chapter 5 歌舞伎町②
隻腕の彫師
次の日、鏡子は同じ歌舞伎町のタトゥーショップにいた。
椅子の上に足を組み、彫り師に自分の膝の上にピストルを掘らせていた。
彫り師は隻腕で、右手だけで器用にニードルを動かす。
目の前の彫り師が不意に話しかける。
「おねえさんマレビトでしょ?」
声をかけられたが、答えない鏡子、鏡子にはそれすら分からない。
彫り師は話を続ける。
「俺は、親父も彫り師で、基本的な事は親父に習ったんだ。おねえさんの刺青、随分古いがのあるね。指のリング状のは江戸時代の遊女が惚れた客と交わすやつだ。わざわざ古い文献でも探して入れたのかい?それに墨のあせ方が10年20年じゃその色にならないぜ。例えば100年以上は経っている」
話をたたみ掛ける彫り師は、鏡子の「昭和二〇年八月九日」と掘られた刺青を指す。
「それは俺の親父が彫った。クセで分かる。怖がらなくていいよ。俺は親父が60歳の時の子供でね、親父は戦前生まれだった。その親父が言っていたんだよ、その入れ墨の女に会ったら、世話をしてやれってさ。おねえさん、困った事があれば、気兼ねなく俺に声を掛けてよ」
彫り師は電話番号が書かれた紙を鏡子に手渡す。
鏡子は、警戒心はとかず、ポツリポツリと話し出した。
「私は、死ぬと、記憶がリセットされる。その為にいつからか生き返った後に、きっかけを体に刻むようになった。次に死んで、生き返った時に、自分で見えるところに彫らないと意味が無いから」
彫り師に腕を見せる。鏡子の両腕にはもう彫るところがないほど刺青が入っていた。
「そう言う事は覚えていると言う事は、全てを忘れるわけじゃないんだね。」
鏡子は頷く。
「キッカケがあれば、少しは思い出す」
彫り師は優しく微笑む。
「俺はハタノだ」
ハタノの右手の甲には大きな十字架の刺青が彫られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます