第14話 月をみるひと 03
01
ライカンスロープ――それは人間世界で独自のポジションを得ている奇妙な魔族。
獣人の異名通りに直立二足歩行をする動物の姿を持ち、地球で狼男などとして知られているモンスターを想像すればいいだろう(ただし純粋な人間や獣の姿に変身はできない)。
プロポーションはかなり人間に近いが、頭部や皮膚は獣のそれであり、関節構造や尻尾などにも人間との相違点がみられる。
ベースとなる動物の種類は、狼や猫、キツネやクマ等の哺乳類が大半だが、稀に鳥類に爬虫類や両生類の個体も存在し、レアケースとしては魚類や昆虫、棘皮動物のライカンスロープも確認されているらしい。
人間の限界を
最大の特徴は、ライカンスロープはそれ自体が種族としては存在せず、人間の腹からある種の突然変異体として生まれる点だろう。
ファンタズマ世界で出現したのがおよそ百万年前である事から、初代魔王の呪いで人間の赤子が変質して獣人が産まれるという俗説が定着している。
魔界ではなく人間世界で生まれ育つことを強いられた種族だが、その人間からの扱いは時代や地域によって様々だ。
魔族への
そして、これもサキュバス種と同様に、ライカンスロープにも『魔王級』の個体が存在している。
黄金の毛皮を持ち、あらゆる魔族の中でも最強の身体能力を持つ、究極の戦闘生命体――“金狼”である。
02
白と黒の飾り石で彩られた『謁見の間』というダンスホールを、白と白銀の影が舞い踊っていた。
舞踊の題目は『ダンスマカブル』。観客は床に伏して痙攣している近衛兵たち。
踊り手は白き獣人――シグナスと、鋼の戦乙女――レミュータ。
ある時は頬擦り合うほど近くで組み合い、時には離れて毛針とエネルギーの弾幕を撃ち合い、ひと時も途切れることなく死の舞踏を踊り続ける。
しかしこのバトルダンスを鑑賞することができる者は数少ないだろう。両者の戦闘速度は魔力と時空間制御機能によって光速度の数百倍に達しているからだ。
「ハッハーッ! 楽しいねぇレの字ぃ!」
当然のように超光速戦闘を可能とする恐るべき狼女は、実際に踊るような独特の動作で、両手と両足の鋭い爪を縦横無尽に乱舞させる。
『レミュータ――』
白銀の戦闘アンドロイドは正確無比な防御技術でシグナスの猛攻をガードするも、幾度か捌き切れなかった爪がレミュータの爆乳に手首まで突き刺さった。
攻撃のダメージは“ガーゴイル”の重装甲で大幅に軽減されるが、それでも3mの乳房を上下左右に激しく揺り動かした。
もちろん痛い。機械だけど何か痛い。
『――です』
お返しとばかりにレミュータは両手の指先に蒼い閃光――ディメンションカッターを発動させて、シグナスの白い毛皮に包まれた2m30cmの爆乳を容赦なく切り裂く。
だが――
「ッ!!……イイねぇ、乳首が
恍惚の表情を浮かべるシグナスの白い爆乳に咲いた真っ赤な傷口は、ビデオ映像の逆回しの如く瞬時に塞がった。
ライカンスロープお得意の特殊能力“超高速再生”である。
『…………』
既に幾度も記載されているが、アンドロイドであるレミュータには人間的な感情は存在しない。
しかし、その光景を見るレミュータのAIが実行中の情報処理は『困惑』に近い概念を出力していた。
サイレンス・フィールド――あらゆる魔法や特殊能力を問答無用で消滅させる対概念操作能力兵装が、レミュータの機体表面数ミリの範囲でしか作動していないのだ。これではレミュータ本体に干渉するタイプの術しか無効化できない。
本来ならばマザーウィルとの戦闘で彼女の魔法を完全に封じたように、ライカンスロープの再生能力も不発に終わらせていたはずだった。
