転生したら弟キャラだった~死ぬ運命にある呪われたヒロイン、キャラクリして作成した固有魔法≪蒼紅魔眼≫で救います。呪いから救った少女たちと一緒に暗躍して、黒幕には容赦なく鉄拳制裁します!~

あした

第1話 プロローグ 1/2

「やっとクリアできたぜ……」


 ラスボスを倒して、コントローラーを置いて大の字になる。

 胸の中に広がるのは達成感、そして身体を蝕むのは疲労感だ。


 超大作RPG『サウザンド・ファンタジア』。

 圧倒的グラフィック、豪華声優陣のフルボイス、日本トップのゲーム会社が制作したこのゲームは世界的メガヒットを叩き出した。


 オレはそんなゲームのラスボス―――『千年竜ネルドラ』を倒した。

 

 RPGなんだからレベリングすれば誰でも簡単に倒せんだろ? 

 そんな感慨にふけることか? 

 と思うかもしれないが、オレはそんなぬるいやり方で倒したわけじゃない。


「主人公含めパーティーメンバーレベル1、ノーセーブ、装備無し、固有魔法発動無しの超激ムズ縛り……」


 クリアまで長い道のりだった。

 だってゲームーオーバーしたらロードするセーブデータとかないから、またマジモンの一からやり直すことになるからな。 

 世界でオレだけだろうな? そんな縛りプレイに挑戦したのも、クリアしたの。

 

 けど、やるしかなかった。———それしか方法がなかったから。


「何その鬼畜の極みみたいな縛りプレイ……もしかして兄さん、ドMなの?」


 机に向かって勉強に集中していた弟が手を止めると、呆れた声でオレに言う。

 鬼畜の極みか……ピッタシだな、その表現。


「ドエム? なに? マ〇オの進化系?」


「……見た目的にはそうだけど、実際は反対だよ。じゃなきゃク〇パを火炙りとか、あんな風にイジメ尽くせないよ……じゃなくて!」


 ドンッと、弟はシャーペンを置く。


「何か意味あるの? それやると」


「それがあるんだよなー! メチャクチャ!」


 オレは上体を起こして、傍らに置いてあったノートを見せる。

 弟は席から離れて近づき、怪しむような顔で手に取って表紙を読み上げた。


「『極秘キャラクリ!! オレとお前の未来の架け橋!!』……最後の一文ダサ―――兄さんらしいな」


「だろー!」


「でも、ふぅん。その縛りでクリアすると、キャラクリできるようになるんだ」


「あぁ! キャラの見た目はもちろん、オリジナルの固有魔法作ったりとか、自由自在にキャラクリできんだよ!」


 その時、背後からBGMが聞こえて振り向ると、画面には最後のシーンが流れていた。

 真っ白な世界で主人公に、顔の左半分に禍々しい赤黒い紋様のアザがある少女が語り掛けているシーンだ。

 それが意味しているのは物語の終わり、そしてオレにとって悲しみそのものだ。


『あなたのおかげで千年と五百年の呪いから……わたしたちは解放されました。……そして、あなたと一緒に外の世界を旅することができて嬉しかったです。———本当にありがとうございます』


「まだだっ、オレは解放されてないっ……! キミのこと助けられてないっ……! そんな状態で外の世界なんて楽しめるわけないだろっ……! だから、なぁ? いかないでくれよっ!!」


『……それでは、さよなら』


「———うぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 手を伸ばすオレの叫び声は届かない。

 優しい笑みを浮かべながらアザの少女が光の粒になって―――消滅した。

 それから無情なエンドロールが流れる。……何度見ても、心が締めつけられる。


「必ず……オレがキミを救ってみせる。その間違った結末を変えてみせる!! ―――自キャラを使って!!」


 消滅が確定しているこの少女を救う方法があると公式が言った。

 しかし、ただあると言っただけで具体的な方法は明かされなかったが、それはこの超絶縛りプレイをクリアした報酬の自キャラを作ることだとオレは思う。

 

 っていうか、それしかない。確信している。

 じゃなきゃ、『物語開始前から開始できる』設定は必要なんだし。


「ゲームのヒロインにそこまで感情移入するなんて……。ところで兄さん、このノートにどんなキャラ作る書いてるんだよね? 見てもいい? 気になる」


「ダメに決まってるでしょーが!!」


 断りもなくノートを開こうとする失礼な弟の手から、オレはひったくるように取り返す。


「? 別いいでしょ? 見られて困ることが書かれてるわけじゃあるまいし」


「困るんだよ、オレが! ってか、お前にはまだ早い! もう少し大人になってからだ!」


「ドMって言葉知らない時点で、兄さんがボクよりも大人なわけないでしょ」


 オレたちが口論していると、コンコンと扉がノックされる。

 部屋に入ってきたのは……母親だった。


「ひ、ヒーくん、先生に聞いたわよ? 今回のテストも全教科満点で学年一位だったんですって? スゴイじゃない! 何か欲しいものある? お母さん買ってあげましょうか?」


