第4話:心も照らす〈星の花〉と、信頼の証〈フルールチャ〉
――わたしたちは黒いグリフォンの誘いで店を閉め、バルデの裏にある星の庭へ場所を移した。
昼間の熱を残したままの生ぬるい空気がしんしんと冷えていき、ミルバザールの喧騒も遠く、夜が深まって行くのを体全身で感じる。星たちの煌めきが庭をチラチラと照らし、風は静かに香草を揺らし微かに香りたち、ぼんやりと光る〈星の花〉の吐息が庭の奥にたゆたっていた。
「この星の花を少し摘んで行きましょう」
黒いグリフォンが先導し、ロッジの扉を開けると、薪のほのかな甘い香りがふわりと迎えてくれる。庭の木から切り出したという木材は、しっとりとした芳香を湛え、星の花の揺らめきとともに、まるで語りかけるように温もりをくれる。
「フレグランティアへの道を歩み出すユリへ、フルールチャを振る舞いたいなと思ってこちらへお誘いしました。ヨフィリアさん、よろしいでしょうか?」
「……もちろん。ユリが受け取るなら、わたしも喜んで」
ヨッピーが羽をひとつ揺らす。わたしのそばにいるこのグリフォンは、シルバーフレグランティア。香りを辿り、癒しを届けるフレグランティアの中でも特別な存在。ヨッピーは、羽の香りのとおりとても静かで、お淑やか。でも、心の奥の方に強い芯を持っているのを感じる。ヨッピーがいてくれるから、突然迷い込んだこの世界でも、楽しめてるんだよなぁ。
その隣の黒いグリフォン――名前を聞いたとき、「俺のことは呼びたいやつが呼びたいように呼べばいいよ」とはぐらかされたので、咄嗟に「じゃあノーマンで」とふざけたら、なぜかそれで定着してしまった。フレグランティアではあるみたいなんだけど、詳しい話はヨッピーも「知っているけれど、許しが出るまでは口にしないつもりです」って全く教えてくれなかった。
――ロッジの中央には、低い木のテーブルと、ゆったりとしたクッション。その上に、湯を張った丸い器が3つ。天井から垂れた装飾に、ノーマンが摘んできた星の花を掲げると、花が舞い上がりまるで電飾のように部屋を照らした。
「この器は……?」
「わたしたちが交わす、フルールチャの茶器です。香りの花を交換して湯に浮かべ、共に味わう香りの花のお茶です。信頼の証として、フレグランティアが大切な誰かに心を向けるとき、この茶会が行われます」
「……フレグランティア同士だけじゃないの?」
「ええ。むしろ、あなたのように、これから香りの旅に足を踏み出そうとする人とこそ、交わすものです」
ノーマンの言葉に、少しだけ胸がくすぐったくなった。
(そっか。『旅』……なんて言われると、やっぱりちょっと照れくさい)
「うーん。わたしには『旅』なんて、まだ恐れ多いよ。なんというか……〈散歩〉ぐらいの気持ちで、楽しくやっていけたらいいなって」
「ふふ……ユリらしい発想ですね、〈香りを辿る散歩〉、素敵だと思います」
ヨッピーが目を細めてうっとりと優しく微笑む。モロコの雫の影響だろうか、厳格な雰囲気のあったノーマンも、わずかに頬を緩めていた。
わたしの香りの花はまだ淡くて、頼りないけど……でも、少しずつ、この世界で感じた〈喜び〉が香りになって、確かにこの指輪に宿っているのを感じる。
「ユリの着けている指輪は特別な香りの容器です。あなただけの香りを、少しずつ集めてゆける。これから始まる散歩のお守り代わりにもなりそうです」
「ヨッピー、これはそんなすごい指輪なんだね。……こんな素敵なものをくれてありがとう。すごく、うれしい」
わたしたちは信頼の証として互いの香りの花を交換し、湯に浮かべた。香りの調和が合い、〈共鳴する香気〉が立ち上る。フルルーチャを静かに飲みながら、電飾の役目を順に終えた星の花がテーブルに舞い落ちてくるのをぼんやりと眺める。ヨッピーがその一枚を羽でそっと拾いあげて「食べてみてください」と差し出してくれた。目を閉じて、小さく微かに甘い花弁の香りをじっくり味わう。部屋には様々な香りの花がふわふわと浮かんでは、それぞれの器へゆっくりと吸い込まれていく。
――この優しい時間をわたしたちはゆっくりと味わった。
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