無論、不調の理由は単なるシステムの故障に過ぎないと判明している。今のレミュータは機体の7割近くが損壊状態にあり、まともなパーツもいつ機能不全するかわからない。
問題は、あまりにも敵とって都合のいいタイミングで、最も効果的な装備がピンポイントで故障したことだ。
普通の人間なら「単に運が悪かった」と諦めただろうが、戦闘機械であるレミュータは別の可能性を考慮していた。
まさか、それは――
「盛ってる最中に考え事とは、つれないじゃないさぁ!」
シグナスの全身の毛が逆立った。
同時に白く長く柔らかい体毛は針状に硬化し、1秒間に数億発という猛烈な密度で発射される。毛針の弾速も光速度の数百倍だ。
発射と同時に新たな毛が生え変わるので白い狼がハゲ狼になる心配はない。
迫り来る毛針の猛攻に、レミュータは周囲の空間にエネルギー場を展開し、そこからこちらも短い針状のビーム“ショートレーザー”を連続掃射して迎え撃つ。
白い狼と鋼の戦乙女が発射する白と赤のエネルギー奔流は両者の間で激突し、まばゆい輝きと化して対消滅する。
毛針とショートレーザー。お互いの弾幕の密度と速度、そして破壊力は全くの互角だった。
もしレミュータがショートレーザーを毛針とうまく相殺するように撃ってなければ、余剰エネルギーだけでアルバイン帝国の国土は蒸発していただろう――が、
『――――ッ!』
レミュータの2つの爆乳がどぶるるるんと激しく波立った。
その両乳首の先端には白く長い針が深々と突き刺さっている。相殺しきれなかった毛針が命中したのだ。
衝撃で白銀の機体が大きくよろめく。
その隙を世界最強の獣人が見逃すはずがない。
「もらいっ!」
すかさず両手の尖爪を振り上げて、レミュータの懐に飛び込んだシグナスは――
(――――!?)
しかしそれが、戦闘アンドロイドの誘いである事に気付いた時には遅かった。
どむっ
白銀の爆乳への爪撃をバストスリッピングアウェーでかわしつつ、指先に蒼光を宿した抜き手が白い毛皮に覆われた爆乳の右乳首に肘まで突き刺さった。
「ぐはぁ!」
血反吐をはいて吹き飛ぶシグナス。
間髪入れずに追いすがり、右手を振りかぶるレミュータ。
その手の動きに追随するように、彼女の右肩付近の空間から、先端が赤熱化した巨大な機械仕掛けのカギ爪が出現した。
“大型溶断マニピュレーター”――本来は宇宙戦艦サイズの対物解体に使用される近接重機である。
瞬間的だが数億℃の超高温と数兆トンの圧搾力を併せ持つ赤熱鋼の巨大爪は、接触するあらゆる存在の溶解破断を可能とする。
“ガーゴイル”を通して亜空間コンテナの武器庫から召喚した必殺の近接兵器(重機)を、白銀の戦闘アンドロイドは無防備に吹き飛ぶ白き獣人に叩きつけて――
『…………』
――叩きつけようとして、レミュータは追撃の手を止めた。大型溶断マニピュレーターも亜空間に収納する。
壁面に衝突した攻撃目標のすぐ近くに、気絶した近衛兵の姿があったからだ。
“レミュータは誰も殺してはいけない”
アンドロイドにとってマスターの命令は絶対である。
「やりにくそうだねぇ、レミュ太ちゃん」
すぐに起き上がったシグナスの爆乳の傷は、もう完全に塞がりつつあった。ダメージは欠片もない。
『レミュータです』
対する鋼の戦乙女側は、爆乳部分を中心にダメージが蓄積している。時折“ガーゴイル”の表面に蒼い火花が走り、彼女の苦闘を物語っていた。
白き人狼シグナスは恐るべき強敵だった。
パワー、スピード、タフネス、テクニック、タクティクス……あらゆる戦闘能力に隙がまったく見当たらない。
肉弾戦で戦闘用アンドロイドと互角以上に戦える生物が存在するとは、開発スタッフも想定外だろう。
敵の再生能力と不殺の命令がある限り、むしろレミュータが押され気味にあると評してもいい。