「いらねーよ、んなもん」


 機嫌を取ろうとする母親に、オレは目も合わせず冷たくあしらう。

 嘘くさい笑みが引きつるのが見えた。


「そ、そう……。———かーくん、ちょっとお話があるの。来てくれる?」


「う、うん……」


 我が子に向けるべきじゃない無機質な表情で、母親はオレの弟にそう言う。

 怯えながら弟は頷くと、部屋を出て母親についていく。


 部屋の中にはオレ一人。

 弟がいない状態でこのままキャラクリしても意味がないから、二人の後を追った。

 それに、


「何か嫌な予感がするな……」


 無駄にデカい武家屋敷の我が家はまるで迷路のようだ。

 それでも長年住み着いているから、どれがどの部屋か嫌でも覚えてしまう。

 

 とある一室から声が聞こえてくる。

 オレは部屋の中の様子を窺えるくらい薄く襖を開ける。

 

 弟と両親がテーブルを挟んで、畳の上で正座して話し合っていた。

 ……いや、話し合いなんかじゃない。一方的な言葉の暴力だ。


「何だ? この十三位という順位は……二桁じゃないか。四宮家としての自覚がないにもほどがある。恥晒しだ」


「で、でもボクだって頑張って……。さっきも今回間違えたところを解き直して……」


「本当かしら……フリしてるだけじゃない?」


「……! ふ、フリなんかじゃないよ! 本当に! ちゃんと勉強して―――」


「見苦しい言い訳だ。勉強は努力すればその分の結果が返ってくる。お前が本当に努力しているなら一桁に入ってるはずだ。……ったく、お前の兄は一位だぞ? 双子なのに、どうしてもこうも—――出来が違うのやら」


 父親がそう吐き捨てた直後、弟は立ち上がって勢いよく襖を開ける。

 ここから逃げ出し―――


「………!」


「………っ」


 涙を零す弟とオレの目が合う。

 止める言葉も思いつかなくて、そのまま走ってオレの横を通り過ぎる。


「話は終わってないのに逃げ出すとは……情けない」


「はぁ……どこで育て方を間違えたのかしら」


 息子を追いかけないどころか、呆れている両親。

 オレはそんな彼らに心底呆れて―――何かがプッツリと切れる音が聞こえた。


「育て方? オレたちはアンタらに一度も育てられた覚えはないんだけどな」

「なっ……!」

「まさか聞いて……!」


 さっきまで威勢を振り撒いていたのに、オレが姿を現した途端これだ。

 顔が青褪め、露骨にビビっていた。


「アンタ、部屋に入って来た時、見えてなかったのか? アイツのノートにビッシリ付箋とか色ペンで線引いてあるの。……なのにそれをフリって言いやがって。節穴にもほどがあんだろ。眼科行け。———『息子の努力が見えないこの眼を治してください』って。だからオレがゲームしても注意しないで、機嫌取ろうとするんだな」


 母親は反論できないで、下唇を噛んで黙り込む。

 今度は父親の番だ。


「アンタもアンタだ。下らない過去の栄光なんかに縋って。ってかその栄光、アンタが築いたんじゃなく、アンタのご先祖様だからな? そんな栄光を取り戻そうとするから没落したんだよ、この四宮家は。だからオレを使って返り咲こうとするなんてやめろ」


「くっ……!」


 父親も母親同様、同じ顔をした。

 オレはそんな二人から視線を外し、弟を追いかける。


 外に出ると、大雨だった。

 走ると滑って危ないが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 オレは走る足を緩めなかった。


 街の中を走ると、弟の背中が見えた。

 このままバレないように慎重に距離を縮めていこう。

 そう思ったからか、それとも双子だからか、弟はオレの存在に気づいて工事現場の中へと逃げた。


「クソッ……!」


 オレも弟を捕まえるため、工事現場の中へと入る。

 関係者以外立ち入り禁止のこの場所に弟が入り込めば、誰かが代わりに捕まえてくれる。

 しかし、いつもこの時間帯は人が働いているだろうが当然、今日は雨だからそんな人はいない。

 

 自力で何とかしなければならない。

 

