願いを叶える泉
冷や汗が流れる。
気づいてはいけない。気づきたくない。そんな気持ちを押し込めて震えた声でメジロちゃんを見る。
メジロちゃんがニヤリと笑う。ただそれだけで私は彼女が恐ろしくてたまらなかった。本当は安心させるように笑ってくれているだけのはずなのに。変な風に考えて、見てしまう自分が嫌になる。
「清香、ほらなんか看板があるんだよ」
「看板……?」
メジロちゃんが指さしたそこには、確かに看板があった。
泉の手前にあるのは、一本の棒に木の板がついた、いわゆる『制令』みたいな看板。
――――――
願いを叶えたくば死ぬ覚悟を持って入水すべし。
――――――
無意識に内容を読み取って震える。
それ、つまり死ねってことじゃ……? 来世で叶えろって? そんな馬鹿な。
「……願い」
メジロちゃんが低い声で呟く。
その言葉に私はびくりと肩を震わせた。彼女の願いがなんなのかは分からないけれど、私は先ほどから脳裏を過ぎる仮説のせいで恐怖を覚えている。
――メジロちゃんは、もしかしたらもう死んでいるんじゃないか。
だって、この別荘が元だっていう怪談では、死んだと思っていた彼氏の声が本当は生きていて、正解だったという話だ。
私の両親は当然、生きている。
今回のお泊まりにはまったく関係ないし、死ぬ要素は皆無だ。なのにあの泉から二人の声が聞こえるということは……そっちが正解としか、思えない。
メジロちゃんはいったい、どうしたいんだろう。
私を身代わりに生き返ろうとしているとか? それとも、私を一緒にあの世に連れて行こうとしているとか。
疑いだしたらキリがなかった。
「ねえ、清香の願いってなにかな?」
「死にたく……ない」
素直に口から出ていて、慌てて口を塞いでも遅かった。
「そう、よかった。なら大丈夫だよ! 願いを叶える泉は別に一個しか願いが叶わないだなんて書いてないし……それに、願いは一緒だからね」
その言葉に、やはり私は恐怖を覚える。
でも、そういえばそうだ。どうして私は、願いがひとつしか叶わないと思っていたんだろう?
「……清香、ここの廃別荘に来るきっかけになった怪談話覚えてる?」
「うん、覚えてます」
彼氏が事故で死んだと思ったら、実は事故に遭っていたのは自分達のほうで、死ぬと思いながらも彼氏を選んだら病院で目が覚めてその事実を知る……って話。
メジロちゃんのほうから、その話をするんだなと思った。
だって今の状況じゃあ、メジロちゃんがその『あの世に引き摺り込もうとしている友人』なのに。なんで、自分から……?
「清香にはこの声、誰に聞こえる?」
「お父さんと、お母さん」
「そっか。泉から聞こえるんだよね?」
「ええ」
確かめるようにメジロちゃんは何度も何度も質問して、頷いた。
「あの怪談では扉だったけど、死ぬ覚悟をしたうえで通らないといけないという点ではこの泉も一緒だと思う。やることは、分かるよね?」
「でも、怖いです」
たとえそれが正答なのだと分かっていたとしても。怖いものは怖い。
だって、入水自殺をするようなものじゃないか。
もしかしたら、本当に死んでしまうかもしれない。
「清香……大丈夫、ボクも一緒に飛び込むよ。ボクにはなんにも聞こえない。本当のボクは、きっともうダメなんだと思う。だからね、君が安心できるなら一緒に飛び込むよ」
「本当に……?」
「もちろん」
まだ、疑ってはいる。でも、でも、メジロちゃんが自覚したうえでそう言っているのなら……それに、泉の中からお父さんやお母さんの声が聞こえるのも事実。なら、私がやるべきなのは、勇気を出すこと。
「メジロちゃん、本当に、本当にお別れ……?」
「うん、ボクがいなくても清香なら大丈夫だよね? もう、一人で頑張っていけるよね?」
「……うん」
手を繋ぐ。
私は、お父さん達の声を信じる。それに、メジロちゃんのことも信じる。
だから、怖くない……怖くない!
足を一歩踏み出して、手を繋いだまま二人で泉に落ちる。
死にたくない死にたくない死にたくない!
私の願い事は、死にたくないということ! 両親のもとに、私は帰るんだ!
ドボンと音を立てて水の中に沈む。
――ごめんね、姉さん。ボクは。
たくさんの泡の中で、隣のメジロちゃんが微笑んでいるような気がした。
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