だが、シグナス側もそれほど余裕があるわけではなかった。
実際、戦闘が長引くにつれて、ダメージを受ける頻度は徐々にシグナスの方が多くなっている。
対マザーウィル戦でレミュータが見せた『敵の戦力分析と対処法の確立』である。
それなら――少し派手に状況を変えてみるのも面白いかもしれない。
「やりにくいのなら――」
白き狼女は本物の獣と化した。
身を低く屈め、両手を地に当て、四つん這いになったのである。
この体勢は――まさか。
レミュータは跳躍して間合いを離そうとした。
遅かった。
「――シマを変えようさね!!」
光速の数千倍の速度の超低空タックル。無骨な武装外骨格の太ももに、白い毛皮の両腕が絡みつく。反応する間もなく3mの巨体はリフトされた。
人間はこうして抱きつくように持ち上げられると、人体の構造上ほとんど何もできなくなる。
しかし戦闘機械であるレミュータは、慌てることなく内蔵兵器を作動させようとして――
ドガァ!!
――凄まじい衝撃がレミュータの後頭部を襲った。シグナスが彼女を抱きかかえたまま真上に跳躍したのである。
それはただの垂直ジャンプではなかった。謁見の間の床石がクレーター状に砕け散るほどの衝撃。
一機と一匹の戦士は皇宮の天井を突き破って、はるか天空の彼方まで高く果てしなく上昇していく。
ファンタズマでは新月の日には、真昼の青空に白い残月が浮かぶ。その高みに向かって白と銀の流星が逆しまに流れていった……
03
地球と同様にファンタズマ世界にもひとつの衛星――月が存在する。
大きさは地球のそれより小ぶりだが、その分距離が近いので、地上からの見た目や潮汐力の影響は変わらない。
そして異世界でも月から見上げる宇宙の光景は変わることのない雄大さだった。
灰色の地平線に浮かぶファンタズマの青い大地。
その青い惑星に白銀の光がきらめいた瞬間――月の大地に広がる灰色のパウダーサンドが凄まじい大爆発を起こした。
大気が薄いので振動の激しさに反して音はほとんど無い。
爆心地には巨大なクレーターが穿かれ、中心には片膝をつく鋼の戦乙女の姿があった。
『…………』
レミュータは片膝のまま正面を見据えていた。“それ”から電子の瞳を離すことはできなかった。
“それ”が放出する規格外のエネルギー奔流ゆえに。
「――さぁて」
魔族は陽光の下では弱体化し、夜闇の中でこそ真価を発揮する。それはライカンスロープも例外ではないが、この種族にはもう1つ天蓋に影響を受ける要素があった。
月の満ち欠けである。
詳しい原理は不明だが、ライカンスロープは満月の元ではあらゆる身体能力が大幅に向上し、逆に新月の夜は日中とほとんど変わらないレベルにまで上昇値が落ち込む。
『満月の夜は人狼が闊歩する』という伝説が生まれる
それでは月面の上ではライカンスロープはどうなるのか?
今のシグナスがその答えだった。
「これからが本番さね――」
全身の白い毛皮が黄金に輝いている。内から湧き出る凄まじいエネルギーがオーラと化して発光しているのだ。
ドドドドドドド…
ゴゴゴゴゴゴゴ…
大気がほとんど無い月面で、確かに地響きに似た音が聞こえる。空気ではなく空間が莫大なエネルギーで振動しているのだ。2人が会話できる原理もそれである。
光り輝く獣王――
黄金の衣まといし人狼――
あらゆる魔族の中でも最強の身体能力と無敵の近接戦闘力を持つ、サキュバス・エンプレスと同格の“魔王級魔族”。
本来なら満月の晩にしか成し得ないライカンスロープ最強形態を、月面という舞台で新月の真昼に無理矢理成し遂げたのだ。
この金狼状態のシグナスの身体能力は、新月時の数百倍に達する。
先刻の戦いでもレミュータと互角以上に戦えた相手の、さらに数百倍の強さ――勝機はあるのか?
