゃなくて?」

「わたくしたち貴族にとっては恒例の避暑地ですけれど……」

「平民は、家族旅行もしないのでしょう?」


 聞こえる嫌味。

 リミュエールは小さく息を吐くと、口の中でこっそり雷魔法を唱えた。

 バチバチッ!

 一瞬で、ご令嬢たちの髪が逆立った。


「!?」

「か、髪がぁぁぁ」

「わたくしの自慢の縦ロールが!」


 他人事のように微笑んで、リミュエールは肩をすくめる。

「あらま、今日は静電気が激しくってね」


 セラフィーヌ家は侯爵家。地位の差を前にして、誰も面と向かって言い返す者はいない。

 するとセスが、淡く微笑みながら言った。

「ありがとう、リミュエール」


「なんのことかしら? おほほほほ」

 リミュエールは、高らかに笑い飛ばした。

 最初は戸惑ったご令嬢生活だったが、バルクはすっかり馴染み、楽しんでいた。

 筋肉にもしなやかさは必要だ――そう思いながら。


 その様子を、少し離れた場所でエアリス=アストレアが静かに見ていた。

 深い緑の瞳を細め、穏やかに微笑む。風属性の王族の第二王子らしい、品のある佇まいだ。


「……本当に楽しみだよ。合宿って、普段は見えない顔が見えるから」

 その声に、周囲のご令嬢たちが一斉に頷いた。

「ほんとですわね!」

「エアリス様は、何度も行ったことがあるのでしょう?」

「とても楽しみですわね!」


 エアリスの取り巻きは、今日もいろとりどりのブーケのように賑やかだった。


 リミュエールは小さく頷きながら、遠い古都に向かう自分の姿を思い浮かべる。

 筋肉が震え、心が弾む。

 どんな出会いと挑戦が待っているのか。考えるだけで、胸が高鳴った。


 教室の窓の向こう、白い雲がゆっくりと流れていく。

 その向こうには、きっと新たな景色が待っているのだろう。

 笑みが、自然とこぼれていた。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 合宿当日。朝日を背に、学院の門前には見渡す限りの馬車がずらりと並んでいた。

 アストレア王立高等訓練院の校章をあしらった車体は、この国一番の学院の威光を誇示するように堂々としている。


 馬車の列はまるで一つの軍勢のように整然と並び、その荘厳さが合宿の特別さを物語っていた。


 そうそうたる名家の令嬢や令息が集うだけに、周囲の警護も厳重だ。

 従者や騎士が鋭い視線を光らせ、無言で周囲を睨むように見渡している。

 だがその張り詰めた空気の中で、リミュエールの心はわくわくと弾んでいた。


「おいリミュエール、もう準備万端か?」

 鍛錬部の五年生、レオナート=フレイアークが馬車の脇に立ち、にやりと笑う。

 鍛え上げた体躯と精悍な顔立ちは、どこか安心感を与えてくれる。


 リミュエールは思わず背筋を伸ばした。

「はい! この合宿でも、鍛錬部ガーディアン・フォージの名に恥じないように、鍛錬は怠りません!」


「いい心意気だ。……だが、無茶はするなよ。お前はいつもやりすぎるからな」


「問題ありません。やりすぎた分を回復するとき、筋肉は成長するのです」

 リミュエールの言葉に、レオナートは肩をすくめて小さく笑う。


 ふと、先頭の馬車に目をやると──生徒会長、クローディア=ローゼンベルグの姿があった。

 深い闇色の髪と冷たい紫の瞳。生徒会長としての威厳を纏い、静かに立つその佇まいに、周囲の空気が一層張り詰める。


 クローディアの後ろには、生徒会執行部の面々が控えていた。

 頭脳明晰で事務を取り仕切る副会長。几帳面な会計係。柔らかな物腰で新入生の不安を和らげる書記。

 誰もが制服をきちりと着こなし、その瞳に確かな自負と冷静な光を宿している。


(クローディア……あの人は何を考えているんだろう)

 筋肉のことしか考えていなかったはずなのに、リミュエールの胸がざわつく。

 鍛錬部ガーディアン・フォージ戦術演武部アーク・ストラテジカの一件。生徒会の権限の大きさを改めて思い知る。


 首をかしげながら、リミュエールはレオナートに問いかけた。

「そういえば、なんで生徒会の人や上級生がこんなにいるんですか?」


 レオナートは軽く顎を引いて答える。

「生徒会が主催しているんだ。あと、優秀な監督生はお目付け役として新入生のリーダーを務める。合宿中の安全と秩序を守るためにな」


「なるほど……ってことは、レオナート先輩もその監督生なんですね」

「おう。この筋肉は伊達じゃねーからな」

 胸を張って笑うレオナートに、リミュエールはつられるように笑顔を返した。


 周囲を見渡すと、馬車を取り囲む護衛の鋭い目が、合宿の特別さをさらに際立たせている。


 やがてレオナートが声をかけた。

「馬車は模擬戦のチームの割り当て通りだ。乗り遅れるなよ」


「はい!」

 促されるまま、リミュエールは馬車へと足を踏み入れる。


 馬車の列は、まるで物語の始まりを告げる行列のようだった。

 その中に自分もいる。そう思うだけで、胸が熱くなるのを感じていた。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 お読みいただきありがとうございます!

 合宿編に入りました。


 どんな旅になるのか気になる!

 と思っいただけましたら、応援♡・評価⭐︎をぜひぜひよろしくお願いします!

 あなたの応援が力になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る