第27話 君を危険な目に合わせたくない
「で、結局どの部に入ったの?」
昼休みの中庭。柔らかな陽射しが草花を照らし、風にそよぐ花弁の香りがあたりに漂っている。
花壇にしゃがんで草を摘んでいたフローラが、顔を上げてリミュエールに問いかけた。
「
「……そんな部、あったっけ?」
フローラは目をぱちくりとさせる。
リミュエールは昨日の出来事を語った。幼馴染のセスと一緒に見学した
その帰りに、隣の倉庫で出会ったマッチョな先輩と、汗と鉄のにおいに満ちた空間――。
「あるんだよ、倉庫の奥に! 筋肉と汗と鉄の香りに包まれた、最高の場所だ!」
リミュエールは拳を掲げ、太陽を背に輝かせるようにして宣言する。
「……リミュエールらしい選択だね」
フローラはくすっと笑いながらも、その瞳はあたたかかった。
そのとき、中庭を横切る風が、ふわりと光を運んできた。
「やあ、また会ったね、セラフィーヌ侯爵令嬢。フローラ=グリーネル子爵令嬢も」
柔らかな声とともに現れたのは、銀色の髪を風にたなびかせ、翠の瞳を持つ美少年。アストレア王国の第二王子・エアリスだった。
彼の背後には、品のある装いの女子生徒たち。その中でも、ひときわ目を引くのが真紅の髪を結い上げた令嬢――イザルナ=フレイアークだった。
「……エアリス王子」
フローラが小さく声を漏らし、リミュエールもぱちりと瞬きしたあと、笑顔で答えた。
「エアリス王子もお昼か?」
「うん。君たちがここにいるって、風が教えてくれたんだ」
「それって……比喩? 本気?」
「半分本気かな」
エアリスは肩をすくめ、気さくに笑った。
だがその和やかな空気は、次の声によって打ち破られる。
「リミュエール=セラフィーヌ」
冷えた声。輪の中から一歩進み出たのは、イザルナだった。
「……あなた、まさか王子を狙って近づいているんじゃなくて?」
「え? 違うよ? てか、王子から近づいてきたんだが?」
真後ろにいたくせに、なにも見えていなかったらしい。
「だとしてもよ。そもそも普通に接すること自体、不遜だと分からないの? そう軽々しく振る舞うとは」
「軽々しくというが、俺とエアリスとフローラは、友人だ」
地位に違いはあれど、一緒に戦ったこともある学友だ。不遜だと言われるいわれはない。
「だとしても……! わたくしは、王家に仕える名門騎士の一門、フレイアーク家の者として、エアリス様に軽々しく近づいてくる輩は見過ごせませんわ」
イザルナはきっぱりと言い放ち、赤い瞳でリミュエールを見据える。背後の取り巻き女子たちも、「そーよ、そーよ」とか、「イザルナ様、格好いい」と合いの手を入れる。
(フレイアーク……? あれ? レオナート先輩と同じ名字?)
リミュエールの脳裏に、昨日出会ったばかりの、筋肉質な兄貴分の姿がよぎった。
(もしかして……兄妹?)
そう思うと、イザルナとレオナートの精悍な顔つきは、どことなくそっくりな気がする。
「あれ、フレイアークって……レオナート先輩って、知り合いか?」
「――わたくしの兄上ですわ。なぜその名前を?」
イザルナは不思議そうに、眉をひそめた。
「
「
イザルナはリミュエールから視線を外すと、くるりと踵を返し、取り巻きの中へと戻っていった。
「……なんか怒らせた?」
「彼女はもともと厳しい子だからねー。怒っては、ないと思うけど」
エアリスは少し困ったように笑いながら、リミュエールたちの隣に座った。
取り巻きの女子たちも、近くのベンチへ分かれて座る。
今日はここでお昼ご飯だ。
「エアリス王子は、部活決まったのか? よかったら……
リミュエールはエアリスの腕の筋肉を眺めながら言う。適度に引き締まり、筋張ってはいるが、まだまだ細身。鍛えれば、いい筋肉になりそうな素質を秘めている。
「うーん……考えさせて」
エアリスは困ったように笑った。雲ひとつない青空に、銀髪がきらりと光った。
にぎやかな昼食が終わり、エアリスたちと一緒に、リミュエールとフローラは渡り廊下を並んで歩いていた。
教室へ戻らないと。
両側には手入れされた植え込みと石畳の庭。木陰では他の生徒たちが楽しそうに笑い、魔法の光球がふわふわと浮いていた。
そのとき――
ピシィィッ!
