『君がいなくなってから、世界は少しずつ壊れている』

ヘアターバン

花瓶の水が昨日より濁っていた

きみがいなくなって、今日で十三日目だ。

目覚ましが鳴らなくても、午前七時三分に目が覚めた。

相変わらず部屋は静かで、きみがいた頃より少し、埃っぽい。


玄関にある白いスニーカーには、まだ雨のシミが残っている。

もう履く人間はいないのに、俺はそれを捨てられずにいる。

あの夜の話をしようと思う。

——たぶん、俺が“狂った”その夜の話を。


 


あのとききみは「買い物行ってくる」と言って出て行った。

スーパーで買ったのは、冷凍のグラタン、牛乳、あと、割引シールの貼られたキウイ。

レシートは財布にあった。

でも、きみ自身は、どこにもいなかった。


 


失踪。

事故の記録も、目撃情報も、防犯カメラにもきみはいない。

家に戻った形跡すらなかった。

なのに、翌朝、ベッドの上には濡れたタオルが置かれていた。


 


それから、毎日少しずつ、部屋の様子が変わる。


本棚の本が一冊減っている。

冷蔵庫の牛乳が半分になっている。

ベランダの洗濯物が、誰かに畳まれている。

俺以外、この部屋には入れないはずなのに。

鍵も締まっているし、セキュリティも正常だ。

それでも——


 


今日、ベッドの上に、きみの髪が落ちていた。


昨日より長くなっていた。


 


俺はまだ、きみのことを、探している。

たとえこの部屋で、毎日少しずつ“何か”が壊れていたとしても。

きみが帰ってきているのだとしたら——

それが生きているきみじゃなくても——

俺は、それでもいいと思っている。


 


そして、きみがいなくなってから十三日目の夜。

玄関のチャイムが鳴った。

モニターを確認すると、画面には——


 


誰もいなかった。

けれど、ドアの前に、白いスニーカーが揃えて置かれていた。

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『君がいなくなってから、世界は少しずつ壊れている』 ヘアターバン @syuuzi5155

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