第10話 訣別の朝




 過去の事情をスキナーに話したレオンは、少しだけ自分の肩の荷が下りたような気持になると同時に、目の前にいるスキナーからの批難の目に安堵する気持ちもあった。


「……事情は分かった。ナノマシン無効化装置を使って生き残れ。中核AIが復旧すれば徐々に世界は戻って行くと思う」

「閉鎖都市にいたんだろう? 反AI・ナノマシン主義者じゃないのか」

「勿論そうだ。こうなったのも人間が楽する為にほぼ全ての管理をAIにゆだねた結果、便利な生活を求めすぎたせいだ」


 スキナーは自分の両手で頭を抱える。


「しかし、ここまで文明が崩壊してしまったのだから、元に戻すには人間の手だけでは不可能だ。いや……私たちだけでは限界がある。以前の生活を忘れて毎日あくせく働いてその日暮らしをした方が楽だな」


 二人が話をしている中、原住民はスキナーが持っていたナノマシン無効化装置を持ってきた。

 設計図をしっかり読んでいなかったレオンにとっては思っていたよりも小型で、片手で持って操作できるものだった。


「ありがとう。えーと……充電はまだ残ってるな。丁度1回分はなんとかなりそうだ」

「良かった。すぐ使えるか?」

「使える。服をもう一度上げてくれ」


 指示された通り、アベルには見えない角度でレオンは自分の胸の部分の服をスキナーに見せる。


「っと、この辺か」


 レオンの胸にナノマシン無効化装置を向けてスイッチを押すとピピッ……という音と一瞬の閃光が走った。


「これで終わりだ。充電しなければもう使えない。充電できるシステムを作るのには相当時間がかかる」

「ありがとう。これで異形化せずに済む」

「異形化した部分はどうする? 自然に戻る訳じゃないと思うぞ」

「……害がないならこのままでもいいが、癌細胞のようなものなら切除しなければならないな」

「ふむ……手術と言っても医療知識のある者もいないし、手術する為の道具や設備もない。検査もできない」

「ナノマシン汚染での異形化は異例の事態だが、大昔は突然変異で奇形になったりすることもあった。悪い方に考えても仕方ない。ナノマシンが無効化されたのだから一先ずはそれでいい」


 スキナーとレオンが真剣な表情で話しているところ、食べ物を片手にアベルがやってきた。


「なぁ、飯も食わずに何してんだ? あいつら何言ってるか分かんねぇし、俺一人じゃ相手しきれねぇって」


 不満そうにいつもの険しい表情になっているアベルを見て、レオンは「悪かった」と言ってアベルと一緒に食事を再開した。


「なぁなぁ、明日ここで取れる食い物こいつらと一緒に取りに行こうぜ。しばらくここで暮らすのか?」

「あぁ、そうだな。生活拠点にさせてもらえたら助かる」

「でも旅暮らしも悪くなかった。もっといろんな事知りたい」

「そうか。ならまた旅に出てもいいな。生き残りの他の人たちもいるかもしれない」

「だな」


 久々に満腹になるまで食べて、そしてある程度快適な寝床も用意されていたのでレオンとアベルは次の朝まで熟睡していた。


「ったく、殺されかけたかもしれないのによく呑気に眠れるな……」


 スキナーはよく眠れないまま翌日を迎えることになった。




 ***




 アベルは更に超能力を使いこなせるようになった。

 食べ物の採取にも超能力を使って大量の食糧を宙に浮かせて運んだり、簡単に火をおこしたり、大気中の水を集めて綺麗な水を作ったり、アベルの能力はこの場所に来てますます開花していった。


