第21話 ゼード・ギア対焔龍

     21 ゼード・ギア対焔龍


 と、見るからに愛想笑いをしている龍を見て――ゼードは初めて眉をひそめる。


 或いはそれも余裕の一環かと思い、彼は益々喜悦していく。


「正直、驚いたぞ。

 まさか我が軍を、こうも短期間の内に倒すとは。

 伝説には尾ひれが付き物だが、創世十字拳は違ったな。

 創世十字拳こそ、正に私の好敵手と言える物だ。

 ……ああ、今初めて確信した。

 私は創世十字拳を倒す為にこの世に生まれてきた、と」


「ほう? 

 そいつは光栄だな。

 いや、何と言うか、創世十字拳って身内からもバカにされる拳法なんだよね。

 だというのに、敵であるあんたがそうやって褒めてくれるなんて、ある意味嬉しいぜ」


「………」


 バカに、されてきた? 

 人の上位種たるドラゴロイドの軍勢を、一瞬で倒してみせた創世十字拳が? 


 仮にそれが本当なら、人間は一体何を考えているのかと、ゼードは首を傾げるばかりだ。

 まさか、創世十字拳を上回る拳法が存在しているとでも言うのか? 


 そんなバカな。


「ククク。

 きさまは、本当に面白い。

 今のは、私でも笑える冗句だったぞ」


「いや、決して冗句ではないんだけど」


「………」


 どこか話が噛み合わないまま、ゼードは構えをとる。


 ゼードが臨戦態勢に移行するのを見て、龍は苦笑した。


「このまま部下を連れて撤退してもらいたい所だが、これって只の挑発に聞こえる?」


「ああ。

 きさまが如何にこの私を格下だと思っているか、明確に伝わってくる。

 ならば私は、その誤解を解かねばなるまい。

 きさまの心臓を――この手で抉り出す事で」


「なら、戦う前に質問がある。

 王や王族達は、いま何処に居る? 

 できるなら責任者同士で和平交渉をやりたいんだが、王達の居場所さえ話す気は無い?」


 ゼードの答えは、決まっていた。


「和平交渉? 

 それはとんだ自惚れだな。

 そういう物は、戦況が有利な方が持ち出す事だろ? 

 戦局の主導権を握っている方が言い出す、敵軍に対する最後通告だ。

 まだ私さえ倒せていないきさまが、軽々しく口にする事じゃない。

 その慢心は、間違いなくきさまの命取りになるぞ」


 そうは言いながらも、ゼードは苦々しく思う他ない。

 何せ、僅かでも慢心していなかった自分が、一軍を失ったのだから。


 誓って言うが、彼は創世十字拳を見くびった事は無い。

 逆にその脅威を認め、油断する事なくその殲滅を誓った程だ。


 だというのに、実際の創世十字拳は彼の想像限界を遥かに超えていた。

 慢心を抱かなかった自分が、慢心だらけのこの少年に後れをとったのだ。


 その不条理が動力源となって――ゼード・ギアを奮い立たせる。


「やはり、戦うしかないって事か。

 いや、戦争というのは、本当にどうしようもないよな。

 結局どちらか片方が勝利するまで、続けるしかないんだから。

 俺は今、人間達の悪しき風習に染まりつつある自分を、大いに恥じているぜ」


「――ほざけ。

 元々私やきさまは、そう言った存在だろう? 

 戦う事でしか己の価値を示せない、呪われた人種の筈だ。

 そのきさまが戦いを否定するとは――笑止にも程がある」


 最後まで棒立ちし続ける、焔龍。


 己を鼓舞しながら地を蹴る、ゼード・ギア。

 

 両者は遂に激突して――この大地を激しく揺らしたのだ。


     ◇


 ゼードが腕を引き――一気に拳を突き出す。

 

 たったそれだけの動作は――焔龍を瞠目させた。


「な、に?」


 ゼードの拳は気に包まれ、直径五十メートルに及ぶ拳をつくり出す。

 それは龍の顔面に炸裂して彼を吹き飛ばし、更にゼードは龍の体を蹴り上げる。


 この時点で並みの人間なら、十万人は死んでいるだろう。

 それだけの破壊力を誇るゼードの攻撃は、中空に弾き飛ばされた龍に向かって殺到した。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお――っ!」


 拳を連射する、ゼード。

 直径五十メートルもの拳が、容赦なく龍の体を穿つ。


 焔龍は正に滅多打ちにされて、反撃する暇さえ無い。

 一撃攻撃を受けるだけで、体中に衝撃が走り、龍の体を尚も上空に跳ね上げる。


 それは一秒間に一千発に及ぶ――拳の群れ。

 正に圧倒的な暴力を行使して、ゼード・ギアは一方的な蹂躙劇をなし遂げた。


 仮にこの場に笹崎文香が居たら、何を語っていただろう? 


 龍の身を案ずる? 

 それとも、ゼードの蛮行を非難したか?


