ショウシツ

それはある日突然に来た。


あの青空を見た日から、

私達はまた、幼馴染としての時間を過ごしていた。


前みたいに、菖蒲が襲撃してくる日常に、逆に私が襲撃しに行くことも増えて、全てが円滑で、ぽっかり空いた穴はこれ以上広がることもなく、せっせと色紙を切り、貼り絵のように重なることによって修復もされつつあった。


朝、学校に行く前に、菖蒲の家に寄ることも

嘘みたいに日常が戻ってきた。

たった1つだけ、変わったことがある。

幼馴染は大親友のような存在に変わったことだった。


別々の教室に登校をすること以外は授業を除いて

四六時中一緒にいた。

高校2年の夏までそれは続いた。


私は相変わらず陸上部で練習漬けの毎日だったけれど、トラックの横の生け込みには菖蒲がいて、

あの日のように百面相をしながら、せっせと何かを描き続けていた。


残暑も厳しく、いつまで経っても気分は秋には変わらないのに、テレビの中の気象予報士は秋晴れと言ったそんな日だった。


いつものように菖蒲を迎えに行って、

学校に行こうとしていたときに、インターホンが鳴った。

モニター越しに菖蒲が立っているのが分かったときの衝撃は忘れられない。

15年近く一緒にいて初めてのことだった。

天変地異の前触れかと色んな事が頭を過ぎりながらも、慌ててハイソックスを履いて玄関へと急ぐ。

扉の向こうから、嬉しそうな菖蒲が

ぴょんぴょん跳ねてそうな元気な声で、

「おはよぉ!咲ちゃん!迎えに来たよ!」

というものだから、思わず笑ってしまった。


「おはよう。どうしたの?雪でも降ってる?」

とびきり驚いてみせると、

鈴のような笑い声を上げながら

「咲ちゃんに、一番に伝えたくて!」

と、握りしめていた何かを広げることもなく、私へと突き出した。


何やらコンクールの目録のようなもので、

一番上に菖蒲の名前があることが確認できた。

それとともに、展覧会のパンフレットも一緒にくしゃくしゃになっていた。

私が見つけたベッドの下の絵と似ていて、黄色で大きく、自由に描かれたその絵は、暖かさを感じさせながらもなぜだか心がささくれ立つ様な気持ちにさせてくる。


喜ばないといけないのに、頭の中が真っ白になって、かすれる声で、

「やるじゃん」

と言った後に、もっと違う言葉があったのにと後悔したが、

菖蒲はその言葉を待っていたかのように、幸せそうに、そして嬉しそうに、ぴょんぴょん跳ねた。

影が身体を離れて、宙で舞っているかのように踊っていた。


登校すると大騒ぎだった。

私は絵に詳しくないし、文化部のコンクールは余計に専門外で、どのくらい凄いのかも分からなかったが、教師やクラスメート達の話を聞く限り、“凄い”

のだと理解した。


全国誌に載るのだとか、表彰式がとか、

いつもと違う空気に周りを囲まれ、いつもと違う囃され方をして、隠れる場所を探しているような菖蒲を遠くから観ながら、浮き世離れした感覚に陥り、また“傍観者”になってしまった自分が、嫉妬心を出さないように頭で心を叱るのだった。


困って今にも泣き出しそうになっている菖蒲に背を向けて、教室に戻ろうとすると

背中に重たい衝撃が走った。

前に倒れるようにして廊下に膝をつくと、

背中側から腕を回し、ぎゅっとしながら震えている菖蒲がそこにはいた。


デジャブを感じた。

こんな事、昔もあった気がした。

背だけ大きくなったような菖蒲は、

「置いてかないで」と。


頭を軽く撫でながら、

「菖蒲が主役なんだから、逃げちゃダメでしょ」

そういうのが精一杯で、うまく笑えなかった。


あんなに自信満々の絵を描けるのに、

どうしてこんなにおどおどしてるのかと

いつもなら笑えてくるはずなのに、神妙な顔の菖蒲を見るとそんな邪な思考はどこかに消えていった。


すっかりくっつき虫になった菖蒲を連れて、歩き出す私に怪訝な顔をした“傍観者”達は悪たれ口をたたいた。


次の日から、菖蒲はいなくなった。

それはあまりにも突然で、私の15年間育んできた全ての感情や思考回路では到底納得も理解もできなかった。

1日に何度も菖蒲の家だった場所に行ってはインターホンを鳴らした。

またあの無邪気すぎる黄色い笑顔で

「咲ちゃん」って出てくる気がしていて

やめられなかった。


やがて、私は私を探しに来た母親に引きずられ、

家に戻されるのだが、それでも何度も何度も

壊れたロボットのように同じ行動を繰り返した。





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