 得意げにレオンに「今日はこれができるようになった」「明日はあれができるようになりたい」という話をしてきた。


「良かったな。俺もお前のお陰でここで数日暮らせている。お前の超能力のお陰だな」


 いつも険しい表情をしていたアベルは、自然に笑顔になれるようになっていた。


 ずっとこんな日が続くと思っていた。

 これからは楽しい毎日を送ることができるのだと希望に満ち溢れていた。


 しかし……


 アベルのその希望は突然崩れ去るのだった。


 ある日、朝日が森の木々の間から眩い光を投げかけ始めた頃、アベルはゆっくりと目を覚ました。

 いつも近場に眠っているレオンの姿がない。もう起きてどこかに出かけたのだろうか。


「レオン……?」


 彼は 寝ぼけ眼で周りを見回した。

 外に出て辺りを探すがやはりレオンの姿は見当たらない。

 外には朝食の準備をしているスキナーの姿が目に入った。


「おはよう、アベル」


 スキナーは、どこか憂鬱そうな笑みを浮かべて声をかけてくる。


「レオンは?」


 アベルの問いかけに、スキナーは暫く沈黙した後、重い口を開いた。


「……レオンは少し用事ができたと言って、急に出発した」

「用事……? どこへ?」


 アベルの表情には不安の色が浮かんでいる。


「……さあな……」


 曖昧な態度や返答をとるスキナーにアベルは納得がいかなかった。


 ――なんか、嫌な予感がする……俺に何も言わないで急に出発するなんて


 周りを見渡してもそれらしい痕跡はない。

 原住民にアベルがレオンの事をなんとかジェスチャーで伝えると、原住民もレオンがどこに行ったのか分からない様子。


 それでも周囲の森の中や森の外にも出てみたが、レオンの姿も通った形跡も残っていなかった。


 アベルは食事もとらずに1日中レオンを探し続けた。

 恐らく自分で探してもレオンは見つからないだろうという事は分かった。

 何か知ってそうなスキナーにしつこく聞こうと思ったが、今度はスキナーも見当たらない。


「?」


 スキナーを探していると、朝スキナーがいた場所にレオンがいつも何か書いてた手帳が落ちているのが見えた。

 その手帳がレオンの手がかりになるのではないかと、その手帳の中を開いてみる。


 以前は文字の読み書きができなかったアベルだが、文字の読み書きは旅の中でレオンが教えたのである程度は読める。


 初めの方のページをめくって読み始めたが、難しい文字が多くてアベルは殆ど読めなかった。

 アベルが読めるページがないかどうか手帳を捲っている中、どこかへ行っていたスキナーが戻ってきて奪い取るようにアベルから手帳をとった。


「な、なにすんだよ!?」

「……貴重な研究データがこれに書かれているんだ。千切れたり汚されたりしたらかなわん」


 そう言っているスキナーの言葉が何か別の事を隠そうとしている事をアベルは感覚で感じ取った。


「なんであんたがレオンの手帳を持っているんだ」

「使い終わったからと研究の為に預かった」

「……嘘だ。レオンはその手帳をいつも身に放さず持ち歩いてた。朝起きてまずその手帳があるかどうか確認してた。そんな大事な手帳を簡単にあんたに渡す訳ない」

「…………」


 アベルはスキナーに対して猜疑心を抱き、その内側から湧き上がる怒りのような感情を抑えきれなかった。

 意図して使った訳ではないが、アベルは超能力でスキナーの身体を持ち上げた。

 そしてスキナーの四肢が四方に無理に引っ張られる形になる。


「レオンに何かしたのか!? まさか……その手帳欲しさに殺したのか!?」

「う……くっ……違う! 私は殺してなんかない!」

「なら、なんでレオンの手帳を持ってるんだ!?」


 ギリギリギリギリ……とスキナーの四肢は更に無理な力で引っ張られ続け、スキナーは耐え切れず事実を叫ぶように話した。


「レオンは異形化が始まっていたんだ……! ナノマシン無効化装置でも進行は止められなかった!」


 ――え……


「怪物になる前にここを出たんだ!」


 それを聞いたアベルは失意の中で超能力がとけた。

 スキナーは地面に落ちた後、自分の肩や脚の付け根を押さえて痛がっている。


「なんで……」

「彼のナノマシンは一般的なナノマシンじゃなかった。非合法な改造ナノマシンだ……しかし、AI暴走でのナノマシン汚染されなかった訳じゃない。他の人間よりも遅かったが……異形化が進んでいた」

「なんでそんな……大事な事、俺に黙って……」


 異形化が始まっている事もショックだったが、自分に何の相談もなかったこともショックだった。


「どこに行ったんだよ!? 俺はレオンを追いかける!」

「……この手帳の最後、君への思いが書かれている。読みたいなら読め」


 スキナーはレオンにこの手帳をアベルに見せないようにと言われていたが、スキナー自身はそのレオンの一方的な考えに否定的だった。

 だからアベルに手帳を手渡した。


 アベルは手帳に書かれている内容を必死に読み始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る