Epilogue

「成功したかな?」

月に照らされた親友は、眩しい笑顔を魅せる。


「成功‥したね。」

嬉しそうに、あの無邪気さを全面に出しながらも

「私、今ね、色んなところでショウブを描いてるの」

と言った。

居なくなった理由も聞く必要は無いと思って、

「何色?」

と聞いた。


ちょっと困った顔した親友は、答えもせずに

折りたたんだ紙を私のポケットに押し込んだ。


そして、花菖蒲をよけて地面に寝転がり、月を見上げる。私もそっとその隣で、体育座りをした。


「やっぱり、空はこうでなくちゃね」


そう言う親友は着実にオトナへの階段を登っていた。



「また‥」ここに来よう。

言いかけた言葉を飲み込んで、ぎゅっと親友の手を握った。

ほんの少し躊躇ってからその手を握り返してくれた。意味はきっと無いのだろうが、多分伝わっている。

「ごめん」も何も言えない言葉の足りない私だけれど、それでもこいつはきっと優しく導いてくれるのだと思った。


「お腹空いたなぁ」

そう言う親友に、出掛けにお母さんが渡してくれたアルミホイルの塊を渡す。

「アヤメ、これ、大好きなの!」

とアルミホイルを捲りながらあの頃のようにはしゃぎ、一口食べて「すっぱい!」と楽しそうに言う親友を愛おしいと思った。

おにぎり2つ。

片方は私の好きな鮭だった。



依存。

それは一方的なものではない。

様々な感情が交錯し、依存させていることへの優越感を抱いた瞬間、自分も依存しているのだと知った。

押し付けた感情は、自分には満足感や優越感を与え、押し付けられた側はその言葉や表現に縛られ、それはやがて歪なものへと変化する。やり場の無い感情は背負えば背負うほどに、研ぎ澄まされた凶器へと変わり、背負えなくなったときに大切なモノすらも傷つけてしまうこともある。


知らず知らずのうちに忘れ去ったそれを、

思い出した時の後悔や、後ろ暗い葛藤もまた、

凶器だった。


いらないものは捨ててしまおう。

本当に大切な忘れ物は見つかったのだから。


少しの失敗と沢山の宝物をそっとしまい込む。


「アヤメ、私‥ここに置いていくよ」

何をとは言わない。


親友は、あの時の笑顔で

「そっか。」とだけ言った。


私を信じて待ち付けたアヤメは、救われたのだろうか。私はまたその優しさに身を委ねて救われてしまった。


親友は私の手を握りそのまま月へと翳す。


月と星が寄り添い、

あの頃の私達を照らしていた、そんな気がした。


ポケットに詰めた黄色いアヤメは

今もこれからも私の味方で、私に嬉しい知らせをくれるのだろう。

傍観者でいるのはもうやめよう。

今まで支えてくれた親友を、今度は私が支えよう。

何度だって描き続けてくれた紫色の花菖蒲は

彼女の瞳越しに見た私だったのだから。

次は私がこの黄色のアヤメを守りたいと思った。


あんなに暗くて、抜け出せなくて藻掻いて足掻いて

歩いて来た道のりは、花菖蒲が新しい道を作り、そして眩しくて希望に満ちていた。


黄色いワンピースと紫色のワンピースの少女が、

まっすぐにその道を走っていく。

そして、後ろを振り返り、大輪の花を咲かせる。


折りたたんだ希望を広げた。

言葉はもういらない。

それは幸せで、よい便り、そのものだった。


冷たい風が背中を押した。

力いっぱいの追い風は、昇りかけた暖かい黄色の溜まり場へと私をそっと導く。


卒業、する。

まだ未来や将来のビジョンは決まっていないけれど、それでいい。

私“らしさ”があればそれでいい。

今まで歩いてきた坂道は、急で、長くて、暗くて

息が詰まったけれど、きっとこれからもそんな坂道は続いていく。

だけど、泥濘んだ道の歩き方をちゃんと学んだ。

日差しの差す方角も分かった。


何度も泣いて苦しんだこの道のりは、確かに私が切り拓いたと胸を張れる。


手を繋いだ二人の少女は

坂の下で私に手を振った。


声にならない声で呟いた。

「ありがとう。」と。


後からあの、笑い声が聞こえた気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猛毒 日剱命 @hituruginomikoto3510

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る