第18話 たったひとつの冴えた戦(や)りかた 03


01


 『反応式極限環境適応構造体』――レミュータ型戦闘アンドロイドと同時期に開発されたテクノロジー。主に惑星探査ドローンに使用されている。

 銀河大航海時代、様々な星域や未知なる惑星を探査する際に調査員たちを悩ませたのは、危険極まりない極限環境だった。

 超高温、極低温、高圧力、放電現象、暴風雨、重力場、腐食性物質……人間はもちろん高性能な探査機まで容易たやすく損壊させるような過酷な環境でも、宇宙の開拓者たちは調査や研究、場合によっては滞在のために来訪する必要がある。

 その際に、探査地点の具体的な脅威が判明しているなら、それに対応した装備を準備すれば問題ないが、場合によっては完全にぶっつけ本番で未知なる環境に踏み込むこともあった。

 いつ、どんな状況で、どのような災害が襲いかかるのか全く分からない――そんなシチュエーションに対応するために開発された技術が、反応式極限環境適応構造体である。

 高温や電撃にはそれに耐えうる装甲を。暴風や超重力には乗り越えるパワーを。そして難攻不落の障壁にはそれを破壊する武装を……時空間制御機能と自己対応型ナノマシンを応用して、様々な環境に自動的に対応できるように自らを進化させる画期的なテクノロジーは、未知なる星域の惑星探査に大いに貢献したといわれている。


 世の中の常として、このような最先端技術は民間で平和目的に開発された類でも、軍事兵器に流用される事が多い。

 脅威に対して自動的に適応する自己進化システムなど、軍事利用しない方が不自然だと素人目には考えられるだろう。

 しかし意外にもこの技術が軍事関連に使用される事はなかったという。

 理由は2つあった。

 第一の理由――周囲の環境や敵に対応して自動的に強化されるのなら、最初から一番強い状態で作ればいいという身も蓋もない意見。

 そして第二の理由、それは――



02


 物理的な圧力すら感じられる濃密な紫色の霧が漂う暗黒の異空間――ナイトメア・ワールドの内部で、二体の最強存在が激闘を繰り広げていた。


「その程度か……話にならねぇな」

『…………』


 片方が相手を一方的に叩きのめす展開を、激闘といえるのなら。


 へし折れたヴァリアブルライフルを杖代わりに、幾十度目かのダウンからヨロヨロと立ち上がった地球最強のアンドロイド――レミュータに、散歩するような無造作な足取りでファンタズマ最強の戦士――ガイが接近する。


