廃別荘にて―清香を呼ぶ声―

 ……よ……か。


 どこかで声が聞こえる。

 大切な人の声。どこだろう、真っ白で見えない。


清香きよか!」

「ふぇあっ!?」


 耳元で発せられた声に勢いよくのけぞり、頭をごちんとぶつける。私は目の前をくるくる回るヒヨコの幻覚を見ながら、慌てた様子の親友の手を取った。


「な、なんですかぁ……メジロちゃん、驚かさないでくださいよ」

「ご、ごめんごめん! ボクもまさかそこまで驚くとは。というか、清香なんにも覚えてないの?」


 首を傾げる。

 親友――青鳩メジロという少女は眉を下げて周囲を手で指し示した。


「え!? なんですかこれ!」


 真っ暗だなと思っていたら、なぜか部屋の中に土が入り込んできている。意味が分からない。そもそもここどこだっけ? そんな風に考えて、ようやく思い出した。


 そうだ、メジロちゃんに廃別荘に行こうと誘われて、ちゃっかり管理人さんから鍵を借りる約束を取り付けていた彼女に連れられ、あれよあれよといううちにこの場所に来ていたのだと。


 つまりここは廃別荘の中。

 しかし、廃墟だからってこんなに暗いはずがないし、電気も水道も確かついたはずだ。ここが廃墟になってからそれほど年数が経っていないらしくて、そのへんの設備はまだ生きたまま。この場所で、私達二人は怪談を話し合っていたはずなのだけれど。


「もう、肝心なところを覚えてないんだね。ここに泊まるために準備をして、怪談もそこそこに寝始めたら大雨になっちゃってさ。雷まで鳴ってて、挙句の果てに土砂崩れで別荘の一部が潰れたんだ」


 メジロちゃんが指さしたのは、さっきの土が入り込んできていた場所。なるほど、それでこんなに暗いのか。もしかしたら停電もしているのかも。


 助けは……来てるみたいだね。なんだか遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえている気がするもの。


「ね、ねえ……メジロちゃん。早く外に出ましょ? 助けが来てるみたいです」

「助けが?」

「え、聞こえません? 私の名前を呼ぶ声が……聞こえるんですけど」

「んー、ボクには、聞こえないな」


 おかしいな。メジロちゃんのほうがこういうときは感覚が鋭いはずなのに。

 でも、確かに「きよか〜!」「清香ー!」って名前を呼ぶ音が聞こえるのに……雨の音に混じっていてもこんなにはっきりと。


 ……ちょっとゾッとした。


「ね、ねえ、私にだけ声が聞こえてるんですか? 本当に? 本当にメジロちゃんは聞こえないんですか?」

「うん、ごめんね。ボクにはさっぱり」


 ま、まさか私をあの世の住民が呼んでる……とか? 


「清香、青ざめているけど大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないです」

「まったく分かったよ。ほらおいで」

「ごめんなさい……」


 優しくメジロちゃんの手が背中に回される。

 ぽふぽふと撫でるその手の動きにようやく安心することができて、私は滲んできた涙を拭う。


「弱虫でごめんなさい」

「の、わりにオカルトが好きなのよく分かんないよなぁ」

「それとこれは別なんです」


 メジロちゃんは「たはは」と軽い調子で笑って、次どうするかを考え始める。


「まず、ここにいたら危ないかもしれない。そもそもボクらの荷物は土砂の中だしね」


 そういえば、荷物は見当たらない。あるのは身ひとつのみだった。


「土砂崩れでこの別荘が全壊しないとは限らないし、雨が降っていても外に出て山の麓に降りる必要があると思う」

「で、でも夜道は危ないですよ?」

「なら、確か電源室に懐中電灯があったはずだから、そっちに寄ろうか。電源室が無事ならいいんだけど」

「分かりました」


 まさか、こんなことになるとは思いもよらなかった。廃墟だから多少崩れることも想定して、丈夫そうなところを選んで宿泊準備を進めていたはずなのに。


 誘ったのはメジロちゃんで、現状怖い思いはしているものの彼女のせいではない。彼女が隣にいれば、大丈夫。


 ずっと耳たぶの奥を打ち続ける「キヨカちゃーん」という声を無視して、私は彼女についていく。


 それにしてもこの声、どこかで聞いたことがあるような……? 

 まだ記憶が抜け落ちていたりするのだろうか。


 すごく身近な声だった気がするんだけど……やっぱり、分からなかった。

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