第15話 でも……これで終わりじゃないわ

 試合開始の鐘が鳴った瞬間、リュミエールバルク=セラフィーヌは地を蹴った。


 足にまとわせたのは、自身の雷の魔力。


 それはただの加速魔法ではない。筋肉に指令を送る神経信号──その電気の流れそのものを雷魔法で上書きし、意図的に強制制御することで、常人離れした瞬発力を引き出す。


 言い換えれば、雷の力で自分の筋肉に『命令を上書き』しているようなものだった。


 雷光を帯びた脚が、爆発的な推進力を生む。


「いくぞッ!」


 空気が震えるほどの踏み込みで、リミュエールは一直線に中央の『拠点ストーン』へと突き進んだ。


 これは、先週の模擬戦の続きだ。


 前回は中断という形で終わったが、点数の上ではリミュエールたちが勝利。そして今日、勝ち残った2チームがぶつかり合う最終戦が行われている。


 授業の一環ではあるが、成績評価には大きく影響する重要な一戦。今回は時間割の都合上、上級生の見学はなく、フィールドの外には教師陣が数名配置されているだけだった。


「リミュ、左から来る! 一度引け!」


 鋭い声が飛ぶ。セス=グランティールだ。


「了解ッ!」


 彼の分析力は信頼できる。リミュエールはすぐに判断を切り替え、雷を逆流させて右へと跳ねる。


 直後、左側から敵チームの魔法が一直線に走り抜けた。


(危なっ……さすが、セス)


 ぎりぎりの回避。だが、それすらセスの指示があったからこそ可能だった。


水流槍ウォーターランス、上から牽制!」


 セスの放った鋭い水の魔弾が、敵の前衛の頭上をななめにえぐるように飛ぶ。


 そのタイミングに敵が一瞬ひるんだ。リミュエールの視界が一気に開ける。


「いける……ッ!」


 雷の魔力を拳に集中させ、踏み込みと同時に叫ぶ。


雷撃拳ライトニング・スマッシュ!」


 拳が敵の魔法障壁に直撃。バリィンという破裂音とともに、淡い結界の光が砕け散った。


 生まれた突破口を逃さず、風がすり抜ける。


「ナイス開幕。じゃあ、僕の出番だね」


 風をまとった影──エアリス=アストレアが、滑るように敵後衛へと回り込んだ。


 その指先から放たれたのは、刃のように鋭く、そして静かな風。


風刃突エア・スティング!」


 風の斬撃が、敵後衛の支援魔術の詠唱陣を正確に断ち切る。術式が消滅し、敵の連携が一瞬で崩れた。


 その光景を、観客席の教師たちがどよめきとともに見つめる。


「……エアリス王子、魔力測定のときは大した数値ではなかったはずだが……」


「単なる制御型かと思っていたが、いや、あの精密さは……」


「どう見ても、実戦向けの風魔法だ。あれは見せてなかったな……!」


 生徒たちの間にも驚きが広がる。


「えっ、エアリス王子ってこんなに強かったの!?」

「風魔法で支援術式を切るとか、完全に狙ってたよね……?」

「魔力量、測定のときのは、なんだったの……?」


 そんなざわめきの中、リミュエールは確信を持って拳を握る。


(そうだ……あいつ、本気ならここまでできるんだ)




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




 フィールドの端、白線の外。

 試合の流れを追う視線の先には、チーム・リミュエールの流れるような連携があった。


「……お見事だな」


 魔術担当の教師が、腕を組みながら感嘆の声を漏らす。


「セス=グランティールの緻密な指示、エアリス=アストレアの機動と妨害、そしてリミュエール=セラフィーヌの突破力……見事に噛み合っている」


 副担任が、頷きながら記録用の魔導紙にさらさらと走り書きを続ける。


「さすが、学年一位と二位の連携力。そしてセラフィーヌ嬢……パワー型の印象が強かったが、今回は戦術の中で真価を発揮している」


「支援役のフローラ=グリーネルもうまく噛み合ってます。一年生であれだけ柔軟な補助ができるのは珍しい。支援魔法のタイミングが的確で、見ていて気持ちがいい」


 風のように滑らかに動くエアリスの姿に、老練な教師の目が細められる。


「おやおや、第二王子殿下の動き……今回は本気に見えるな」


「ふふ、ようやく仮面を外したか。入学試験、首席の実力はさすがですね」


 教師たちはそれぞれに唸りつつ、目の前で繰り広げられる戦いに引き込まれていった。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩




「よし、中央ストーン、制圧完了!」


 リミュエールの声がフィールドに響き渡る。足元の『拠点ストーン』は、青白い脈動を放ちながら、彼女かれらのチームカラーへと静かに染まっていった。


 その直後、背後からやわらかな気配が近づく。


「リミュエール様、少し動きが重そうです……。加速、かけますね」


 フローラの声とともに、足元に薄緑の魔法陣がふわりと展開された。


茨の息吹ブライア・ブースト


 草の魔力が芽吹くようにリミュエールの脚に絡み、しなやかな力を送り込む。身体に伝わるのは熱ではなく、瑞々しい生命の流れ。筋肉の隅々まで新鮮な力が浸透していく。


「ナイスだ、フローラ!」


 リミュエールは軽く膝を屈伸させ、拳を握る。雷と草――相反するようでいて、今は見事に共鳴していた。空気がピンと張り詰める。まさに、一触即発の弾丸だ。


「東と西、敵は分散してる。今のうちに包囲する!」


 セスの冷静な声が飛ぶ。彼は足元に投影された魔法陣付きの展開図に視線を落とし、各地点の魔力反応を目で追いながら指示を出す。


 一方、エアリスは風を纏い、滑るようにフィールドを移動していた。


「了解。風裂矢ウィンド・スプリッター!」


 軽く振られた指先から、無数の風の矢が空へと舞う。散らばるように飛び交い、敵陣の視界と動線を乱す。鋭く、繊細で、そして正確――


 敵の動きが一瞬鈍る。


 その隙を、味方が見逃すはずもない。


 誰もが自分の役割を理解し、言葉を交わすまでもなく行動に移す。


 連携は冴え渡っていた。指揮ではなく共有。命令ではなく信頼。


 まさに、理想的なチームだった。




 ✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩





 ──観客席、その最奥の隅。


 熱気と歓声に包まれた中で、ただ一人、身じろぎもせず座っている少女がいた。


 丁寧に結い上げられた巻き髪。制服の胸元には、炎を象った貴族の家紋が繊細な刺繍であしらわれている。


 イザルナ=フレイアーク。


 炎属性の才媛にして、王子の婚約候補と目される名門の令嬢。


 完璧に整ったその横顔は、微動だにせずフィールドを見つめていた。視線の先には、雷を纏って駆けるリミュエールの姿。


 その瞳に浮かんでいるのは、賞賛でも羨望でもない。


 ――燃え立つような嫉妬。そして、静かに研ぎ澄まされた敵意。


 イザルナはそっと拳を握りしめ、噛んだ唇の端から、ほんのわずかに紅が滲む。


(どうして……あの子が、そんなふうに見られているの)


 エアリスが、あの子を見ている。


 みんなが、あの子の名前を呼ぶ。


 胸の奥が焼けるように苦しくて、息を吐いたその声は笑みの形になってこぼれた。

「でも……これで終わりじゃないわ」


 本来、学内への持ち込みが禁じられている召喚転送器。その魔具の表面には、厳重な封印式が走っていた。


 イザルナは白く細い指先をそっと添える。


 ──カチ。


 まるで、それが新たな火種の点火音だったかのように──空気が、微かに震えた。





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