ユウジョウ
花言葉に関する本はすぐに見つかった。
別に分厚くもないし、沢山あるわけでもなく、
ただガーデニングの棚にちょこんと置いてあるだけだったのに、まるで最初からそこに在ると分かっていたかのように、不思議とすぐに見つかった。
ページをまた捲っていく。
名前を知っているのだから、
索引から調べたら早いのは分かっていたけれど、
向き合うということに、感情を、思考を、そして時間を費やしたかった。
その空間は居心地が良いとさえ思った。
親友の名前の花があった。
漢字は同じなのに読み方も、花も違うそれは
あの時に知った2種類の花だった。
植物には名前での花言葉と色での花言葉、2種類を持つものもあるようで、
親友の名前の2種類の花にもまた違う花言葉が多数存在した。
どちらの花言葉も親友そのものだと感じた。
そして、親友が描いた色もまた、強烈だった。
脳がチカチカするかのように、ただ、その言葉を噛みしめるだけで精一杯だった。
私はアヤメになりたかった。
自由でまっすぐで純粋で優しくて、そんなアヤメが大好きだった。アヤメが他の子と遊ぶのが嫌で、仲良くしている姿を見たくなくて、どんどん歪な関係へと変えていったことに薄々分かってはいた。
小学校低学年のとき、
いつものように花菖蒲の咲く公園で、
近所の所謂悪ガキ共に流されていたのはアヤメじゃなくて私だった。
そんな私をアヤメはたった1人で、私より体も小さかったのに、庇って、助けてくれた。
その黄色いワンピースを着た後ろ姿はまさに“正義”そのもので、優しくて、眩しくて、羨ましかった。
アヤメはいつも黄色の花菖蒲をくれた。
季節が変わって花が咲かなくても、絵に描いては、
無邪気に眩しく笑いながら、
私に「幸せのお裾分け」と言って渡してくれた。
黄色の花菖蒲の花言葉は「幸せ」でそれは確かにお裾分けされていて、「友情」の架け橋のような枯らしてはいけない大切な生花だった。
意図的に紫色と黄色を使っていたのは、
私の記憶にあるずっと昔の幼年時代からだった。
「咲ちゃんは紫が似合うよね。」
「咲ちゃんと言えば紫色!」
そう言ってくれたアヤメの顔はもう思い出せないけれど、やっぱり笑顔だったと思えることに、なんだか泣けた。
紫色の花菖蒲は「知恵」。
花菖蒲の象徴のような色合いをしているその花は、
今全てを理解しようとしている私にとって鉛のように重かった。
「雄弁」であろうと努力はしたけれど、
「よい便り」を親友に届けることはできなかったし、言葉の意味を知れば知るほどに、
黄色が似合う親友は、色だけじゃなく名前のとおりに「嬉しい知らせ」を私に届け続けてくれていたことをはっきりと知らしめてきた。
私の知っている菖蒲は2つの顔を持っていたのだと改めて気付かされた。
“馬鹿だから”と口癖のようにいうアヤメと
好きなことをしているときのまっすぐな菖蒲は
ある意味別人で、それを真に理解させる材料となる花言葉はここに存在した。
ページを捲り、手を止める。
辿り着きそうだった答えを黒く塗りつぶすようなそれは私にナイフを突き立てる。
アヤメは信念の塊で、神秘で、愛に満ちていた。
五月蝿くなった心臓の鼓動を落ち着かせるかのように本を閉じ、棚に戻す。胃から込み上げてくる酸っぱいそれを吐き出そうと女子トイレに駆け込み、便器の中をのぞき込んだ。思いの丈を叫ぶかのように2度、3度。
酸っぱいそれは水とともに流れて行った。
ふらふらとした足取りで、カバンを掴み
校舎の外へ出た。禍々しい色の夕日は闇との境目をくっきりと映し出し、ゆっくりゆっくり沈んでいく。
壮大な景色にポツンと1人、取り残された気がしながら足早に家に向かって歩き出す。
どうやって帰ったのかも曖昧なまま、気付くと自分の部屋のベッドに制服のまま横たわり、リビングから聞こえるお笑い芸人のネタすらも笑えないままにただただ時間がすぎていくのをじっと待っていた。
抜け殻の様な私を嘲笑うかのように救急車両のサイレンが聞こえ、私のことなんか見向きもせずに去っていく。
突如下から突きあげるかのような地響きとともに、家全体が大きく、そして長く揺れ、やがて静寂さが戻ってきた。
ちょっとやそっとの揺れじゃ微動だにしない本棚から数冊の本が落ち、本棚の上のスペースに置いてあった幼少期の宝物BOXも中身が出た状態で無慈悲にも床に叩きつけられていた。
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