結論は出ている。単純な数学的力学だ。
――『近接格闘戦でレミュータが金狼状態のシグナスに勝つことは不可能である』――
「いくぜぇ! レレレのレミュータぁ!!」
ふらり、とシグナスの身体がゆらめいた――と同時に、光速の数万倍の速度で黄金の魔狼が突撃した。
レミュータが回避も防御も反応すらもできないスピードとパワーとタイミングで、必殺の魔爪が容赦なく白銀の爆乳を切り裂く――
バチィ!
「なっ!?」
――切り裂くはずであった。
尖爪の切っ先が爆乳に触れる瞬間、レミュータの機体から膨れ上がった“何か”に弾き返されたシグナスは、月の大地を盛大に削り取りながら吹き飛ばされた。
なるほど、最強のアンドロイドでも近接戦闘では最強の獣人に勝てないだろう。
それなら、近接格闘以外の戦いではどうか?
『レレレ、は余計です』
地に伏すシグナスを空中に浮かびながら
位相反転式エネルギー反射システム『フォース・フィールド』――「万象の反転存在」と称せる超対称性ミラーリングされたエネルギーフィールドは、外部からの全エネルギー質量を相殺反転させる絶対防壁と化す。
簡潔に言えばあらゆる攻撃を消滅させつつ反射する無敵のバリアだ。
そこに正面から突っ込んだシグナスは、爆乳と肉体を量子崩壊させながら180度跳ね返されたのである。
「くぅ…な、なんだいそりゃ…」
よろめきながら起き上がった黄金の狼は、その右爆乳と右半身が無残に焼け焦げていた。もし金狼の超高速再生能力がなければ全身が完全に消滅していただろう。
この戦いにおいて、シグナスは重大なミスを2回犯していた。
1度目のミス――それは、戦場を月面に移行させたことだ。
シグナスは知る由もなかったが、ファンタズマに転移する直前までレミュータはビジターとの壮絶な戦いを繰り広げていた。
その際のレミュータの武装は宇宙空間戦闘装備――惑星サイズの巨大な宇宙怪獣との戦闘を前提とする、大火力の重火器を中心とする装備だったのである。
しかし、これらの武装はあまりにも破壊力が強過ぎて、地上で使用すれば周辺地域に甚大な被害を巻き起こすものが大半だった。
たとえば今使用しているフォース・フィールドを大気圏内で使用した場合、放射熱でファンタズマの平均気温を五桁は上昇させていただろう。
そのため、今までレミュータは武装のほとんどを封印して戦うことを余儀なくされていたのだ。
しかし、この月面なら(うっかりファンタズマの大地を射程に入れない限り)思う存分にメインウェポンたる重火器を使用できる。
(……!?)
