『俺達のグレートなキャンプ9 ジャッキーチェンごっこ』

海山純平

第9話 ジャッキーチェンごっこ

俺達のグレートなキャンプ9 ジャッキーチェンごっこ

山の緑が深さを増す初夏のある週末。静かな湖畔のキャンプ場「レイクビューパーク」に、一台の軽自動車が滑り込んだ。車から飛び出したのは、後ろ髪を軽く束ねた石川だった。

「よっしゃー!最高の天気だぜ!」

石川はその場でジャンプし、両手を広げて空を仰いだ。続いて助手席から降りてきたのは千葉。彼は生まれて初めて買ったキャンプ用のバックパックを背負い、少し緊張した面持ちで周囲を見回している。

「うわー、すげぇな。前より人多いね」

「週末だからな。でも大丈夫、俺たちの区画は確保してある。あ、富山も来た!」

石川が指さす方向から、軽トラックが近づいてきた。運転席にはサングラスをかけた女性、富山の姿があった。彼女は車を止めると、窓を開けて顔を出した。

「遅くなってごめん。渋滞に巻き込まれて...」

「いいよいいよ!大事なのは来てくれたことだ!」

石川はそう言うと、トラックの荷台から荷物を降ろし始めた。焚き火用の薪、調理器具、テント一式。石川と富山は長年のキャンプ仲間だけあって、動きがスムーズだ。千葉は二人の息の合った動きに感心しながらも、自分も役に立ちたいと手伝いを申し出た。

「俺も何か手伝うよ!」

「お、じゃあテントのポールを持ってきてくれる?」

三人はテントを張り、焚き火の準備を整え、キャンプサイトを整えていく。作業の合間、石川は時々ニヤリと笑い、何か考えているようだった。富山はその表情に気づき、少し警戒した様子で尋ねた。

「...なに企んでるの?」

「企んでるなんて、酷いなぁ」石川は肩をすくめて見せる。「単にさ、今回のグレートなキャンプの『暇つぶし』を考えてるだけだよ」

「暇つぶし?」千葉が興味を示す。「何するの?」

「それはね...」石川は両手を広げ、宣言した。「ジャッキーチェンごっこだ!」

一瞬の沈黙。

「ジャッキーチェン...ごっこ?」富山は困惑した表情で繰り返した。

「そう!ジャッキーチェンごっこ!」石川は嬉しそうに頷く。「彼の映画みたいに、身の周りの物を使った即興アクションをするんだ!」

「えぇ...」富山は顔を引きつらせた。「さすがに危なくない?キャンプ場でそんなことして怪我でもしたら...」

「心配しすぎだよ」石川は手を振る。「危険な技はやらないって。身の回りの物を使って、ちょっとしたアクションシーンを再現するだけ。しかも、ゆっくりやるから安全だよ」

「楽しそう!」千葉は目を輝かせた。「俺、ジャッキーチェンの映画大好きだよ!特に『酔拳』とか『プロジェクトA』とか...」

「わかるー!」石川も興奮気味に応じる。「あの何でも武器にしちゃうところがすごいよね!」

富山は溜息をつきながらも、二人の熱狂ぶりに少し諦めの色を見せた。「まぁ...怪我しない程度にね」

「よし!じゃあ夕飯の準備終わったら、いよいよ始めるぞ!」

石川の宣言に、千葉は「おー!」と歓声を上げた。


夕食の準備が整い、三人は出来立てのカレーライスを堪能した。石川の特製レシピによるキャンプカレーは、スパイスが効いていて絶品だった。

「うまい!キャンプ飯最高!」千葉は口いっぱいにカレーを頬張りながら叫んだ。

「でしょ?キャンプの醍醐味はやっぱり食事だよ」石川も満足そうにカレーを食べる。

「あと景色と、星空と...」富山が加える。

「そうそう!あと『グレートな暇つぶし』だよね!」石川は急に立ち上がった。「さぁ、食事も終わったことだし、始めようか!」

「え、もう?」富山は驚いた様子。

「準備は済んでる!」石川はキャンプ道具の山から長い木の棒を取り出した。「これが俺の武器だ!」

「おお!かっこいい」千葉も立ち上がり、周りを見回した。「じゃあ俺は...これで!」彼は折り畳み椅子を手に取った。

「椅子?」富山は眉をひそめた。

「ジャッキーチェンなら何でも武器になるでしょ!」千葉は椅子を構えてみせる。

富山は半ば呆れ、半ば諦めた表情で座ったままだった。

「富山も参加しなよ!」石川が声をかける。

「私はいいわ...見てるだけで」

「それじゃダメだよ!」石川は富山の手を引っ張った。「三人でやるから面白いんだって!」

渋々立ち上がった富山は、近くにあったフライパンを手に取った。「...これでいい?」

「最高じゃないか!」石川は喜んだ。「よし、じゃあルールを説明するよ。基本的には手持ちの『武器』で架空の戦いをするんだけど、相手には絶対に触れないこと。あくまで演技だからね」

