第25話 龍の決断と文香の考察

     25 龍の決断と文香の考察


 こんなのって……ありか?


 唐突な侵略者の次は、文香のタイムリープかよ。


 だが、事実だ。


 俺はこの星の気に触れる事で、人の歴史を知る事が出来る。

 それと同じ要領で、俺は他人に触れるとある程度その人物の記憶を探れる。


 故に文香の気に触れた俺は、彼女の過去を知ってしまった。

 彼女の、五千もの人生の断片を知ってしまった。


 その凄惨すぎる記憶を観て、俺はただ呼吸を乱す。


 これのどこがラブコメだよと思っていると、文香は尚も口を開く。


「因みに、未来のしだれちゃんは、概ねレジスタンスの英雄だった。

 レジスタンスのよき指導者であり、私達の唯一の希望だったの。

 そのしだれちゃんも、結局一度たりとも焔聖君には敵わなかったけど」


「……つまり、文香は既に私と未来で知り合っていたって事? 

 妙に私の扱いが上手かったのは、そういう理由があったから……?」


 文香は頷き、俺は首を傾げる。

 今の話を聴いて、俺は必然とも言える疑問に行き当ったから。


「なら――俺は? 

 俺は一体、どうなったんだ? 

 まさか――親父側の人間、とか言わないよな?」


「エへ☆」


「………」


 いや、〝エへ☆〟じゃないだろう? 


 この反応から察するに、どうも俺は焔聖君についているらしい。

 人間嫌いな俺らしい話だが、俺まで親父側なら確かにレジスタンスに勝ち目はあるまい。


 いや、それ以前にそんな立場にある俺に、文香はなぜ全てを打ち明けた? 

 俺が文香の敵に回ると言う事を、想定していなかったのだろうか?


 未来では憎むべき敵である俺を、文香が信用している様な節があるのは、何故だ?


「それは、たった一度だけだけど――龍君が聖君に反旗を翻したから。

 しだれちゃんや私達と一緒に、聖君と戦った未来があったからだよ。

 龍君は敵側である確率の方が圧倒的に高いんだけど、私はその一度きりの未来に懸けた。

 いえ、〝この世界の龍君〟ならきっと私の力になってくれると、思いたかったの」


「………」


「だそうだけど、どうする龍? 

 この状況から察するに、お前の行動如何で、最悪の未来が待っている事になるぜ。

 これ幸いと聖君さんの暴走を促し、人間社会を目茶苦茶にする? 

 それとも、文香が信じたお前でい続けるか? 

 その答えによっては――私は今から焔龍と戦わなければならない」


「………」


 世界を、目茶苦茶にする。


 それは心の何処かで、焔龍が望んでいた事かもしれない。

 それ位焔龍は人間と言う物に、不信感を抱いている。


 人の歴史が人の業だというなら、その業で潰されるのが人の定めではないか? 

 焔聖君は、その切っ掛けに過ぎないのでは? 


 なら、何時か人間が滅びるというなら、俺がソレを傍観しても何の咎もない筈。

 焔聖君こそ人の滅びを司る存在で、それが人の運命なのだ。


 一瞬そう感じてから、俺は首を横に振る。

 

 片手で頭を抱えながら、俺は鼻で笑った。


「――冗談だろ。

 俺は、しだれと戦うつもりはないぜ。

 いくら俺でも、その程度の分別はついている」


 キッパリ断言する俺を見て、しだれはいらん事を言い出す。


「はぁ。

 そこは〝文香や芳江さんみたいな人が居る内は、世界を滅ぼす気になれない〟と言えばいいだけでは? 