 どちらもありえそうだなと思った時、焔龍は横から衝撃を受ける。

 ゼードのオーラの蹴りを受け、龍は薙ぎ払われて、地面に激突したのだ。


 この時点で、並みの人間なら、もう一億人は死んでいる。

 この国の人口は五億人なので、後四回これを繰り返しただけで、この国の人間は死に絶える。


 ゼード・ギアなら――一分とかけずにこの国を壊滅できるのだ。


「……がぁ、はっ!」


 その事を痛感した龍は、だから血反吐を吐く。

 ゼードは勝利を確信して、遠方に飛ばされた龍に近寄った。


「まさか、その程度か? 

 我が兵を打破した時の術は、どうした? 

 アレを使えば、或いは私を打倒し得るかもしれんぞ? 

 いや、それも不可能か。

 今の私は臓器を気で被い、防御している。

 仮にきさまの術が内臓を直接攻撃する類の物でも、私には通用しない」


 酷薄に笑いながら、ゼードは今も倒れている龍に迫る。

 ゼードは速やかに龍の頭蓋を破壊するつもりで、ただ余裕の笑みを浮かべた。


 ならば、龍はよろめきながら立ち上がるしかない。


 いや、彼は芝居でも何でもなく、ゼードの攻撃を受けて、致命的なダメージを負っていた。


「……さすがに、強い、な。

 因みに、あんたの強さは、ドラゴロイドの中ではどの程度?」


「そんな事は、知らん。

 だが、私より強い方々が――十人ほど居る事は教えておいてやる」


「………」


 これだけの戦闘力を誇るゼードより、更に強い戦士が十人も居る。

 それは、人類を心底から戦慄させるに足る事実だ。


 大統領辺りが聴いたら、更に戦意を失っていたかもしれない。

 ならば、今はもう満身創痍のあの少年も同じ心境か?


 ゼードはふとそう思い――さっさと彼を殺す事にした。


「がぁ――っ!」


 会心の一撃が、焔龍の全身を打ちのめす。

 龍は百メートル以上吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。


 間違いなく今の蹴りで――創世十字拳の使い手は死んだ。


 ゼードはそう確信して、鼻で笑う。


「思ったより、脆弱だったな。

 どうやら私は、創世十字拳を過大評価し過ぎた様だ。

 まさか私に一矢も報いられない程、脆弱な拳法だったとは」


 踵を返す、ゼード。

 彼は国会議事堂に戻り、大統領に創世十字拳の件は忘れていいと伝えようとする。


 既に創世十字拳の使い手は抹殺した事を、彼は人間達に喧伝するつもりなのだ。


 ドラゴロイドの兵を一人で倒した人間達の英雄さえ、自分には敵わなかった。

 それは人間達にとって、正に絶望的な事実と言える。


 ソレを知れば、人間は益々心が折れて、最早再起する事はないだろう。


 少なくともゼードはそう計算して、ほくそ笑む。

 彼は今、祖先を追い詰めた創世十字拳の使い手を打破した己を、心底から誇った。


「ぬ?」


 いや、その筈だったが、あろう事か、今も咳き込みながら血を撒き散らす龍が立ち上がる。


 既に戦闘不能とも言える彼は、意味不明な事に、ゼードの気を引いたのだ。


「いや――その意気はよしとしよう。

 決して勝てぬと分かっていながら、尚も勝利を諦めないその姿勢は驚嘆に値する。

 私には遠く及ばぬが――さすがは人類の守護者だ」


 それも、ゼードの本音である。

 まるで全盛期の四千年前の人間と対峙しているかの様で、ゼードは心を躍らせた。


 しかし焔龍は、初めて弱音らしき物を漏らす。


「……やはり、強いな。

 まさか、ここまで、とは。

 俺でさえ、こうも圧倒されるなんて、思ってもみなかった、ぜ」


「………」


 その計算違いを悔いる様に、龍は俯く。

 ゼードと目を合わせる気力さえ残っていない彼は、ただ全身から伝わってくる痛みに耐えた。


「今頃、そんな事に気付いたか。

 ドラゴロイドと人間の実力差さえ把握していなかったとは、とんだ未熟者だな。

 正直、その辺りの心構えは失望したぞ」


 既に全身の骨が砕かれている龍は、ただ苦笑するしかない。

 彼はこの時、妙な事を言い始めた。


「……ああ。

 本当に俺は……未熟者だよ。

 まさかあんた程度の攻撃で、こうまでダメージを受けているんだから。

 いくら俺が――完全に生身の状態とは言え」


「……な、に?」


 今、この少年は何と言った? 

 自分が、完全に生身の状態?


 それはどういう事かと問う前に、それは起きた。


「なっ――はっ?」


 焔龍の体から――ナニカが解放される。


 それは龍だけではなく、この国全土を被う。

 それは先の、ドラゴロイドの兵達を倒した時の再現だ。


 ゼード・ギアもまた、焔龍の気に包まれた。


「何だと? 

 まさか――きさまは?」


「ああ。

 創世十字拳の奥義は、操気術にある。

 俺はさ、今までその気を自身の体内に圧縮しながら戦っていた。

 気と言う最大の矛と盾を、その身にしまいこんでいたんだ。

 なら、仮にその一部を解放して、己の周囲に纏ったらどうなるか? 