「了解!」千葉はやる気満々だ。

「あと、掛け声は重要!」石川は続ける。「『ワッチャー!』とか『エイヤー!』とか、思いっきり叫ぼう!」

富山は少し顔を赤らめた。「ちょっと...恥ずかしくない?周りのキャンパーもいるし...」

「気にするな!」石川は明るく笑った。「楽しむことが大事なんだよ!」

石川はポーズを決め、「じゃあ...始めるぞ!」と宣言した。

「ワッチャー!」石川は棒を振り回しながら前に飛び出した。

「えいやー!」千葉も椅子を構えて応じる。

二人は互いに向かい合い、ゆっくりとしたモーションで「戦い」を始めた。石川は棒を振り、千葉は椅子で受け止めるような動きをする。

「富山!参加して!」石川が呼びかける。

富山は恥ずかしさに顔を赤らめながらも、小さな声で「はっ!」と言いながらフライパンを振った。

「もっと大きな声で!」

「は、はっ!」富山は少し声を大きくした。

三人は徐々にペースを上げ、キャンプサイトを舞台に奇妙な「アクション映画」を演じ始めた。石川は時に木の棒を回し、時に地面を突いて回転するような動きを見せる。千葉は椅子を盾のように使いながら、ジャンプしたり身をかわしたりする。富山もだんだんと乗ってきて、フライパンを「武器」として振り回し始めた。

「ワッチャー!」

「エイヤー!」

「はっ!」

三人の掛け声がキャンプ場に響き渡る。


隣のキャンプサイトでバーベキューをしていた家族が、不思議そうな顔で彼らを見ていた。

「パパ、あの人たち何やってるの?」小さな男の子が父親に尋ねた。

「さあ...何かゲームかな?」父親も首をかしげている。

石川はその視線に気づくと、動きを止めずに手を振った。「ジャッキーチェンごっことやってるんだ!良かったら参加してよ!」

「ジャッキーチェン?」男の子は目を輝かせた。「僕も知ってる!かっこいい!」

「やるか?」父親が息子に尋ねると、男の子は「やりたい!」と大きく頷いた。

「いいの?」富山は少し驚いた様子で石川に聞いた。

「もちろん!みんなで楽しめばもっと盛り上がるじゃん!」石川は笑顔で答えた。

男の子と父親が加わり、「戦い」は更に盛り上がった。男の子はキャンプ用の小さなスコップを持って「武器」にし、父親はバーベキュー用のトングを振り回す。

「ワッチャー!」

「えいやっ!」

「とりゃー!」

掛け声と共に、彼らは互いに「戦い」を繰り広げた。それを見た母親も、最初は呆れていたが、楽しそうな様子に釣られて参加し始めた。

「ねぇ、あれ楽しそうじゃない?」

隣のキャンプサイトからも声がかかる。若いカップルが興味深そうに見ていた。

「一緒にどう?」石川が声をかけると、彼らも嬉しそうに参加してきた。

次第に、「ジャッキーチェンごっこ」の輪は広がっていき、キャンプ場の一角に集まった人々が思い思いの「武器」を手に取り、コミカルなスローモーションの「アクション」を繰り広げるという奇妙な光景が生まれた。

キャンプ場のスタッフが心配そうに近づいてきた。「すみません、何かあったんでしょうか?」

「ああ、『ジャッキーチェンごっこ』をやってるんです!」石川が説明する。「ご迷惑でしたか?」

スタッフは頭をかいた。「いえ...ただ、あまりに盛り上がっているので...」

「良かったら一緒にどうですか?」千葉が声をかけると、スタッフは少し困惑した表情を浮かべた後、「...私は見てるだけにします」と遠慮がちに言った。

「了解です!でも騒ぎすぎたらすぐ言ってくださいね」石川は理解を示した。

スタッフが去った後も、「ジャッキーチェンごっこ」は続いた。参加者たちは次第にアイデアを出し合い、様々な「アクション」を試すようになった。

「次はテーブルの上から飛び降りるシーンをやろう!」石川が提案する。

「え?それは危なくない?」富山が心配そうに尋ねた。

「冗談だよ」石川は笑った。「本当にやったら怪我するって。安全第一だからね」

代わりに、彼らはテーブルの周りを回りながら「武器」を振り回す、より安全な「アクション」を行った。参加者たちは、思いもよらない楽しさに引き込まれ、次第に緊張がほぐれていった。