「オラァ!」


 素人でも見切れそうな大振りの左フック。

 しかしその拳の速度は光速の数億倍に達し、レミュータの戦闘AIにプログラムされたあらゆる回避手段を潜り抜けて、白銀の左爆乳に深々と食い込んだ。


『……ッ!』


 強化外骨格“ガーゴイル”の重装甲と防御機構を容易く貫通したゲンコツは、爆乳の内部にクエーサー現象に匹敵する爆発的エネルギーを開放する。

 機体耐久度の限界を遥かに超えるダメージに、レミュータの3mの爆乳と巨体がぐらりと傾いて――次の瞬間、完全に油断しているガイの大胸筋に手刀を叩き込んだ。

 その指先に輝く蒼い光は“ディメンションカッター”。次元を切り裂く防御不能の一撃だ。

 しかし武帝は避けなかった。

 避ける必要がないからだ。

 あらゆる防御を無効化するはずの次元の刃は、その胸板の表皮すら傷付けられずに跳ね返された。


「終わりか? じゃあ俺の番だな」


 右足を後方に振り上げる武帝。これまた素人目にもわかる蹴り攻撃の前動作。

 満身創痍のアンドロイドは間合いを離そうとして――刹那せつな、両乳首に見えない衝撃が炸裂した。

 その時、ガイの右手親指が何かを弾く動作をしたのに、レミュータは気付いただろうか。

 “空間指弾”――指で碁石やコインを弾いて飛び道具にする暗器技を“指弾”と呼ぶが、なんとガイは空間そのものを比類なき剛力で無理矢理はじいて指弾としたのである。

 目視回避も防御もできない飛び道具の奇襲に、レミュータは不意を突かれて体勢を崩した。

 その隙を逃す最強の戦士ではない。


「フンッ!」


 これも無造作なサッカーボールキック。

 ガイの短いが恐ろしく太い右足がレミュータの右乳房に炸裂し、白銀の爆乳と機体は錐揉み状に回転しながら暗闇の地平線に吹き飛んだ。


 もはや戦いと呼べるものではなかった。


 武帝ガイのチート“最強”――それを構成する反則的能力『不死』と『耐性』は、最強の戦闘アンドロイドが繰り出す全ての攻撃を完全に無効化した。

 『強化』によって向上した身体能力と戦闘テクニックは、あらゆるスペックで彼女を上回った。

 計算上でも現実でも、レミュータが武帝ガイに勝てる道理はどこにも存在しなかったのだ。


 それでも機体が十全の状態ならば、シグナス戦で見せたように超科学兵器で対抗できたかもしれない。

 しかし、今のレミュータはそうした兵器類が最悪のタイミングで故障してしまい、こうして内蔵兵器のみで最強の戦士と戦うことを余儀なくされているのである。

 今の惨状は、単純な戦闘スペックが勝敗を左右する“一対一の決闘”という場では当然の帰結だったのかもしれない。


『…………』


 光年単位の距離を吹っ飛ばされた後、闇の大地をさらに同距離バウンドしながら転がって、ようやくレミュータはダウンする事ができた。

 その爆乳と全身を覆う強化外骨格装甲には青白い放電と火花が絶え間なく走り、内側まで深刻なダメージが浸透していることを物語っている。

 しかし、それでも鋼の戦乙女は、己の使命を果たさんと、ヨロヨロとふらつきながら上体を起こして――


「ホイ、残念」


 ――起こそうとして、既に追い付いていた武帝に右乳房をストンピングされた。バキバキと音を立てて胸部装甲が砕け散り、内部の超特大爆乳が踏みにじられる。


「まだ終わりじゃないんだろ。あのメス犬を倒した奴がいると聞いてから、ずっとヨダレと勃起が止まらなかったんだぜ?」


 傍目には既に勝敗は決した構図――しかし、その余裕そうな態度とは裏腹に、ガイの脳裏にはわずかな疑念が生じていた。


 女神に授かりしチート“最強”の1つ『必殺』が効力を発揮していない。

 今まではあらゆる獲物が、武帝の拳の一撃で息の根を止められていたのである。

 しかし、あの白銀のアンドロイドは何度倒れても、こうして起き上がろうと無駄な努力をしてくる。


 この時、レミュータの頭部装甲の内側では、電子の瞳が赤く輝いていた。

 “サイレンス・フィールド”――今は不調のために機体表面と内部にしか効果が及ばないが、あらゆる魔法と超常能力を強制的に消滅させる特殊兵装が、“最強”のチートを一部ながらも無効化していたのだ。

 だが、ガイはむしろその状況に喜んでいた。

 この方が長く楽しめるというものだ。一撃で殺せないのなら、死ぬまで殴り殺せばいい。


「勅命だ。もっと俺を楽しませろッ」


 ガイは余裕たっぷりに舌を伸ばして見せた。

 多少は殴り飛ばす回数が増えようが、自分の勝利が揺らぐことはない。


 しかし、余裕とは常に油断と紙一重である。

 最強の武帝は気付かなかった。

 周囲を漂う紫色の霧が、少しずつ色濃くなっている事に。



『――声が聞こえます』


 ぽつり、とレミュータは呟いた。


「……あぁ?」

『正確に表現するなら、これは祈りと呼ばれる言語ルーチンです』


 絶体絶命の状況の中、しかし鋼の戦乙女は眼前の破壊者を見ていなかった。何か遠くを見ているようだった。


『発声者はマスター及びアニスと特定。なぜマスター達の祈りを私が受信しているのでしょうか。不可解です』


 武帝は眉を寄せた。眉毛は無いが。


 こいつ、殴り過ぎて狂ったか。いや、この場合は故障というべきか。


「……興覚めだ。終わりにするか」


 みしり


 爆乳を踏み潰す脚に体重が入る。

 この時、ガイは気付かなかった。

 白銀の戦闘アンドロイド――レミュータが“敵との会話”という無意味な行動を取る意味に。



「――お待たせ!“ナイトメア・ワールド”結界強化完了できたし!」



 闇の中にマザーウィルの声が響き渡った――刹那せつな


 ドン!!!


