第2話

入学式開始のアナウンスが広い体育館に響く。


「二人分の席が残ってよかったね」


長い金髪が優しく当たる。香水だろうか、隣の席から微かにかおる。


「確かに、俺も縁結が隣にいてくれると安心する」


講堂正面の舞台、式の開始から校長や会長、肩書の付く高尚な人物たちの演説が投げ掛けられている。


(違うのは姿だけ……)


隣の席からの匂いが薄くなった。気になって隣の席を微かに向いた、彼女の気配は感じられた。


一際大きな拍手が会場を埋め尽くした。数秒の沈黙ののちにマイクから高音がなる、意図的ではなくマイクの電源を入れたことによるものだ。


「まずは皆さん、入学おめでとうございます。……ご紹介に上がりました校長の鈴木和一です」


(声の感じからそれなりの年齢だ)


「あなた方はある意味で選ばれ、見方によっては選ばれなかった。人類が魔法と向き合って二十年と少し、良くも悪くも魔法は……」


(選ばれる、選ばれない、か……)


*****


「疲れたぁ……」


式が終わり生徒たちは会場を後にする。その隅で縁結は邪魔にならないように体を伸ばす。


「確かに予定より少し長かったな、確かこの後はホームルームだったか」


「そう、だよ。クラスも同じみたいだからまた一緒に行こう」


「どこかに書いてあったのか?」


「昇降口のところにね。私たちはE組、ほらまた私の肩に手をのせて。もう講堂にあんまり人もいないから、少し急いだ方が良いかも」


背を向けた縁結、多次元素粒子を介して彼女の肩の位置を把握する。


「コツ」


小さな金属音が足元から聞こえた。


拾い上げたそれは片手でしっかりと握れる程の大きさ。


「五角形の……箱?」


何かは分からない。金属の冷たさ、大きさに見合わない軽さ。振って見ると中から「カサカサ」という音。


「集也、進んでもいい?」


「あ、あぁ」


拾ったそれを制服のポケットにしまい込み二人で出口へと向かう。


「今の時間は……うわぁ!」


手を置いていた肩がよろける。視覚的には認識できない、とっさの判断で周囲の多次元素粒子を認識した。


出入口に設置された大き目の扉のせいでできた死角、そこから一人飛び出してきた。


(相手は縁結に危害を加える程の何かを持っているだろうか……、学校という場所に油断していた、加えて突然の出来事に多次元素粒子の把握が不十分)


前にいた彼女の腕を捕まえて自分の方へと引き寄せる。


「ごめんなさい! 急いでて」


少女はそのまま走って講堂へと入っていった。


「今のは何だったんだ?」


「な、何かしら……それより集也、放してくれない? 今の状況を誰かに見られたら誤解をされそうで」


たしかに、先程隣に座っていた時よりも彼女の匂いが強い。


*****


教卓に居るのは担任の篠原沙也加しのはらさやか自己紹介という名乗りだけを秒で済ませて次の話を始めた。


「この学校は意外にも生徒に寛容な学校だ、ただそんな場所でも最低限守らなければならないものはある。才能に恵まれたのか相当量の努力をしたのか、はたまた他の……あーまー何らかの手段で頑張って今お前達はここに居るんだろう。はぁ……」


お手本のような溜息——今日に限って元気のないという偶然か、それとも職務を放棄したいという意思の表れか。


「毎年数名いる勘違い野郎のために言っておこう、お前たちはここで普通の学生として暮らすんだ、もちろん授業や自習などの必要な時には魔法を使える、だがそれ以外の時はあくまで普通の高校生として暮らす。もし無断で魔法を使ったりしたら『退学』かもな」


この中の誰かがそうなっても興味ありません、みたいな顔で彼女は続ける。


「まぁ学校のサイトに載ってることだからみんな知ってるとは思うけど。じゃあ……

今日は終了、あとはお前たちの好きにやっとけよ。やることなかったら帰ってもいいぞ」


嵐が通ったかのよう、教員の退出後数秒はクラス全員黙っていた。


「ちょっと変わった、人?」、「そうかもな……」という会話が後に飛び交った。


*****


「ただいま」


電子ロック式の扉を開き誰もいない家の中に向けて言った。


リビングまで進みソファーの近くの床にカバンを置く。そのまま疲れた体を開放するようにソファーへ倒れこんだ。


「疲れた……」


肉体的にではない、精神的にだ。やはり新しい環境に慣れるには時間がかかりそうだ。


「ミャーオ」


小動物の鳴き声とともにソファーから垂らした左手にやわらかい毛並みを感じた。


黒い毛並みのそれを彼は優しく持ち上げて自分の膝へと乗せた。


膝の上で丸くなる黒猫、顔の近くを触られても嫌がる様子はない。


一息つく。


「休める時に休んでおこう」


魔法、現代の社会基盤を支える重要なピースであると同時に人が手にするには大きすぎた力。人類が今よりも進化した状態でこの力を手に入れたとしても大きすぎる力となり、いずれ使用者を目的から逸脱させる。もしもこの力を完璧に使いこなす何かが現れたならばそれは人間ではない。

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