第17話 暗転
17 暗転
そして――物語は暗転する。
その異常は、こののどかな遊園地でも起きた。
いや、それ以上の異常が、この国の全土で起ったのだ。
「ひっ?」
「はっ?」
その光景を見る事で、全ての民衆は恐慌する。
誰もが我が目を疑い、何かの冗談だと思い込もうとした。
だが、事実だ。
例えどんなに現実から逃避しようが、状況は変わらない。
本当に唐突で、或いは急展開すぎると言えるが――彼等は突然姿を現した。
「――人間は殺すな!
生け捕りにして、後々我々の食糧にする!」
「……人間、人間!
四千年ぶりの――人間の肉!」
それは正に無差別的な、暴力の嵐だ。
彼等は人間を見つけるなり、殴打を加えていく。
老若男女問わず、彼等は人間を殴り続けながら進軍する。
前述通り人間を生きたまま食らうつもりである彼等は、人間を蹂躙しながらも殺す事は無い。
ただ容赦なく殴打を浴びせて、人間を気絶させていく。
問題は、その規模だ。
彼等はあろう事か、この国の全土に出現して、各々各地を襲撃している。
田舎も都会も関係なく、人間なら等しく彼等の餌食にされていた。
殴る、殴る、殴る、殴る。
それでも誰一人死者が出なかったのは、奇跡と言えるだろう。
彼等の力加減は凡そ完璧で、子供さえも殺さずに気絶させる。
「……エサ、エサ、エサ!
四千年ぶりの――上等なエサ!」
彼等の精神は、正にハイという状態だろう。
心と体を解き放たれた彼等は、正に一種の厄災だ。
誰一人遮る者は居らず、彼等は一気に進軍を繰り返す。
彼等は遂に、軍隊が駐留する基地まで侵攻。
この国で最も武力に長けた、軍隊と対峙する。
全国から非常事態を訴える通信を受けていた軍は、即座にこの異常事態に対応。
戦車やジェット機まで出撃させて、彼等を鎮圧しようとした。
戦車の主砲が彼等の体を穿ち――ジェット機のミサイルが彼等を焼き尽くそうとする。
「ハハハハハハ!
ハハハハハハ!」
よって、戦車やジェット機の乗組員はただ笑うしかない。
何故って、あの彼等には戦車の主砲もジェット機のミサイルも、まるで効果が無かったから。
「んん?
人間が退化したというのは、本当か?
噂通りなら、四千年前の人間の拳の方が――まだ威力があったぜ」
「ハハハハハ!
……だから、何なんだよ――こいつ等はっ?」
依然、マシンガンで応戦する人類だったが、彼等は容赦なく進軍を続ける。
マシンガンも物ともしない彼等は、ただ軍隊を蹂躙し続ける。
やがて各地の基地は壊滅的な打撃を受け、最早撤退する以外、なす術がなかった。
「けど――一体どこに逃げればいいってんだっ?
もう、どこもかしらも――あいつ等だらけなんだぞっ!」
「――助けて!
助けて!
助けて!
助けて!
助けてぇえええええええ……っ!」
軍人だけでなく、一般人も同じ様に絶叫する。
逃げ場がない彼等は、ただ救いがないこの状況を嘆くしかない。
それでも無慈悲な事に、彼等の進軍は続く。
国会議事堂まで占拠した彼等は、既にこの国の司令部を掌握した。
ならば民衆も軍人も等しく混乱する他なく、人類はただこの世の地獄を見るしかない。
彼等はたった五分程で――この国を攻略する。
この国の上層部が最後に出来た事は――他国に彼等の脅威を知らせる事だけだった。
人間達は、四千年ぶりに思い出したのだ。
自分達を、破滅に追いやる存在が居る事を。
あらゆる天敵を滅ぼしてきた自分達さえも、窮地に陥れる存在が居た事を。
それも当然か。
何せ敵は今の人間を――遥かに上回る力を誇っている。
それだけの敵が――一億人ほど居るのだ。
一億にも及ぶ敵軍は――速やかに次の狙いを別の国に定めた。
◇
「……これ、はっ」
周囲の異常を察した文香が、絞り出す様に声を上げる。
それだけの光景が――俺達の目の前には広がっていた。
それは正に、悪魔の様なフォルムをした、怪物達だ。
肥えた体は三メートルを優に超え、とにかく質量がある。
人間ではどう足掻いてもあの体躯には及ばず、易々踏みつぶされるだろう。
現に彼等は素手で殴っただけで、人々を昏倒させているではないか。
それは正に、悪魔が人間を蹂躙している光景その物だ。
悪魔とは人間を苦しめ、その痛痒を糧にして歓喜する者をさす。
だからこそ彼等は悪魔であり、彼等に害される存在はただの人間でしかない。
この力関係は絶対的な物で、何者にも覆せない。
人知を超えた悪魔は、人知しか扱えない人間では絶対に敵わないから。
その事を本能的に感じた文香は――だからこうまで呼吸を乱しているのだ。
「……これ、はっ」
文香が、もう一度同じ言葉を繰り返す。
恐らく彼女は、あの彼等が何者か推理しようとしているのだろう。
けれど、余りにも唐突に現れた彼等の正体を、文香は看破出来ずにいる。
その事が文香を、余計に混乱させているのだ。
正体不明の存在に不意討ちを受ける事ほど――人間を恐慌させる物は他に無いから。
文香に分かっている事は、ただ周囲の人間達が彼等に蹂躙されているという事だけ。
いや。
その暴力の洗礼は、やがて自分達にも及ぶだろう。
現にあの彼等は、後五メートルという所まで文香達に迫っている。
文香にしてみれば、これは覆しようがない、危機だ。
「――飛ぶぞ。
文香、しだれ」
「……え?」
ならば、俺はそう告げて文香を我に返す以外ない。
俺は二十メートル程上空にある遊園地の展望台の屋上を指さして、文香を促す。
彼女は息を呑んだ後、首を横に振った。
「……あんなに、高い所まで?
龍君達ならもしかしたら出来るかもしれないけど、私は無理だよ」
だから自分は置いていけと、言わんばかりの口調だ。
けれど、俺は断言する。
「いや。
無理だと思うな。
自分なら必ず出来ると信じろ。
今の文香なら、絶対にやれる筈だ」
「―――」
途端、文香の瞳に、微かな活力が戻った様に見えた。
しだれはこの状況でも一笑して、文香に手本を見せる。
「そう。
こうやるの、文香」
跳躍する、しだれ。
彼女はただ地面を蹴っただけで、見事に展望台の屋上に取り付く。
ソレを見て、文香は固唾を呑む。
「昨日までの特訓を、思い出せ。
文香はただ気をコントロールして、両足から力を放出するだけでいい。
それだけで、文香はしだれの様に跳べる筈だ」
「――はい!」
一週間に及ぶ修行の賜物か、文香は、混乱はしていても絶望まではしていない。
彼女は俺の指示通り気をコントロールしながら、一気に跳躍する。
その運動能力は正しく機能して、彼女の体を容易に展望台の屋上まで運ぶ。
ソレを見届けた後――俺もしだれ達の後を追っていた。
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