鋭く空気を裂く破裂音が、渡り廊下に響き渡った。
「っ!?」
空中に展開されたのは、青白く輝く魔法陣。その中心から、凍てつく氷の矢が放たれる。狙いはまっすぐ、エアリスの胸元。
「下がれ!」
リミュエールが叫び、右手を前へ突き出す。瞬間、
雷属性魔法、発動!
バチバチと火花が迸り、リミュエールの全身に雷光が走る。
身体能力ブースト。反射反応速度、0.5秒短縮。
筋肉が雷の刺激で一気に活性化し、スプリングのように力強く弾けた。その瞬間、肉体は常人をはるかに超える速さで動き出す。
風を斬る音と共にリミュエールが前に飛び出し、氷の矢へ向かって右腕を突き出す。
視界が線になる。風が逆巻く。
バリバリッ!
衝突直前、雷のエネルギーを帯びた手のひらが氷の矢を受け止めた。
痺れるような衝撃が腕を駆け抜ける。だが、鋭利な氷は砕けることなく、彼女の手の中で静止していた。
「つぅぅ……でも、セーフ!」
掌から立ち上る蒸気。霜の結晶が肌に浮かび、指先がじんじんと痺れていた。
「……君、今、弓を素手で止めたの……?」
エアリスが目を見開いたまま、驚愕と呆然が入り混じった表情でつぶやく。その顔に張りついた笑みは、いつもの余裕のある王子の面影を失っていた。
取り巻きの令嬢たちは一斉に悲鳴を上げる。
「きゃあっ!?」
「なに今の!?」
「え、リミュエール様すご……!」
中には震えた声で「か、かっこいい……」と呟く子もいた。
フローラは目をぱちぱちと瞬かせたまま、思わず立ち尽くしていた。
「す、すご……え、いま、矢を……? 手で……? 本当に……??」
雷光を散らしながら、リミュエールはにかりと笑った。
「ああ、筋肉への神経伝達を、雷で強化してな」
氷の矢を握ったまま、リミュエールは一歩前に出る。
風の流れ。
矢に残された魔力の震え。
鼓膜に響くかすかな残響。
すべてを感覚に取り込み、
「……一体誰が……?」
(狙撃者は……まだ、近くにいる)
駆けだそうとした、そのとき――
「待って、リミュエール」
そっと、だがしっかりとした声でエアリスが呼び止めた。
リミュエールが振り返ると、彼は真剣な表情で首を振る。
「君を危険な目に合わせたくない。きっと狙いは、僕だ」
その言葉に、リミュエールはむっと口をとがらせた。
「でも、放っておけないだろ。俺は……守るって、言ったからな」
真っ直ぐな目をして言い切るリミュエールに、エアリスの瞳が揺れる。
「……ごめん、無茶してくれて。でも、ありがとう」
ふっと笑みを浮かべるエアリス。
そのやりとりを見ていたイザルナの眉が、わずかに吊り上がる。
「……ふん。だから嫌なのよ、筋肉馬鹿って」
取り巻きたちはひそひそと囁き合い、イザルナの表情を伺っている。
(この狙撃、偶然じゃない。犯人は、必ず近くにいる)
リミュエールは心の中で再度そう確信した。
(次は、セスに協力してもらおう。あいつの頭脳と感覚を借りれば、きっと糸口が見える)
握りしめた氷の矢が、冷たく手の中で軋んだ。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
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