「うおっ!?」


 足元に生じた爆発的なエネルギーの奔流に、ガイの黒鉄くろがねの如き身体が宙に浮いた。

 軽く数十mは吹き飛ばされつつも、驚異的なバランス感覚で見事に着地を決めたが、その凶相は驚愕に歪んでいた。


 この俺が弾き飛ばされた? 力負けした!?


「馬鹿な……」


 “最強”チートを持つガイは、敵の実力を見抜く観察眼も最強である。その最強の戦士は目を見開いた。

 あの破壊寸前のアンドロイドの内側に、無限大のエネルギーが渦巻いているだと――!?


『…………』


 潰れた爆乳が大きく膨らみ、砕けた胸部装甲が見る間に塞がっていく。

 機体全身を急速修復させながら、紫雲漂う暗黒世界の空中に浮かぶレミュータ。

 その白銀の機体からまばゆい白金色のエネルギーがオーラのように溢れ出て、闇の世界を朝日のように照らしている。

 あたかも、世界の神話に共通して描写される、至高神の降臨の如く――



 多目的人型独立機動ユニット“o.n.e.レミュータ”――この戦闘用アンドロイドは、どのようなメカニズムで稼働しているのだろうか?

 エンジンは?

 燃料は?

 稼働時間は?

 最大出力は?

 前者2つの回答は「どれも使用していない」。後者は「無尽蔵」。


 レミュータを動かすシステムは、『フリーエネルギー受容体』と呼ばれている。


 原理自体は単純だ。特殊な亜空間の内部で量子ゆらぎを発生させて誕生した無数のミニ宇宙を即座に真空崩壊させてエネルギーとする構造である。

 理論上は宇宙の全エネルギーを無限に抽出することが可能だ。

 簡潔にまとめれば『フリーエネルギー受容体』とは、無限大のエネルギーを生み出して制御するシステムとメカニズムの総称と言えるだろう。


 このフリーエネルギー受容体の本体は亜空間倉庫に存在し、そこから発生する無限大のエネルギーを亜空間ネットワークを通してレミュータは受け取り、己のエネルギーとしているのだ。

 ある意味レミュータ型アンドロイドは、フリーエネルギー受容体こそが真の本体であり、現世に存在する機体は端末に過ぎないのかもしれない。

 この『フリーエネルギー受容体』こそが、レミュータを最強のアンドロイドと称する根幹と呼べる存在なのだ。


 そしてこのアンドロイドの最大の特徴は、この無限大のエネルギーを直接的に機体の稼働媒体としている点である。

 縮退炉。宇宙エンジン。外熱機関。次元システム。空想エネルギー……フィクションの世界には、無限やそれに準じるエネルギーを発生させるテクノロジーは枚挙まいきょいとまがない。

 だが、それら夢の機械が実在しても、実際に無限大のエネルギーを利用するのは難しいだろう。

 エンジン、ジェネレーター、モーター、エネルギー伝達経路、関節構造……そうした機械的構造を採用している限り、エネルギーロスや耐久性の問題で、どうしても使用できるエネルギー出力に限界点があるからだ。

 しかし、レミュータ型アンドロイドはエネルギーそれ自体を動力機関として使用することにより、そうした機械的構造の排除に成功していた。

 仮にレミュータを輪切り状に透視すれば、機械的パーツは機体表面部分に配置されて、内側の大部分は流体状の無限エネルギーが充満しているのを確認できるだろう。

 無限大のエネルギーをエネルギーロス無しで無制限に使いこなす戦闘兵器――まさに究極最強無敵のスーパーアンドロイド。


 しかし、実際にレミュータがこの無限大の出力を発揮する機会はなく、あくまでもカタログスペックでの話だ。

 もし仮に、本当に無限大の出力を放出すれば、その瞬間に自分自身も含めて全宇宙全次元全世界全作品が消滅してしまうだろう。無限大のエネルギーとは、そういうものなのである。

 今もサキュバス・エンプレスというファンタズマ最強の魔王級魔族が、同じ魔王級魔族の金狼の力を借りて、ある種の仮想現実空間であるナイトメア・ワールドの構成濃度を極限まで高める事により、その内部を“完全な夢の世界”というフィクションに定義化して、無限大のエネルギー出力という現実には不可能な状況を構築しているのだ。

 ともあれ、こうして『フリーエネルギー受容体』の起動によって、レミュータは再び戦う力を取り戻した。それも以前より遥かにパワーアップして。


 だが――


「……だから、どうした?」


 ドン!!!


