闇の勇者はなんでも屋として日々を生きる

森山休郎蔵

一章 なんか異世界に召喚された

第1話 どうやら俺は死んだらしい


 俺は胸のあたりを手で押さえた。

 通り魔に刃物で刺されたはずだったが、いつの間にかそこには傷跡も凶器もなくなっていた。


「魔法使いジオル・ラーダスそれがワシの名です。闇の勇者殿」


 ローブを纏った不気味な老人が正面に立っていた。


「あなたはもといた世界で亡くなられたのです。その、闇の女神さまの力によって蘇生され、僭越ながらワシが行使した魔法によってあなたはこの世界へと召喚されました」


 俺は声が出なかった。


「本当に申し訳ございませぬ、闇の勇者殿。もといた世界で一度亡くなられてしまったあなたは、もとの世界へはもはや二度と帰還することが叶いません。新たに生を受けたこの世界にて終わりを迎えばならないのです。それがこの世の理ゆえに……」


 ジオルと名乗った老人は言った。


「……闇の女神さまから、あなたへ授かった言伝があります。これよりワシの口から口頭させていただきます」


 ここは薄暗い室内だった。

 ランタンの光が揺らめいている。


「――私は闇の女神……。突然あなたをこの世界へ呼び寄せたこと申し訳なく思っています。しかしこの世界は今、強大な力を持つ魔王の脅威に晒されようとしています。我々には脅威を討つための力……すなわち勇者という存在が必要だったのです」


 真に迫るような様子でジオルが言葉を続けていく。


「あなたの命を救ったこと恩に着せるつもりもないのですが、この世界に呼び出してしまったことへのお詫びとして、どうかその命を受け取ってもらえると嬉しく思います」


 俺はようやく足を動かせた。

 だがジオルの眼力を前に、再び動きを止めてしまう。


「私はあなたに勇者の使命を無理強いするつもりはありません。なぜならすでに勇者はあなたのほかに七人も存在しています。魔王のことは彼らにまかせて、あなたは自由にこの世界で二度目の人生を謳歌するといいでしょう。ただし片隅に魔王の存在と、イヘナティアル水晶の回収、闇の勇者の使命である闇の装備品が起こす事件の解決や、生命のゾンビ化の阻止といった言葉を念頭に置いておいてもらいたいのです」


 ジオルは言った。


「勇者マサカゲ……。あなたがこの世界でよりよい人生を送れることを私は闇の底から切に願っています」


 自分の名前を呼ばれ俺は目を見開いた。


「いずれまた会いましょう」


 ジオルが満面の笑みを浮かべた。


「以上をもってワシは役目を終えました」


「役目? てかこの状況はいったい……」


 俺が困惑するなか、ジオルは満足そうにつぶやく。


「自らに与えられた寿命はとうに過ぎていた。それを延長してもらい、神のために働けたこと嬉しくて仕方がない」


 ジオルは申し訳なさそうな顔をした。


「闇の勇者殿。あなたをこの世界のために巻き込んでしまったこと、なんとお詫びを申し上げればよいか……まことに申し訳ありませぬ」


「は?」


 俺は混乱していた。

 通り魔に襲われたと思ったら次に目覚めたときには、なんかよくわからない人からよくわからない説明を受けている。

 当たり前だがこの状況に思考がついていけていない。


「この部屋を出て、すぐ向かいにある部屋に衣服と荷物を用意してあります。通路を真っすぐと進んで行けば地上へ出るための階段がみえてくるはずです」


 言い終えると、ジオルという名の老人は粒子となってその場から消失しはじめた。


「……本当にありがとう」


 ジオルの存在が消えてなくなった。


「は?」


 この事態に対し意味不明のままの俺は一人立ち尽くすしかなかった。


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