#03 好きな人は、少し遠くて

@tka__a0211

第3話

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

ブースに入ったあの瞬間の空気、

彼の表情、声、目線、間。

全部、忘れられない。

でも、思い出す度にちょっとだけ胸が痛くなる。


 「どうぞ〜」


 私はスタッフの合図とともに、1歩2歩と進んだ。

 ずっと会いたかった人、やっと彼の目に私が映る。


「⋯こんにちは!」

「えっと⋯この前の晴翔くんのファンミでカピバラの質問して読まれたんです!!」

 

 私は、震えた声で必死に伝えた。


「⋯おぉ!そうなんだね」

「はい!」


 あれ、何かが違う。


「お時間でーす」

スタッフの声が私たちの耳に入る。


「だいすきです!」


 私がずっと言いたかった言葉、ついに言えた。

 晴翔くんのファンのレポを見る限り「だいすきです」と言えば

「俺もだいすきだよ」が返って来る。


 そう思っていたのに ──


 わたしには、何も返ってこなかった。


 頭が真っ白のまま、私は彩花と月乃と合流した。


「晴翔くんとお話できた?」

「葵、レポ見せて!!」


「あーうん⋯!ちょっと失敗しちゃった!笑」

 

 本当は今すぐにでも泣きたい、悔しくてたまらない。

 でも私は、笑って誤魔化すことしかできなかった。


 

ふたりと解散し私はホテルに向かった、こんな時でも色んなことが頭をよぎる。

笑わせたかった、いつも私に笑顔をくれる晴翔くんのことを。

"いつもありがとう"という意味も込めて


 微笑むくらいでいいから ──


 ホテルに着き、さらに足を早めた。

 今の私には心の底から笑うことは難しい。


 部屋の鍵を開け、スーツケースを置く音がやけに大きく響く。

「⋯なんでこんなに孤独感凄いんだろう」

 

 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


「失敗しちゃったなあ〜笑」

 そう呟き、気づけば涙が私の頬を伝っていた。

 私の目から出る涙は止まることを知らないみたい。


 頭では分かっている。

 晴翔くんは悪くない、期待しすぎた私が悪い。

 

 そんなこと分かってたはずなのに ──


 でも今はただ

 少しだけ、胸が痛い。

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