日が傾き始め、夕暮れが近づくにつれて、参加者たちは疲れを感じ始めた。しかし、その表情は充実感に満ちていた。

「すごく楽しかった!」参加していた女性の一人が言った。「こんなキャンプは初めて!」

「そうだろ?」石川は誇らしげに胸を張った。「これぞ『グレートなキャンプ』だよ!」

参加者たちは次第に自分のキャンプサイトに戻り始め、感謝の言葉を残していった。

「また何かやるときは誘ってね!」

「すごく面白かった!」

「明日も何かやるの?」

石川たちは再び三人きりになり、焚き火を囲んで座った。体を動かした後の疲労感と、達成感が混ざり合う心地よい時間だった。

「やっぱりさ...」石川はビールを一口飲んで言った。「キャンプって、自然の中で何もしないでのんびりするのもいいけど、みんなで何かやるともっと楽しいよな」

「うん」千葉も頷いた。「普段会わない人とも、こういう形で交流できるなんて思わなかった。石川のアイデア、最高だったよ!」

富山は少し考えるような表情をしていたが、やがて小さく笑った。「...認めるわ。最初は恥ずかしいと思ったけど、意外と楽しかった」

「でしょ?」石川は嬉しそうに言った。「明日は『キャンプ忍者ごっこ』やろうか?」

「え?」富山は再び呆れた表情になった。「また何か始めるの?」

「もちろん!グレートなキャンプは終わらないよ!」石川はニヤリと笑った。「明日は森の中を忍者のように動き回って...」

「ちょっと待って」富山は手を上げた。「まだ今日の『ジャッキーチェンごっこ』の余韻に浸りたいんだけど...」

「そうだね」千葉も同意した。「今日のことをもっと話そうよ。あのお父さんのトングさばき、意外とうまかったよね」

三人は笑いながら、その日の出来事を振り返り始めた。焚き火の炎が揺らめく中、彼らの会話は尽きることなく続いた。

「やっぱり最高だったな、今日は」石川は星空を見上げながら言った。「みんなで同じことをして盛り上がるって、単純だけど最高の喜びだよな」

「うん」千葉も同意した。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」

富山はそんな二人を見ながら、静かに微笑んだ。最初は突飛に思えた「ジャッキーチェンごっこ」も、終わってみれば素晴らしい思い出になっていた。

焚き火の炎が揺れる中、三人は次第に眠りに落ちていった。明日はどんな「グレートなキャンプ」が待っているのか、誰にもわからない。ただ、それが間違いなく楽しいものになることだけは、確かだった。


翌朝、朝日がキャンプ場を照らし始めた頃、石川は早くも起きて朝食の準備を始めていた。

「おはよう!」千葉がテントから顔を出す。「よく寝れた?」

「最高だったよ!」石川は元気よく答えた。「朝食の準備してるところ。手伝ってくれる?」

「もちろん!」

二人が卵を割り、ベーコンを焼き始めると、隣のキャンプサイトから声がかかった。

「おはようございます!」昨日「ジャッキーチェンごっこ」に参加した家族だった。「今日も何かやるんですか?」

石川はニヤリと笑った。「もちろん!今日は『キャンプ忍者ごっこ』の予定です!」

「やったー!」男の子が飛び跳ねた。「僕も参加する!」

テントから出てきた富山は、その会話を聞いて溜息をついた。しかし、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

「やれやれ...」富山は石川に近づいて小声で言った。「本当にやるの?『キャンプ忍者ごっこ』なんて...」

「もちろん!」石川は朗らかに答えた。「昨日の参加者たちも期待してるしね。それに...」

彼は富山と千葉の肩に手を置き、「俺たちの『グレートなキャンプ』はまだまだ続くんだ!」と宣言した。

朝日を浴びるキャンプ場に、彼らの笑い声が響いた。今日もまた、奇抜でグレートなキャンプの一日が始まろうとしていた。

(終)

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『俺達のグレートなキャンプ9 ジャッキーチェンごっこ』 海山純平 @umiyama117

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