 入り組んだこの工事現場は逆に自分の首を絞め、そして足もオレの方が速いから早々に決着がついた。

 弟は行き止まりにぶち当たり、そこから出る道もオレが塞いでいる。


「さぁ、帰るぞ」


「帰れるわけがないよ……あそこにボクの居場所はない。あの人たちは兄さんしか見えてないんだ……」


「そりゃ……まぁ、盲目的だもんな? それは反論できねぇ。けど、居場所はある。オレがいんだろ」


「……そうだね、確かに兄さんがいるや。……でも、兄さんがボクと一緒にいるのは—――自分のためでしょ?」


 耳を疑うような言葉が聞こえた。


「自分の、ため?」


「うん、そうだよ……。勉強も、運動も、人望のないボクみたいな出来損ないに優しくすることで、兄さんの価値は高まるもんね?」


「何言って……」


「いいよね、兄さん。ボクみたいに必死こいて勉強する必要なくて、苦手を克服するものがなくて、たくさんの友達に囲まれて……本当に、羨ましいよ。ボクが兄さんだったらよかったのにって、数えきれないくらい思ったよ。そして同時に―――何度、兄さんがいなくなればよかったって」


 弟が今まで隠していた本音。

 弟はオレが『いなくなればいい』って思っていた。

 不思議とオレは、それを聞いてもすんなり受け入れていた。


 ―――でも、悲しい。


 しかし、オレはその感情を隠すように笑う。

 オレはアイツの、兄ちゃんだから。


「そうか……。でも、お前がそう望んでも、オレはいなくなんないよ。オレまだ、寿命有り余って元気だからな! ———帰ろう」


 オレが手を差しだすと、


「……ッ! うざいんだよ!! ボクを下にみやがって!! ふざけんじゃねーぞッ!! 死ね……お前なんか死んじゃえぇええええええ!!」


 ヒステリックに叫んだ声に、天がその願いを叶えようとしたのか。

 頭上から鉄骨が落下する。

 しかし願いの対象は外れ―――弟に鉄骨の雨が降り注がれそうになっていた。


「う、うわぁああああああああ!!」


 弟の悲鳴が響き渡る。

 それを聞いたオレは―――兄ちゃんとしての条件反射なのか駆け出していた。

 走る勢いとともに、両手を突き出して弟を突き飛ばす。

 

 その瞬間、鉄骨が落下する。

 弟は鉄骨に当たらないで無事だった。

 本当に、よかった。


 でも、オレは……。


「…………っ」


「———兄さんっ!!」


 鉄骨の下敷きになったオレの元へ、弟が助けようと鉄骨を退かそうとする。

 しかし、非力なコイツじゃピクリとも動かせない。

 機械の力でも借りなければ無理だ。


「……何助けようとしてんだよ……。オレに、死んで欲しい、じゃなかったっけ……?」


「違うよ……ボクはそんなこと望んでないっ!」


 うん、知ってた。

 言葉にはしても、本心じゃそう思っていないって。


「お願いだから、ねぇ、動いてよっ!!」


 懸命に、弟は鉄骨を退かそうとする。

 弟の努力を間近で見て来たオレとしては、ここ一番発揮されている。

 ……でも、頑張ってるところ悪ぃけど、今からオレは残酷なことを告げる。


「もうすぐ、オレ、死ぬから……退かそうとしてなくていいぞ」


 自分でもわかる。これ死ぬって。頭ボーッとするもん。

 視界だってハッキリしねぇし、大好きな弟の顔が……霞んで見える。

 どことなく、生命力みたいなもんが下がってるみたいな感覚もある。


 オレのHPケージは、時期に0になんだろうな。


「———! な、何言ってんだよ!! 兄さん!! 嫌だ!! ボクは絶対諦めない!! 絶対助ける!! だってボクたちは—――たった二人の家族なんだから!!」


 オレに似て諦めの悪い弟に、全生命力を使って―――『お兄ちゃんチョップ』する。

 オレらしくない、とても弱々しいチョップを頭にかました。

 不意だったのか、それともいつものダメージを喰らわなかったのか、呆気に取られたように弟の動きが止まる。


「に、いさん……」


「———今までお前を苦しめて、ごめんな?」


 そう最後に遺言を残して、オレの意識の喪失が始まった。



 どこからか、声が聞こえてくる。


「———おぎゃあ! おぎゃあ!」 


 ……赤ん坊の泣き声? どーゆー状況?


 瞼を開けて確認すると、


「———あっ! 起きました! お母様!」


 三歳児くらいのセミロングの銀髪に宝石のような碧眼の美少女が嬉しそうな顔でオレを覗き込んでいた。

 しかも、その人形のように整った顔の左半分には—――禍々しい赤黒い紋様のアザがあった。

 

 その時、オレは理解した。

 

 おぎゃあ、って泣き声を上げてたの自分だっていうことを。


 そして—――『サウザンド・ファンタジア』の世界に転生したことを。

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