宵待月に桜は踊る

葉隠真桜

第一章

プロローグ

リトリス大陸中部、チェブリス王国、王都ダンジョン。400年という長い王国の歴史の中で未だ攻略されていないこのダンジョンを、最下層に向けて落ちていく一つの影があった。胸には深紅のナイフを突き刺さっており、瀕死の状態のようだ。なぜ彼が落ちているのか、それは十数分前に遡る。


── ノア 視点 ──


僕はノア。”新緑の風”っていうパーティーの雑用係をやってる。今はこの「王都ダンジョン」の攻略に来てるんだけど……。


「今日も俺様の魔術で蹴散らしてやるぜ!」


こう言っているのはこのパーティーのリーダー、ライアスだ。こうやっていってるけど、今も不意打ちを全く気にしてない……。このパーティー、もし僕がいなくなったらすぐに壊滅するんじゃないかな……。


そんなこと考えていると、気配察知に反応がある。数は……3つかな。


「前方に反応。数は三つ。」

「そうか。お前ら!手出しすんじゃねえぞ!」

そう言うやいなや、ライアスが詠唱を始める。


……これじゃあ間に合わないな。そう判断した僕は、通路の角から顔を出したゴブリン達の足に糸を引っかけ、転ばせる。


そうこうしている間に詠唱が完了したのか、ライアスが

「喰らえ!フレイムランス!」

と叫ぶ。


するとライアスの頭上にあった魔法陣から炎の槍が射出され、ゴブリンたちを焼き尽くす。炎が収まった後に残されていたのは、小さな3つの魔石だった。


……こんな雑魚に中級魔術を使うなんて、MP足りなくなるんじゃないかな?

僕がそう思っていると、


「さすがライアス様!」

「ゴブリンなんて、ライアス様の敵じゃないですね!」

と声がする。


こう言っているのはチームメンバーのジェーンとリンダだ。いつもライアスを持ち上げてばかりで、自分たちは何もしない。この声に釣られてモンスターが集まってくることもあるんだから、いちいち騒がないでよ……。


するとそれに気をよくしたのか、ライアスが

「依頼に必要な分の魔石は集まったが、きょうは調子がいい。もう少し先まで潜って、追加で素材を集めるぞ!」

と言う。


「ち、ちょっとまって……!急にそんなこと言われても、奥まで潜るためのアイテムが足りないよ……!これじゃあ、帰りのアイテムがなくなっちゃう……!」

「うるせえ!『無能』のくせにリーダーに逆らうな!」


彼はそう言って僕のことを殴ってくる。


「いいから黙ってついて来い。」

そしてそう言って、先に進んでいく。

今日、損失なしで帰れるかな……。


しばらく進むと、開けた空間に出る。この王都ダンジョンは、地上からつながる大きな穴が開いており、その穴は最下層までつながっていると言われている。……でも、穴に落ちて返ってきた人はいないから、本当に最下層までつながってるかはわかんないんだけどね。


そんなことを考えつつ周囲を警戒していると、

「おい、ちょっといいか。」

とライアスが僕を呼ぶ。

彼についてしばらく歩くと、くるりとライアスがこちらを振り返る。


「で?用事って何……!」


僕がそう聞こうとしたとき、突然胸に痛みが走る。見ると、真紅のナイフが突き刺さっていた。口へと熱いものが逆流してきて、思わず吐き出す。出てきたのは、赤黒い血だった。


「どう……して……!」


血を吐き出しつつそう僕が聞くと、ライアスはこちらを馬鹿にしたように笑い、


「何って、そんなの決まってんだろ?お前みたいな『無能』は、俺のパーティーに要らないんだよ!ダンジョン内での死亡なら、俺らは疑われることもない。誰にも知られることなく、お前を殺せるわけだ。そのナイフは餞別にくれてやるよ。せいぜい足掻いてみるんだな!」

そう言うと、彼は僕を蹴飛ばす。その勢いで僕は穴に落ちていく。


どのくらい落ちただろうか。手足の感覚はもうとっくになくなり、視界も霞み始めている。そんな僕の気持ちは、諦めに満ちていた。あのとき『無能』と呼ばれるようになってから、正直僕の人生はお世辞にもいいものとは言えなかった。チームの皆からは蔑まれ、暴言を投げつけられる日々。そんな日々から解放されるなら、死も悪くはないな…。

そう考えていると、僕に唯一仲良くしてくれたあの子との約束をふと思い出した。

「一緒にパーティー組めなくて、ごめん……ね……。」

最後にそうつぶやいて、僕は意識を手放した。

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