 そうだな。

 文香はとっくの昔に、龍を攻略していたんだ。

 龍の心を開かせた時点で、僅かながら文香は自身の優位性を確保したんだから。

 これは、そういう話だろ?」


「………」


 文香の、俺に対する接し方は間違っていなかった。

 俺が少しでも文香に情を覚えた時点で、俺が文香の味方になるのは目に見えていたから。


 頭に来るが、しだれの言う通りだ。

 俺は今、文香を二度と死なせたくないという思いから、文香の味方になろうとしている。


 文香は全く計算していなかっただろうが、奇しくも文香は俺を味方にする事に成功していた。

 しだれの言う通り、これはただそれだけの事だ。


「……そっか。

 ありがとうね。

 しだれちゃん、龍君」


 それは色んな事情が含まれた〝ありがとう〟だったと思う。


 自分の話を最後まで聴いてくれて事や、それを信じた事。

 ソレに加え、しだれや俺さえ自分の味方になった。


 文香の〝ありがとう〟には――それ位の感情が含まれているのだろう。


「そう、だね。

 私がまたこの時代に転生できるかは、全く分からない。

 なら、私はこれが聖君を止める最後の機会だと捉えるしかない。

 こんな私の味方になってくれると言うなら――これほど頼もしい事は無いよ。

 ――龍君、しだれちゃん」


 五千もの人生を歩み、その全てを凄惨な最期で終わらせてきた――紅紅葉。


 それでも彼女ははにかみながら――堂々と胸を張った。


     ◇


「で、ここからは具体的な対策案なのだけど――ぶっちゃけ私はここ数日が勝負だと思う」


「……ここ数日が、勝負?」


 文香の意見を聴き、俺は眉をひそめる。

 しだれもそれは同じで、彼女は訝しげな様子だ。


「うん。

 実は記憶が戻って、龍君達が病院に戻って来る間、私も色々考えたんだ。

 主にあのまだ穏やかそうだった聖君さんが、なぜ豹変したのかを。

 私の時代にはネットも無かったから、聖君の過去を探る事は出来なかった。

 聖君がなぜ変わったのかはずっと謎だったんだけど、漸くその答えが分かった気がする。

 というのも、他ではないんだ。

 これは龍君が言っていた事なんだけど――聖君さんは美礼ちゃんを溺愛しているんでしょう?」


「――あ」


 文香の話を聴いて、俺やしだれも大体の事は察する。

 俺達二人は、思わず息を呑んだ。


「……そう、か。

 そういう事、か。

 確かにあの親父なら、美礼を殺された場合、ブチ切れてもおかしくない。

 いや、それ以前に、俺は不思議だったんだ。

 親父もこの星の気に触れて、人の歴史を観ている筈なのに、何であんなに冷静なのか。

 何で俺の様に人間に対する偏見が無いのか、全く分からなかった。

 ……でも、そうなんだ」


「うん。

 恐らく聖君さんにも、人間に対する失望はあった。

 彼はソレを無視する事で心の平穏を保っていたけど、ある時それは崩れ去ったの。

 最愛の娘である美礼ちゃんが――何者かの手によって殺される事で」


「………」


 俺が絶句すると、しだれは俺の代弁をする様に言葉を紡ぐ。


「……成る程。

 それで、ここ数日が勝負って事になるのね? 

 現在、聖君さんは宇宙に出張中。

 聖君さんが居なければ、美礼ちゃんを殺害する事は不可能ではない。

 いえ、寧ろ聖君さんが居ない今だからこそ、美礼ちゃんに厄災が降り注ぐ事になる。

 つまり美礼ちゃんの殺害は、聖君さんが出張に行っている間に起きるという事ね?」


「ええ。

 私の考えでは、そうなる。

 でも、これは飽くまで私の直感に過ぎない。

 本当は別の理由があるかもしれないし、ソレは私達では手におえない事かもしれない。

 それでも、しだれちゃん達は、私を信じてくれる? 

 美礼ちゃんの保護に、手を貸してくれるかな?」


「………」


 考えるまでも無い。

 仮に文香の考えが正しいなら、俺の答えは決まっている。


 何せ、美礼の命がかかっているかもしれないのだ。

 妹の命が危機に晒されているなら、俺は無条件で文香に与する以外ない。


「……成る程。

 確かにこれは、今日聴いておくべき話だ。

 何時、美礼の命が危うくなるか分からないんだ。

 文香がこのタイミングで全てを打ち明けてくれたのは、実に正しい判断だな」


 ならばとばかりに、俺はスマホを取り出し、家に連絡してみる事にする。


 お袋が居るので美礼がドラゴロイドに襲われた事は無いだろう。

 あれだけ派手に事が動いた為、お袋も容易に美礼の危機を知る事が出来た。


 だが逆を言えば、美礼が有り触れた交通事故にあった場合、恐らくお袋はそれを感知できない。

 そうなるとお袋でも、美礼を救う事は出来ない訳だ。

 

 お袋から何の連絡も無いから、そういう事態にはなってはいない筈。

 それでも俺は、一応家に電話をしてみる。


 数回ほど呼び出し音が鳴った後、お袋は電話に出た。


『おやおや。龍君はこの国があんな事になったというのに、今頃連絡してきた訳? 

 普段は私達の事を真面だと言っているのに、何の心配もしていなかった? 

 私は龍をそんな薄情な人間に、育てた覚えはないのだけど、これってどういう事? 

 というか、私はどうでもいいけど、美礼の事は心配しなさいよ。

 あの子、今意地をはっちゃって〝兄様の方から連絡がくるまで自分からは連絡しない〟って言い張っているのよ』


「……あー」


 言われてみればそうだ。


 文香が急に倒れたので、美礼達に対する気遣いを疎かにしていた。

 お袋が居るので大丈夫だという過信が、美礼達を蔑にする要因になっていたのだ。


 俺はその事を、素直に詫びる他ない。


「いや、本当に悪かった。

 実は文香が倒れて、いま病院に居るんだ。

 で、その美礼は勿論無事なんだよな? 

 お袋が、上手くやってくれたんだろ?」


『………』


 と、お袋は一間空けてから、返答する。


『それ、美礼には言わない方が良いわね。

 自分より笹崎さんを優先されたと思って、余計にむくれる筈よ。

 ま、つまりはそういう事で、美礼は当然無事なんだけど』


「……そっかー」


 これで今日の襲撃が原因で、美礼が死んだという事はなくなった。

 俺はお袋に感謝しながら、安堵を覚える。


 その一方で、俺はある事に気付く。

 それを確かめる為、俺は速やかに家に戻る事にした。


 通話を切ってから、俺は文香に向き直る。


「悪い、文香。

 今から美礼に色々話を聴くから、今日の所は家に帰る。

 今後の対策は、その情報をもとにして行おう。

 しだれも、そういう事でいいか?」


「オーケー。

 確かに今は、当事者から詳しい話を聴くのが先だものね。

 それでこの件を解決する、何かの糸口が見つかるかもしれない。

 なら、善は急げよ。

 さっさと帰りましょう、龍」


「うん。

 じゃあ、また明日ね。

 龍君、しだれちゃん。

 本当に――頼りにしているんだから」


 何時かの様にウインクをして、微笑む、文香。


 そんな彼女にさよならを告げて――俺としだれは病院を後にした。

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