第6話 因果


正午より少し前に起きて身の回りのことを消化して、ゆっくり話せる時間を作った。


莉愛は母の事も気になっていたが、まずポストに入っていた物を渡すべきだと思い渡した。


「昨日、ポストに入っててすぐに言おうと思ったけど、色々話してたから言うタイミングを逃しちゃって」


それは鮮やかな赤色の封筒で差出人は市役所と書かれており、

中の用紙には差押予告書と文言が書かれた用紙が入っていた。


見たことがない用紙と警戒を誘う色の封筒を見て

頭の中を整理していると莉愛が口を開いた。


「彩華ってもしかして住民税とか払ってないの?差し押さえは流石にヤバいよ。市役所に行って詳しく聞いた方がいいって」


「今まで寮には届いてなかったはず。住民票をこの家に変更したからかな……」


莉愛が用紙に書かれた文字をじっと見つめる。


「う〜ん…でも用紙の滞納期間を見ると、家出した期間とズレがあるから、最初はお母さんが払ってくれてたんじゃない?

あのさ、この際だしお母さんと会ってみたら?

この件と家出の件とか色々はっきりさせるためにもさ」


母にもう一度会う。それは考えもしなかった事なので彩華は言葉にまごつく。


でも、何処かで母とのことは白黒はっきりつけて清算する必要があることも薄々分かっていた。


「うん、そうだね。今度、実家に行ってみる」


莉愛は笑顔になりすかさず、言葉を放った。


「じゃあそうしよう!まずは税金の件だね。

今から市役所に行こう。私も一緒に行く!」


その後すぐに市役所に向かって、

今の状況について説明してもらい

滞納している分については支払う意志があると

伝えたので差し押さえや口座の凍結は免れた。


ただ、指定の期日までに延滞金も合わせて120万円を追納しなければならなかった。

度重なる催促を無視していた(故意に無視していたわけではない)のでその場で一括納付するべき所だが、事情を説明すると数日の支払い猶予はもらえた。

しかし、本来は分納も出来るとのことだったが、私の場合は難しいと言われた。


宵越しの銭は持たないスタンスに近い私は、

どう支払うか考えていた。

そして、莉愛にお金を借りるという選択肢が這い上がる寸前に


「お金貸してあげたいけど、貯金は全然無くて30万しかないんだ。残りの90万はどうしよっか?」


莉愛は既に自分のお金を計算の内に入れたうえで会話を振ってきたことに、やるせなさと恥の感情が芽吹く。


彩華はなにも気付かずに生きてきた<罪>なのだと思った。


その感情は本来、存在しなかった選択肢が生まれた瞬間でもあった。


「ねぇ莉愛、風俗ってどんな感じ?」


莉愛にそれは駄目だと止められたが、必要なお金を貯める為だけにしかしないと伝えた。


「でも、おすすめはしないな」


「おすすめできないのにしてるの?」


「いやそれは、そう言われると……」


「今まで適当に生きてきたツケが来たんだよ。

身から出た錆だからそれは受け入れるし自分で

なんとかしないと。母のこともそう。

莉愛に言われるまでずっと逃げてたんだ。

後回しにしてきたことに向き合うよ。

莉愛のおかげだよ。ありがとう」


それを聞いた莉愛から返答はなかった。


一度、自宅に帰りそのまま直ぐに実家に行く準備をした。

今、心に灯った熱がまだ消えない内に行かなくてはいけない。

莉愛とは自宅で離れて、一人で向かった。



電車を乗り継いで実家に近づいていく。

電車の窓から見る景色が段々と見慣れた景色に変わっていく様を見て懐かしさもあったが、

実家から出て行った時に見た景色と然程変わらないので、自分だけが変わったような感覚に襲われている。


駅から徒歩で少し歩いていき実家がある団地に近づく。

見えない結界が張られているような気がして、

団地には入れずに遠ざかり近くのコンビニに入った。

学生時代によく利用したコンビニでまだお店があることに驚きと安心感を抱いた。

コンビニでお茶と肉まんを買ってコンビニの外で食べた。

別に喉が渇いていたわけでも、肉まんが食べたかったからでもない。

ただ、時間稼ぎをしたかったから。

数分しか稼げない無駄な足掻きだがそれでも良かった。


団地の五階に実家があるのだが階段しか無く、

毎日階段を上り下りしていたが

今までで最も階段の一段が高く感じた。

幼少期の方が高く感じたはずなのに。


五階に上がるとドアが見えた。

表札は相変わらず記入されていない。

インターホンを押したが応答が無く留守なのかもしれないと思ったが、ドアの奥から物音がした。


ドアが開き、初老の女性が出てきた。

母とは数年会っていないが、数年経っていたとしてもこの女性ではないことは断定できる。

初老の女性は母とは明らかに別人であった。


どう言葉をかけようか迷っていると初老の女性から畳み掛けるように声をかけた。


「えっ、誰?なに??」


「あっ、すみません。村崎さんのお宅ではないでしょうか?」


「違う。うちは村崎と違います」


そう言って勢いよくドアが閉じた。

母が引っ越ししたことは確実であったが、

何処に行ったのか手掛かりは全くなかった。


母が今も実家に住んでいると思い込んでいたので何故こうなることを想定出来なかったのか自分に嫌気が差していた。


コンビニに戻って途方に暮れ、莉愛にLINEで状況を報告すると、莉愛から電話がかかってきた。


「そっかぁ、引っ越ししてたんだ……

何とか会える方法を探さないとね!

