第4話 焔家とは

     4 焔家とは


 創世十字拳を習いたいと言い出した――笹崎文香。


 その時点で俺の彼女に対する評価は、微妙に変化する。

 今までまるで興味は無かったので、その姿さえロクに見ていなかったが俺は笹崎を観察した。


 そこで、俺はある種の納得を得る。

 

 成る程。

 確かに、学園のアイドルと称されるだけの事はある。

 

 色素が薄い茶色い髪は背中まで届いていて、純粋に美しい。

 しだれとは対照的な丸目は慈愛さえ感じられ、穏やかだ。


 しだれ同様制服が似合っていて、これならさぞかし異常者達の目から見ると映えるだろう。

 今も半ば彼女を異常者だと認識している俺でさえ――笹崎文香は綺麗だと感じた。


「……って、何を考えているの、龍は? 

 経験上、お前がそういう表情の時は、ロクな事がないんだけど?」


「それは誤解だ。

 俺は単に笹崎の評価を少し改めただけで、依然として彼女の事は異常者だと思っている」


「………」


 小声で問うてきたしだれに、俺も小声で返す。

 すると、しだれは相変わらず釈然としない表情のまま、鼻から息を噴き出す。


 その意味が分からないまま、事態は次の段階に移った。


 俺の親父と、笹崎の母親らしき人が、この場に現れたのだ。


「――文香っ!」


「おー、おー。

 やってくれたな、このバカ息子」


 笹崎の母親は見るからに焦燥して、俺の親父こと暁聖君は完全にマイペースだ。


 それでも親父は俺を見るなり、ワンパンを食らわす。

 お蔭で俺は吹き飛び、俺は壁を突き抜けて、二階から地面に落下する。


 アスファルトの地面に叩きつけられながら、俺はただ天を仰いだ。


「つーか、さっさと戻ってこい、バカ息子。

 言いたい事は、山程ある」


「――えっ? 

 えっ? 

 えっ? 

 あの、焔さん……っ?」


 警察署の壁をブチ抜く程のパワーを誇る親父を見て、笹崎親子は明らかに動揺する。

 俺は何ごとも無かったかの様に跳躍して、二階に戻った。


 その上で、親父は俺の頭を掴んで頭を下げさせ、笹崎親子に謝罪したのだ。


「この度は息子が不始末をしでかした様で、誠に申し訳ありません。

 これで済むとは勿論思いませんが、先ずは謝罪させてください」


「あ、いえ。

 私が聞いた話では、息子さんは文香を助けてくれたという事なんですがっ?」


「………」


〝え? そうなの?〟みたいな顔をする、親父。

 彼は顔を上げてから、首を傾げた。


「んん? 

 お前、文香さんをナンパする為に、文香さんの彼氏を半殺しにしたんじゃなかったのか? 

 少なくとも俺はお前が、誰かを半殺しにしたと聞いたぞ」


「いや、それは誤解だ、親父。

 俺は何もしていない。

 笹崎……さんがチンピラにからまれていた所に出くわしただけ。

 そのチンピラも何故かひとりでに卒倒して、俺はそれを、指を咥えて見ていた」


「………」


 それで察する物があったのか、親父は眉をひそめる。

 彼は苦笑いらしき物を浮かべてから、もう一度頭を下げた。


「いえ、どちらにせよ、息子の要領が悪かったのは事実です。

 大切な娘さんを大変な事に巻き込んでしまった事は、この通り謝罪いたします」


「あ、いえ! 

 どうか頭をお上げになって、焔さん! 

 私としては、娘さえ無事なら、それで十分ですから!」


 笹崎文香も善良なら、その母親も善良らしい。

 彼女は飽くまで大人の対応を見せ、娘を気遣いながらも焔家の事も気遣う。


 話はこうして纏まり、俺は今度こそ本当に無罪放免となった。


 ただ、当然の様に親父は器物破損でパクられ――夜まで警察の事情聴取を受けたのだ。


     ◇


「つーか――何もかもお前が悪い」


「………」


 家に帰って来た親父は、開口一番そう告げる。

 今まで警察のご厄介になっていた親父は、どうも全ての責任を俺に転化したいらしい。


「いや、待とう、親父。

 確かに俺はたった五人程、チンピラを殺そうとしたが、ただそれだけなんだ。

 俺が手を汚す事で笹崎が助かったのだから、それはそれで良しとしようじゃないか」


「アホだ。

 その時点で、アホだ。

 お前、この国では二人殺しただけで、ほぼ間違いなく死刑なんだぞ。

 それを五人とか。

 面白おかしすぎて、二回死刑になっても罪を償いきれねえよ」


「………」


 法務大臣辺りが言ったら、間違いなく問題視されるであろう事を親父は平然と言う。

 この時点で親父だけは政治家向きではないと判断した俺は、尚も弁明した。


「いや、結果的に誰も殺してない訳だから、別にいいだろう? 

