宵の章:星庭のささやき
――わたしはいつの間にかまぶたが重くなっているのを感じた。まぶたの先で星の花の光がぼんやり揺れて、湯気の中に溶けていく。ヨッピーの声も、ノーマンの低い声も……遠くの街で響いている鐘の音のように感じる。星の花の香りが、ミルバザールの屋台で感じた焼き芋の匂いに、ほんの一瞬だけ重なった気がした。あのとき笑った誰かの声まで、ふっと蘇る。ほくほくで、甘くて、ちょっと焦げた皮の味。
(……ああ、今日もいいにおいが多かったな)
そのまま、ほんの少しだけ夢の入口に指をかけたとき――。
「……ユリはまだ、何も知らないのですね」
ノーマンの声が、かすかに聞こえた。けれどそれは、さっきまでの語りかけとは違って、ほんのひそやかな問いだった。
「ええ。でも、それでいいんです……それが、いいんです」
ヨッピーの返答も、まるで夜の葉音に紛れるような声だった。
「知らないからこそ、この旅……いえ、〈散歩〉でしたね。どこまでもずっと、共に〈散歩〉が続けられると思っています。もし続けることができずとも、それも〈運命の香りの導き〉なのだと、受け入れようと思っています」
「……僕のようなことに、ならないといいのですが……」
「……ありがとう。本当の名前すら隠すほど、まだ心に傷を負っているのですね。」
「後悔は尽きません。だからこその、この羽の色ですから」
「でもここなら、アルマルカなら、それもまた素敵な香りになる。きっと、いつか――」
一瞬の沈黙。庭の風が小さく葉を揺らし、湯に浮かんだ花びらが、くるりと回った。回り終わるのを待ってから、ノーマンがふわっとスモーキーな香りを燻らせながら立ち上がり、薪の火を少しだけくべ直す。ノーマンの纏うその香りは、まるで燃やし尽くされた何かの名残が、まだ彼の中に残っていることを示すようだった。
「2人の行く先に、やさしい香りが続くことを願っています」
「……ええ。わたしも、そう願っています」
まどろみと夢の合間でふたりの声を聞いていた。すべてを理解しきれないまま、けれどどこか、全てをまるごと抱きしめるような気持ちで。
まるで、夜空の星がふたりに語りかけていたみたいに、空高くから煌めきを降らし続けた――
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