必ず会う方法はある!一緒に考えよう。


……ところで話が変わるんだけど、

私が働いてる風俗のお店に電話したら、店長がこれから面接に来れないか?って。今からいけそう?」


「分かった。今から戻るから駅で待ち合わせしよっか。一緒に来てくれる?」


「当たり前じゃん、一緒に行くよ。

じゃあ駅についたら連絡するね〜」


電話を切り、莉愛の声がどこか後ろ向きだったことに罪悪感を抱いた。

コンビニを出て駅まで歩きながら話していたのですぐ駅に着いた。

電車に乗って自宅からの最寄駅まで電車を乗り継いで乗ってきた道を遡る。



「彩華〜ここ!」


駅に着くと莉愛はすでに改札口にいて、ホームの中で合流する。


二人で電車に乗ったがお互いに車内で話を切り出すことはなく、沈黙したまま駅に着いて降りた。


その後は莉愛に案内されるまま歩いていき、雑居ビルの前で立ち止まった。


莉愛が働いているのは派遣型の風俗店であり、

事務所は雑居ビルの中の一室にあった。


「ここなんだけど、本当にいいの?」


「うん、大丈夫だから。」


ビルの中に入るとハーフアップの髪型をした男性がいて、

顔を合わせるとすぐに男性が笑みを見せて話しかけてきた。


「待ってたよ〜奏音ちゃん!この子が面接したいって?めっちゃ美人じゃん!」


奏音という聞き慣れない名前を不思議に思ったが恐らく、莉愛のことなのだろうとなんとなく察しがついた。


「あっ、どうぞどうぞ二人とも座って?

僕が店長です。いきなり面接に来てもらって今日はありがとうね。

奏音ちゃんからざっくりと話は聞いたけど、

急な出費がいるんだっけ?

ちょうど助かったよ〜新人で入ってくる予定だった現役女子大生の子が飛んで困ってたのよ笑」


なんとも言えない胡散臭さが身体に纏わりついた男性だが、こういう仕事の店長をしているだけあって言い表せない余裕を感じられた。


「そうなんですか……だから急遽面接することになったんですね。

仕事の事についてなんですが、大体どれくらいの期間でいくら稼げるんですか??」


「お金の事はざっくり言うと、お客さんから貰ったお金の半分が取り分。それ以外にも指名料とかオプションとか色々あるけどね。

期間はもちろん出勤してお客さんにつけばついただけ貰えるよ。

だからリピーターさんを作ると稼ぎやすいね。

どう?できそう??笑笑」


「はい。是非、お願いします」


「OK!じゃあいつから出勤できそう?っていうか今、身分証持ってる?念の為コピーさせてね。

……彩華ちゃんって言うんだ!」


「あの……合否っていつわかりますか?」


「えっ?もちろん即合格だよ!彩華ちゃんこんなに美人なんだし、お店としても万々歳だよ。

源氏名はどうする?あっ、源氏名ってのはあだ名みたいなかんじ」


だから莉愛のことを奏音と呼んでいたのかと勝手に納得していた。

咄嗟に良いあだ名が思いつかず深く考えずに適当に発した。


「じゃあ、源氏名は千春でいいです。明後日から出勤できます」


「千春ちゃんね!一週間でどれくらい出勤できそう?」


「その前にお願いがありまして……

もし、まとまったお金を前払いしていただけるなら、今の仕事は有給をとって休んで一日でも多く出勤させていただきます」


実は、事務所に行く道中に莉愛がお店で前払い制の話を聞いたことがあるからダメ元で聞いてみれば良いとアドバイスをくれた。


支払い期限の日数を考えると間に合わない可能性が高かったので賭けてみる価値は十分にあった。

というより、これ以外に他に良い案が思いつかなかった。


「……どういうこと?バンスしたいって言われても入っていきなりは出来ないよ」


さっきまで笑顔だった店長の顔が一気に氷点下まで下がる。


私は何故急ぎでお金が必要なのかを詳しくに説明して支払納付書もみせた。


「私からもお願いします。今はこの子とルームシェアしてるから逃げられる可能性も低いし、

もしなにかあれば私が肩代わりします」


「肩代わりはしなくていいって!私が借りるお金なんだし」


説明の途中で莉愛も間に入って頭を下げて一緒に交渉してくれた。


「まぁ……美人だし、売れそうだもんね〜

それで、どれくらいいるの?」


「……120万円なんですが難しいでしょうか」


「難しいけど、奏音ちゃんにはいつも頑張ってもらってるし。

奏音ちゃんに免じて特別にいいよ。その代わりこの事は他言無用なのと、返す時に多少は色付けてもらうからね」


店長は金庫から120万円を取り出して彩華に渡した。


120万円の現金を手にした事がなかったので彩華は動揺したが、受け取り店長に深く頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る