 その気を攻防力に転用したら、どう言った事になるか――賢明なあんたなら分かるだろう?」


「―――」


 否。

 

 その気は、攻撃や防御の為の物だけではない。

 焔龍の気は自身の体さえ癒し、瞬く間に彼の体を全快させる。


 その光景を見て、ゼード・ギアは自分が遊ばれていた事に初めて気付く。


「まさか、生身の状態で私の攻撃を受け続けていた? 

 いや、生身でありながら、私の攻撃でもきさまを殺し切れなかったと言うのか? 

 ――笑わせる。

 それこそ笑止な話だ。

 言っておくがその程度の話を聴いて、この私が怯むと思うか?」


「そうか? 

 ならば、なぜ一歩下がった? 

 俺が前進する度に後退するあんたは――いま何を考えている?」


「……つっ?」


 まさか、このゼード・ギアが、あの少年に恐れをなしているとでも言うのか? 

 無意識にあの少年の脅威を感じとって、このゼード・ギアが臆している? 


 ――それこそ、笑止。


 例えこの星が砕け散ろうとも、それだけはありえない。

 

 故に――ゼード・ギアは奥の手を使う。


 彼はドラゴロイドに具わる異能を――今こそ発揮した。


「――ゼッドギア・ボルカシス――」


 それは彼等の言葉で、人の言葉に訳すると〝あらゆる衝撃は我が手に〟という事になる。


 その言葉は確かに意味をなして、容赦なく龍の身に迫った。


 ゼード・ギアは、あろう事かこの世で起きた全ての衝撃を具現し、一点に集めたのだ。


 それは先の自分の攻撃も含まれており、一撃で数十億人もの人間を抹殺し得る攻撃である。


 正に人知を超えたその攻撃は、ゼードが右手を突き出した瞬間炸裂した。

 

 それは確かに効果をもたらし――焔龍の顔面を弾く。


「……は?」


 顔面を――弾く?


 人類を数十億人殺せる攻撃を受けながら――顔面を弾いただけ……?


 その意味を理解した時、ゼードは思わず眼を開く。


「と、俺が普段どんな修行をしているか、まだ説明していなかったな。

 実に単純だよ。

 俺はこの身に、ある力場を圧縮しているだけ。

 少しでも気を抜けば、俺の体の中で破裂するであろうその気をこの体に繋ぎ止めている。

 今となってはたったそれだけの事が、俺にとっては何よりの修行だ。

 もっとわかりやすく言えば――俺がこの身に圧縮している力とはこの星全ての力場だよ」


「……な、にっ?」


 何を、言っている? 

 この少年は、今、何と口にした?


 本当にそれが分からなくて、ゼードは、更に一歩後退する。


「ああ。

 この星の自転や公転する時に発せられる力場を、俺はこの身に圧縮している。

 簡単に言えば、ソレを解放した時の俺の攻撃力はこの星が突っ込んでくるレベルの物だ。

 防御力に至っては、この星その物と言って良い。

 そこで質問だ。

 あんたは、この星が突っ込んで来たらその衝撃を生きたまま受け止められる? 

 あんたは、この星を消滅させるだけの攻撃力を誇っているか? 

 仮に否なら、あんたにはもう勝ち目は無い。

 これはそういう話なんだが――理解してくれたか?」


「バカ、な――っ!」


 そんな人類が、存在する筈がない。

 ドラゴロイドでも不可能と言えるそんな操気術を、人間が扱える訳が無いのだ。


 だというのに、なぜ、自分は後退している? 

 自分は、あの少年の何を恐れていると言うのか?


 ハッタリに、決まっている。

 こんなのは、何かの間違いだ。


 己をそう叱咤するゼードは――自身の奥義を炸裂させた。


 先程使った能力は、この星の過去の衝撃を放つ物。


 そしてこれは――この星の未来の衝撃を全て一点に集中して放出する攻撃だ。


 ならば、勝てる。

 論理上、この攻撃ならあの少年を殺し尽くせる筈だ。


 何故ならこの能力は――あの少年が将来放つであろう全ての攻撃も含まれている。

 未来に至る全ての攻撃を具現化するという事は、そういう事。


 あの少年は、将来自分が放つ全ての攻撃を食らい、自滅する事になる。

 そう確信して放たれたソレは、しかし思わぬ結果を生んだ。


「なっ――はっ?」


 術を放とうとした途端、ゼード・ギアの体は内部から破裂する。

 いや、破裂は免れたが、彼の体は内臓が損傷する程の衝撃を受けた。


 その意味が分からないまま、彼は遂に地に伏す。


「……何を、したぁ? 

 きさまは――一体何だぁっ?」


「いや、とっくに知っている筈だろう? 

 俺はただの――創世十字拳の使い手だ。

 次期継承者に過ぎず――正当継承者には未だに及ばないただの未熟者さ――」


「……次期、継承者ぁっ? 

 ただの……未熟者だとぉっ?」


 彼は、創世十字拳の継承者ではない?


 それで、これだけの強さ?


 正当継承者ではないただの未熟者が、このゼード・ギアを圧倒した――?

 

 その意味を理解した時――彼は初めて創世十字拳に恐怖を抱いたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る