 仁王立ちする武帝の内側から、凄まじいエネルギーの奔流が湧き上がった。

 その量は――無限大。

 そうだ、ガイは“最強”のチートがある限り、相手が強くなれば己はそれ以上に強化されるのである。戦力差は何も変わっていない。


「これほどの力を得るのは、さすがの俺様も初めてだ。早速だが、試させてもらうぜ!!」


 無限大のパワーとスピードを宿した筋肉の塊が、一瞬で白金の戦乙女の懐に飛び込み、無限大エネルギーの右ストレートを炸裂させて――!


 ばしっ


「!?」


 止められた。

 女神のように美しく、悪魔のように恐ろしい、芸術的な機能美と破壊兵器の機能性を併せ持つ強化外骨格“ガーゴイル”の右掌で。


 間髪入れず、白金の機体が反撃に旋回した。

 レミュータ、光速の無限倍の速度の下段回し蹴り。

 ガイ、光速の無限倍の反応速度で膝によるカット。

 レミュータ、そのまま回転は止まらず、認識すらできない超光速のバックハンドブロー。

 ガイ、認識できないなら勘で対応。頭部を仰け反らせて裏拳を避けた。

 だが続けて旋回する3m爆乳の攻撃は意表を突かれた。


「ぐおっ!」


 上半身全体に無限大の大質量を叩きつけられて、さすがのガイもよろめき背中からダウンする。


『…………』


 絶好のチャンスに、しかしレミュータは追撃できなかった。

 想定外の衝撃にふらつき、体勢を崩していたからだ。

 3m爆乳ビンタに弾き飛ばされる瞬間、ガイの空間指弾が爆乳の谷間に直撃していたのである。


「……馬鹿みてぇな攻撃だが、意外に効くじゃねぇか」

『…………』


 両者の無限存在は、同時に立ち上がった。

 まさに互角の攻防。

 そう、2人の力は互角だ。


 ……互角?


「互角だと?」


 ごくり


 生唾を飲み込む音が夢の世界に響いたのは幻聴か。


 馬鹿な。

 俺が女神から受け取ったチート“最強”――対峙する相手より常に強くなる無敵の能力。

 ならば『互角』という状況はありえない。


「なぜだ?」

『…………』

 白金の戦乙女からの返事はなかった――



 ――『無限大』という言葉について、多くの人々が誤解している要素がある。

 それは無限大とは個数的な数値ではなく、ある種の概念的な存在である点だ。

 たとえば無限大に1を足しても答えは無限大であり、無限大に無限大を足しても、無限大に無限大を乗算しても、解答は無限大になる。逆に無限大から無限大を引いても、同じく無限大になる。

 つまり、無限大とは数量的な意味で、それ以上の値が存在しないといえる。

 ガイの“最強”チート『強化』でも、無限大以上に強くなれないのはそのためだ。

 敵対するレミュータの出力が無限大である以上、それを上回るパワーを得ることはできない。どうしても同じ無限大が限界値となる。


 これで武帝ガイのチート“最強”の1つ、常に相手よりも強くなる能力『強化』は無効化された。


 レミュータがフリーエネルギー受容体を持ち出してまで、無限大のエネルギーを手にしたのは、単に強大なパワーを得るためではない。

 アニスの言う“大人たち”――レミュータが、マザーウィルが、シグナスが、タケル皇帝が、皇帝の臣下たちが、在野の賢人が、皆で知恵を振り絞って出した“最強”への攻略法が、この無限大だったのである。


 だが――

 だが、それでも――


「だからどうしたァァァ!!!」


 武帝ガイはえた。

 全身にまとう無限大のエネルギーが赤熱の奔流と化し、紫霧の世界を荒れ狂う。

 凶相きょうそうにして狂貌きょうぼう

 ファンタズマ最強の戦士は哄笑わらっていた。その狂的な戦意はまるで衰えていない。


 “最強”チート『強化』を無力化した?

