マッチョだけど乙女ゲームの儚げなヒロイン侯爵令嬢に異世界転生しました。イケメン全員ルート攻略しないと生き返れないって、マジで言ってるの? 仕方ないから筋肉パワーで無双します!
第8話 中肉中背……いや、少し筋肉質……!
第2章 攻略対象:エアリス=アストレア
第8話 中肉中背……いや、少し筋肉質……!
──アストレア王立高等訓練院、入学決定。
「本当に……ここまで元気になって。よかったわ、リュミエール」
ふわりと抱きしめてくれた母の胸は、リミュエールの体に残る昔の記憶よりも、ずっと温かく感じた。
(でかい……!)
メイドたちも感無量の様子で、「あの……病弱だったお嬢様が……!」と騒いでいる。執事に至っては、咳をするふりをしながら目元をぬぐっていた。
(いや、そんなに感動されるとプレッシャーが……)
リュミエールはそうぼやきながらも、胸の奥にほんのり熱を宿していた。
──そして、いよいよ入学初日。
「緊張してる?」
「してるに決まってる」
馬車の中、リュミエールとセスは緊張に包まれていた。二人並んで革張りのシートに座り、車輪が石畳をきしむたび、心臓が跳ねる。
窓の外には、朝もやを割って姿を現した巨大な尖塔がそびえていた。
それは、アストレア王立高等訓練院。
王国随一の魔法教育機関。その最上部には、風にたなびく校章の旗と、淡く光る魔力水晶が浮かんでいた。水晶の周囲には薄く輝く大気圏障壁が揺らめき、遠目にも魔法の気配を帯びていた。
門をくぐると、まるで別世界だった。
空気が、違った。
魔力と歴史、そして若き魂の熱気が、肌に触れるほど濃密に漂っていた。
歴史を感じさせる重厚な石造りの校舎。その壁面には魔導灯が埋め込まれ、淡い光で玄関前を照らしている。
床には魔法陣が刻まれた転移式掲示板が設置され、生徒が触れるたびに新しいお知らせが浮かび上がっていた。
そのすぐ脇には、魔力感知式の個人ロッカーが整然と並ぶ。木の質感を残したまま、鍵穴の代わりに魔法紋が浮かび、学生が手をかざすと滑らかに開くようだった。
中庭には、華やかな制服に身を包んだ生徒たちの姿があふれていた。
女子はブレザーの上にマント風のロングコートを羽織り、男子は品のある襟付きの燕尾風ジャケットをまとっている。
誰もが新たな生活に胸を高鳴らせ、緊張と期待を帯びた足取りで、ゆっくりと校舎へ向かっていた。
胸元に結ばれたリボンやネクタイは、それぞれの魔法属性を示す色で彩られていた。
炎属性は情熱の赤、水属性は静穏の青、雷属性は閃光の黄──色とりどりの布が風に揺れ、まるで魔力そのものが学院に満ちているようだった。
「──すごい……」
思わず、リュミエールの口からため息のような声が漏れた。
入学式前。徒歩で講堂へ向かう途中、すでに周囲からはざわめきが耳に届いていた。
「セラフィーヌ嬢って、あの雷の……?」
「試験で暴発しかけたけど、制御したらしいよ」
(ふむ、ちょっとは注目されてるみたいだな)
バルクは内心で腕組みしながら、堂々と胸を張った。
リミュエール=セラフィーヌ──侯爵家の令嬢として育てられたその姿は、自然と周囲の注目を集めていた。
やわらかな金髪は、肩のあたりでゆるく波打ち、陽の光を受けてほんのりと輝いている。大きな
制服は濃紺のロングコートに、雷属性を示す黄色のネクタイ。白いシャツとのコントラストが鮮やかで、誰が見ても育ちの良いお嬢様と分かる出で立ちだ。
(……見た目だけなら、完璧にヒロインなんだよな)
そう思いながらも、リミュエール──中身バルクは、内心でそっとため息をついた。
(中身が俺ってバレたら、全ルート即バッドエンドだろ、これ)
周囲の視線が集まるなか、バルクは眉一つ動かさず、リミュエールとしての微笑みを浮かべてみせた。
(……やるしかねぇ。乙女ゲーム仕様の人生、上等だ)
やがて講堂へと移動し、入学式が始まった。
荘厳なファンファーレが鳴り響き、教師たちが壇上に並ぶ。式次第が進み、空気が少し引き締まったそのとき。
「──それでは、入学生代表より、ご挨拶をいただきます」
名が呼ばれると、黒髪の少年がゆっくりと立ち上がった。
セス=グランティール。水属性の蒼を胸元に結び、整った制服姿がやけに目を引く。
無駄のない動きで壇上へと歩みを進めるその背中は、どこまでも真っ直ぐだった。
端整な顔立ちに、落ち着いた青い瞳。誰よりも静かで、誰よりも芯が強そうな横顔だった。
(……うわ、イケメン度が増してる)
リミュエールは思わず息をのむ。いつも隣にいたはずなのに、今だけは遠い存在に見えた。
「私たちは、新たな一歩を踏み出しました。学び、鍛え、支え合い、強くなります」
よく通る澄んだ声が講堂を包み、やがて大きな拍手が広がっていく。
セスが席へ戻る途中、通路の脇に立つリミュエールに目を留め、ほんの少しだけ微笑んだ。
「……成績が良かったから、挨拶を頼まれてさ」
さらりとしたその一言が、なぜか少しだけズルく聞こえた。
「なんだ、それ。先に言ってくれたらよかったのに。びっくりしたよ」
「ふふ。内緒にしてたんだ。驚かせようと思って──ちゃんと驚いてくれた?」
いたずらっ子のように笑うその顔に、リュミエールもつられて笑った。
入学式を終えたふたりは、そのまま教室へと肩を並べて歩き出す。
「グランティールくん!」
柔らかな声に、セスが振り返る。そこには、年配の女性教師が優しげな笑みを浮かべて立っていた。眼鏡の奥の瞳が、どこか懐かしそうに細められている。
「あなた、平民出身でここまで来たなんて、本当に素晴らしいわ」
隣を歩いていたリュミエールも、思わず耳をそばだてる。
「実は私もね、平民の出なの。だから、つい嬉しくて……つい声をかけてしまったのよ。次席だなんて、本当に立派だわ」
セスは一瞬驚いたように目を瞬かせたあと、はにかんで「ありがとうございます」と頭を下げた。
そして、ふいに顔を上げる。
「……いま、次席って言いましたか?」
「ええ。首席の生徒は──入学式でのあいさつを辞退してしまったの。目立つのが苦手なのだそうよ」
そのときだった。
ふわりと風が吹き抜ける中、周囲の一団の隙間を、ひとりの少年が静かに横切った。
銀糸のような髪が陽光を受けてきらめき、翡翠色の瞳がまっすぐ前を見据えている。制服の着こなしは端正そのもので、立ち居振る舞いには一分の隙もない。
その姿だけで、場の空気が変わる。
「きゃっ……今の、見た?」
「見た見た……あれが──」
女子生徒たちの黄色い声が、あちこちでさざ波のように広がった。
その中心にいたのは──
「彼が入試首席。エアリス=アストレア王子です」
そっと教えてくれたのは、先ほどの教師だった。
リュミエールはその姿に、思わず息を呑んだ。
(中肉中背……いや、少し筋肉質……!)
──そしてその瞬間。
✩⋆。˚╰(°ㅂ°)╯・゚˚。⋆✩
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