電源室にて

 キイキイと腐った床板が音を鳴らしている。


 いまだにあの声がする……メジロちゃんがそばにいてくれなかったら、とっくに私は発狂していたかもしれない。それほどまでに、雨に混じって聞こえてくる『声』が怖かった。


「本館のほうはどうなってるんでしょう」

「このぶんだと、別館の入り口は塞がってるかもしれないね。本館のほうから外に出る必要があるかも」


 別荘は大きく、本館と別館があり、渡り廊下で繋がっている。ただ、渡り廊下は外部に出るようなものではなく、壁に囲まれた建物の一部となっているので、別館の出入口が塞がっている場合そこから本館へと移動するしかない。


 正直なところ本館のほうも無事かどうか怪しいが、このまま眠れぬ夜を過ごすより、少しの希望を持って外に出ることを選択したほうがいい。


「スマホの電波も来てないみたいです」

「あ、忘れてたよ……うん、ボクのほうも無理みたい。土砂崩れで電線がダメになったのかも」


 私がスマホ片手に言うと、びっくりしたようにメジロちゃんが同じスマホを取り出し、眉を顰めて首を振る。ちょっとした明かりにはなるものの、電波が通じていないのでは役には立たない。

 電波が通じるところに出たとき、連絡をするために充電はもたせておかないといけないので、そっとスマホの電源を落として懐にしまう。


 別館には電源室がある。そこを目指して静かに移動してはいるものの、暗闇には完全に慣れないため足元が崩れていても気付きにくい。


 二人で手を繋いでなんとか電源室まで辿り着いたときには、夏の暑さもあってか汗をかいていた。


「うーん、見事に故障してるね」

「修理できるような人がいればいいんですけどね」

「ボク達みたいな学生にはムリムリ!」


 メジロちゃんは「たははっ」と笑って、電源板の隣にある非常用電源装置の扉を開ける。ちゃんとした電源板がダメでもこっちなら……という希望的観測だったのだけれど、首を振る彼女に「ああ、だめか」と察した。


「これのどこが非常用なんだか。非常時に役に立たないじゃないか」

「か、懐中電灯はありました?」

「あったよ。ついでに非常用のオノも」

「オノ!?」

「建物が崩れてきたときのために持っておく?」


 懐中電灯をふたつ手に持ったメジロちゃんが、悪戯げに笑う。


「お、重いものを持って移動するのはちょっと……それに、足元が暗いですから、落としたら危ないですよ」

「だよね〜。はい、清香はこっちの長持ちしそうなほうの懐中電灯ね」

「あ、はい」


 言われた通りに懐中電灯を受け取る。

 メジロちゃんの持っているほうの懐中電灯はどうやら電池が心許ないようで、ときおりチカチカとついたり消えたりを繰り返すことがあるようだ。怖がりな私のために、まともな懐中電灯を渡してくれたみたい。


「ありがとうございます」

「いいよいいよ、ボクは多少暗くても見えるし……」

「え、メジロちゃんってそんな特技ありましたっけ?」


 オカルトサークルとして部活動をしていて、何度か廃墟探索にも赴いたことがある。彼女に振り回されるのはいつものことだったけれど、夜目が効くイメージはあまりない。なぜだろう? よく夜の街で転びそうになったりしているのを見ているからかな? 


「……さっきコツを掴んだばかりだよ? なんかこう……イケルかも!? みたいな」

「転んだら危ないですから手は繋いでいてくださいね」

「それ、清香が手繋ぎたいだけじゃーん!」

「ふふ、そうかも」


 思わず笑うと、メジロちゃんはパアッと表情を明るくさせて私の両手を掴んだ。


「あ、よかった! ちょっと元気出た? まだ聞こえてるんでしょ。声」


 探索中、ずっと聞こえないフリをしながら耐えていた『声』のことを言及され、私は静かに頷いた。もう、メジロちゃんには敵わないなあ。


「うん、聞こえてます。でもメジロちゃんと話してると気が紛れるから幾分かマシですね。ありがとうございます」

「いいっていいって! それじゃあ、懐中電灯も手に入ったし、外に出るために本館へ行こうか」

「はい」


 次は本館へ向かうために移動する。


 電源室のある廊下の窓からは本館が見えるのだが、一瞬窓に影が差したような気がしてそちらを見た。


「清香? どうしたの?」

「いえ、なんでも」


 本館内部は暗闇に支配されているため、やはり無意識に怖いと思っているんだと思う。だっておかしいもの。


 ――建物の中に、巨大な蛇なんているわけないよね。

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