 そいつはいい話だ。

 つまり長くり合えるって事じゃねぇか。


 まさに戦闘狂――狂戦士の思考。

 そうだ。この武帝ガイがファンタズマ最強の戦士と呼ばれる真の所以ゆえんは、単に最強の戦闘力を持っているからではない。

 この殴り合いをこよなく愛し、殺し合いに酔い痴れて、ただひたぶるに戦闘を求め続ける戦士の魂こそが『分析完了』


 ファンタズマ世界最強の戦士の哄笑が止まった。かつて、淫魔の女帝がそうしたように。

 白金の戦乙女の呟きには、そうさせる何かがあった。


「……今、何て言った?」


 ガイの呟きは硬直していた。その表情と同じく。


『あなたの“最強”チートと呼称される概念操作能力のデータ分析を完了しました』

「…………」


 レミュータの機体から白金色の輝きが消えた。

 無限大のエネルギー『フリーエネルギー受容体』への接続を解除したのである。


 もう必要ないからだ。


 今までの一連の行動は――無人の皇都を破壊させたのも、魔王級魔族に足止めさせたのも、戦闘用アンドロイドができる限り戦闘を長引かせたのも、フリーエネルギー受容体で無限大のエネルギーを披露したのも、全てはチート能力“最強”のデータ解析のための時間稼ぎだったと知れば、武帝と呼ばれる男は何を思うだろうか。


 レミュータの本当の恐ろしさとは、“ガーゴイル”の超科学兵器でも、フリーエネルギー受容体の無限大エネルギーでも、3mの爆乳でもない。

 あらゆる困難な状況下においても対処法と攻略法を確立する事ができる分析能力なのだ。


『その能力は『反応式極限環境適応構造体』と呼ばれるテクノロジーと類似したシステムです。同一存在だと断言しても問題ありません』


 反応式極限環境適応構造体――レミュータの故郷である地球では、主に惑星探査に使用されるテクノロジー。あくまでも過酷な環境に適応するための平和的技術である。


『チート能力“最強”とは、その周囲の環境に即時に耐性を得る技術を戦闘に応用したものなのです』

「…………」


 ……“最強”チートを持つガイは、敵の実力を見抜く観察眼も最強である。それゆえに理解してしまった。


 ――あのアンドロイドの言葉は全て真実である――と。

 ――自分は、武帝ガイは、最強の戦士ではなかった――と。

 ――単なる惑星探査ドローン用の技術を、無知な異世界住民に披露して鼻を高くしている、自覚無きペテン師だった――と。


 しばらくの間、紫霧の暗黒世界に、沈黙の刻が流れた。


『降伏を勧告しま「黙れ」

『……あなたの勝利確率は「黙れ」

『最終勧告です。降伏を「黙れッ!」


 世界最強の戦士から無限大の熱量が爆発した。

 全宇宙全次元全世界全作品を消滅させる膨大なエネルギーが、ナイトメア・ワールド全体を震撼させる。


「黙れぇぇぇぇぇ!!!」


 雄叫びを上げて突進する武帝ガイ。

 そのスピードは光速の無限倍であり、そのパワーは無限大の無限倍だ。


 その顔に笑みは無かった。


 ――反応式極限環境適応構造体は、地球では戦闘に使用されることはなかった。

 その理由は――


 無限大のエネルギーを込めた拳がレミュータを直撃するまで、あと三歩。

 “ガーゴイル”の表装に電子の輝きが走る。


 一歩――ガイの体から“最強”チート『強化』が消滅した。

 二歩――“最強”チート『耐性』がガイから失われた。

 三歩――もはやその拳は『必殺』ではなかった。


 ぺちん


 万物を破壊する鉄拳は、狙い違わずレミュータの3mバストに命中して、ほんのわずかだけ乳房を揺らす事ができた。


『――周囲の脅威データを無差別的に収集するシステム構造上、反応式極限環境適応構造体は、容易にハッキングで無力化できるのです』


 ぱりん!


 紫の霧が漂う暗黒の夢世界が、粉々に砕け散った。


 黒と紫の破片が舞い散る先には、皇都アジャーハの倒壊した街並みをバックに、2人の魔王級魔族の美女を従えた、アルバイン帝国皇帝の姿が――


「……さて、ガイ陛下」


 瓦礫の中で呆然と両膝をつくガイに、タケル皇帝は悠然と歩み寄った。


「首脳会談を始めようか」




つづく




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