 俺としては、異常者の命なんてどうでもいいと思っているんだぜ? 

 その俺が誰も殺さなかったのは、一種の奇跡じゃないか」


「………」


 俺としては正論だったのだが、どうもその他の家族にとっては違ったらしい。


「……うわ。

 さすがに、ドン引きだわ。

 兄様の異常性は、分かっていたつもりだったけど、今のはヤバすぎでしょう? 

 それも全て父様の育て方に問題があったからだと思うのだけど、そこん所はどうなのさ?」


「そうね。

 全ては、お父さんの責任だわ」


「こいつ! 

 さりげなく全ての咎を、俺に負わせるんじゃねえよ! 

 それでも母親かっ? 

 警察でも、俺ばかり頭を下げさせやがって! 

〝今日は晩御飯の用意で忙しいから、ちょっとお父さん警察署まで行ってきて〟という言い草からして既におかしいよねっ?」


「………」


 いや、それで納得した親父も相当なタマだと思う。


「とにかく、龍が人殺しをしなかった事だけが不幸中の幸いだわ。

 でも、それでも、このままだと何時か間違いを犯しそう。

 そういう訳で、龍、貴方これからはちゃんと自重しなさい」

「………」


 アレでも自重した結果だとは、とても言えなかった。

 どうも俺は想像以上に、不味い事をしたらしい。


「あー、分かった。

 二度と同じ過ちは、犯さない。

 てか、その代りと言っては何だけど、朗報があるんだ。

 例の笹崎の娘なんだけど――創世十字拳を学びたいってさ」


「……笹崎さんの娘さんが、創世十字拳を、学びたい……?」


 何故か意味が分からないのか、親父はここでも首を傾げる。

 加えて親父は、創世十字拳の正当継承者とは思えない事を口にした。


「なんでそんなトチ狂った事を、文香さんは言い始めたんだ? 

 頭がオカシイだろ? 

 イカれているよね? 

 明らかに、自殺行為じゃん。

 見るからにカタギの娘さんだったけど、実は極道の血でも引いているのか――?」


「………」


 今度は極道の人間がブチ切れそうな事を、親父は言い出す。

 ならば俺はありのままを、説明するしかない。


 笹崎は俺とつき合う為に創世十字拳を習うつもりだと言うと、妹の美礼が食いついた。


「――はっ? 

 つまり笹崎って人は、兄様目当てで修羅の道を往くつもりなのっ? 

 一体どういう奇跡がおきて、そういう事になった訳っ? 

 ……まさかそんな物好きが、しだれちゃん以外に居たなんて!」


「………」


 どうも美礼にとって創世十字拳の習得は、修羅の道を往くのと同義らしい。

 というか、修羅の道って何だ?


「あー。

 とにかく明日から道場に通いたいって事だから、そのつもりでいてほしい。

 親父、どうせ明日も暇なんだろ? 

〝表の業〟で良いから、教えてやってくれよ」


 が、親父は何故か露骨に顔をしかめる。


「……いや、俺、明日から〝裏の仕事〟があるんだよね。

 そう考えると、マジでタイミングが悪すぎる」


「……え? 

 それってまさか、兄様がその笹崎さんに創世十字拳を教えなければならない流れって事っ?」


 美礼が何故か戦慄しながら問うと、親父はただ頷く。

 何故だが分からないが、この時点で不幸な物語が始まる気配がした。


 いや、本当に何故だかは分からないが。


「という訳で、美礼、お前、龍の監視をしろ。

 此奴が無茶な真似をしないか、見張って欲しい」


「って、そんなの無理だよ、父様! 

 私だって、テニス部があるもん! 

 試合が近いから、今すっごく多忙なんだよ、私!」


「じゃあ、毬子。

 お前が――」


「――え? 

 何? 

 私、最近耳の調子が悪くて」


「そこまで、責任を負いたくない訳っ? 

 だからお前は、それでも此奴の母親か――?」


「………」


〝お前の血の色は何色だ?〟と言わんばかりの形相で――親父は最後にそう問うた。

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