第2話:ほくほくホロリ、みんなで取り合う〈ほっくり星〉
――春の風がふわりと吹き抜ける、ミルバザールの昼下がり。
石畳の間から顔を出す草花が揺れて、香りのエンブレムが空に踊る。風に乗って流れるのは、ハーブの香りと……甘い、芋の匂い。
「……うわっ、これ絶対おいしいやつだ!」
ユリは鼻をひくひくと動かしながら、足取り軽く匂いの源を探す。香りはくるくると渦を巻いて、屋台のひとつへと誘っていた。
店の名は――香りで描かれた〈ほっくり星〉のエンブレム。星のかたちをしたほくほくの食べ物が、宙にふわっと浮かんでいるみたいに見える。 店に向かうまでの会話で、せっかく出会えた縁だから仲良くしたいと、呼び捨てで呼び合う約束をした。
(あれ?でもなんでヨッピーはわたしの名前……)
「ここだね、ユリ。〈ほっくり星〉の屋台だよ」
店に近づくと、カウンターからふわふわの耳がぴょこんと2本伸びてきた。続いて、えいしょえいしょと可愛らしい手でうさぎの小柄な獣人がカウンターに登ってきた。
「いらっしゃ〜い! 今、焼きたてだよ〜。ハーブソルトか……え〜と、ミルルバターか……どっちにする?」
「えっ、選べるの!? え〜と、……じゃあ……両方!!」
目を輝かせるユリに、うさぎの店主はにっこり笑って、二種類のほっくり星を手渡す。黄金色に焼けたそれは、皮ごと香ばしく、内側はほくほく、じゅわっと香りが広がってくる。
ミルルバターのほうは、ほんのり甘くてまろやかで、白いしずくがとろり。ハーブソルトは、香草を砕いて混ぜたもので、塩気といっしょに草原のような爽やかさが広がる。
「……うわ〜なにこれ! すごい、ほろほろ……」
「喜んでいるのが、香りでもわかるよ、ユリ」
隣で、ヨッピーが目を細めて微笑む。先ほどと同じで、ユリの喜びから頭上にふわっと香りの花が咲く。そういえば店を案内して付き添ってくれているけれど、ヨッピーは一口も食べていない。
「ヨッピーはお腹すいてないの? あ、そうだ、鳥さんだもんね……何なら食べられる?」
「気遣ってくれてありがとう。わたしは〈食事〉じゃなくて、〈香り〉の花を味わう者なんだ。もし嫌でなければ、ユリの香りの花をいただいてもいいかな?」
「わたしの……? この花が食べられるの?!」
ユリは頭上に咲いた花へ手を伸ばし、不思議そうに眺める。
「そう、その花。特にユリの香りには、この世界では出会えないものが詰まってる。たとえば、向こうの世界のパン屋さんの匂い。朝の駅のコーヒー。雨上がりのアスファルトに似た香り……わたしは、それを〈糧〉にできる。この花には、ユリだけが持っている、特別な香りがするんですよ」
ユリの香りの花は人より多く質がいいようで、パフィルミルの代金もその花で支払い、お釣りが来るほどだった。
「へぇ〜、そうなんだ? いいよいいよ! 全部あげる! ところでこの花って自分でも食べられるの? 何か調理したりする?」
「えっと、……戸惑ったり驚いたりしませんか?」
「んー? でも、なんかこう……外国に来たみたいなもんじゃない? ごはんがおいしくて、今こうしてヨッピーが一緒にいてくれるから困ってないし」
「……ふふっ。ユリって、やっぱり面白いですね。この花は集めて通貨のように使うことができる話はしましたが、食べることができるのは〈フレグランティア〉だけ。その中でも、ほんの一部の者だけなんです」
ヨッピーの目が細くなって、笑ったような空気がふわりと広がる。
「フレグランティア……? なんかかっこいい! そんな気がしてたけど、ヨッピーってスペシャルな存在なんだね」
――ヨッピーの翼には、キラリと光る羽飾りが揺れていた。それは、〈シルバーフレグランティア〉だけが持つ証。フレグランティアとは香りを辿り、癒しを届ける者たち。そのなかでも、シルバー職はアルマルカ中を自由に旅をすることが許された希少な存在なのだとヨッピーは教えてくれた。
「よーし! まだまだ食べられそう! わたしの花が咲けばヨッピーのごはんも集められるし、次の屋台探しに行こ〜!」
残りのほっくり星をたいらげると、ユリは新たな香りを探しに向かっていった。
――ミルバザールの空には、ほっくり星のエンブレムと、ふたりの足跡をなぞるように、小さな香りの花が風に舞っていた。
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