黄金の狼の全身が総毛立った。
宙に浮かぶ白銀の戦乙女の周囲の空間に、いつのまにか銃口や砲身、その他得体の知れない機械の数々が浮かんでいたのだ。
それらひとつひとつが必殺の威力を持つ破壊兵器だ――そうシグナスが悟った刹那、レミュータの右肩付近に浮かぶ銃身のひとつが、無音で銃口と殺意を向けた。
これは連発式機関砲――大量の弾を連続かつ広範囲にばらまく、俗にマシンガンと称される類の銃砲である。
それ自体は平凡な銃火器かもしれないが、本命はその弾丸にあった。
重力真空星弾『グラヴァスター・バレット』――ブラックホールの有力候補である物体を、直径1cm、寿命1兆分の1秒で生成して弾頭に使用するそれは、命中対象の完全なる重力崩壊を保証する。
火と鋼の咆哮が静寂の月面に轟いた。
「マジかぁぁぁああ!!」
宇宙最硬最重最冷の弾丸が容赦なくシグナスに襲いかかった。
光速度の数万倍の機動力と未来予知クラスの反応速度を持つ金狼ですら、全力で回避に専念しなければならないほど凄まじい弾速と弾密度だった。
しかも一発かすっただけで爆乳と体が微塵も残らず消滅する弾丸である。
もはや反撃どころではなく、シグナスは月面のあらゆる場所に残像が残るスピードで回避に専念するしかなかった。
(――だが、何とか避けられる。このまま時間を稼いで、突破口を見出すのが最善のようさね――がはっ!?」
突然、黄金の獣人が体をのけぞらせて急停止した。
苦悶に歪むウルフフェイスや体のあちこちから、赤い光があふれ出して――次の瞬間、シグナスの爆乳と全身が深紅の炎に包まれた。
起点指定型熱溶解システム『ディスラプター』――観測した目標の内部に直接熱エネルギーを発生させる個体焼却兵器である。
攻撃対象の時空間座標を観測固定化するため、たとえ超光速移動で回避しようが、宇宙の果てや別次元、異なる時間軸に逃亡しようが、確実に命中させることが可能だ。
この時に発生させる熱エネルギーは極大余剰次元の空間展開。
俗に絶対熱と呼ばれるプランク温度をはるかに上回る三次元世界最強の超高温は万物を焼き尽くす。
今の攻撃も出力を抑えてなければ、シグナスは素粒子1つ残さず焼却消滅していただろう。
「……く…ぁ……かっ…」
体内の全臓器を焼き尽くされたシグナスは、よろめき、片膝をつき、前のめりに倒れた。
両手を前に突き出し、頭を垂れて、土下座の如き姿勢で地に伏す黄金の人狼は、その名に反して毛皮の大部分が黒く無残に焼け焦げていた。
勝敗は決した。
『降伏を勧告』
それでも油断の一切を見せず、超兵器の照準をシグナスに向けたまま、恐るべき白銀の戦闘アンドロイドは一歩間合いを詰めて――
『――!』
――二歩、引いた。
レミュータは恐ろしい事実に気付いた。
シグナスのあの姿勢はダウンや土下座ではない。
クラウチングスタート――あの超高速低空タックルの態勢だ。
かの金狼は、まだ闘志を失っていなかったのである。
そして、レミュータは恐ろしい事実に気付いた。
あれは――届く。
あの低空タックルからの攻撃は、こちらの迎撃を乗り越えて、届く。
届いた先に、レミュータの敗北という結果が、残る。
普通に考えれば、シグナスの体はレミュータに触れるより先に『フォース・フィールド』によって消滅し、『グラヴァスター・バレット』や『ディスラプター』などの火力で蒸発されるだろう。
しかし、それでも――届く。
それを成すのが、魔王の名を冠する魔族の力なのか、世界最強の傭兵の戦闘技術なのか、単にシグナスの意地や根性なのか――それは分からない。
理解できるのは、それがシグナスの命を犠牲にした玉砕戦法だということだ。
何が彼女にそこまでさせるのか。
このままでは、勝敗に関係なくレミュータはマスターの命令を反故する事になってしまう。
狙ったわけではないだろうが、相手を追い詰めたはずの戦闘アンドロイドは、逆に追い詰められていたのだ。
勝敗は決した? 何の話だ。
これからが本当の勝負だ。
地に伏す金狼の背中から立ち昇る闘気が、背後に浮かぶファンタズマの青い大地が、鋼の戦乙女に
――「異世界を
『…………』
レミュータの周囲に浮かぶ超兵器の数々が虚空に消える。亜空間コンテナに収容されたのだ。
丸腰になったレミュータは、その場に膝をそろえて腰を落とし、なぜか正座を始めた。
ただし、シグナスに正対せずに真横を向いて。膝上の手は指をそろえずに開手して。
もしこの場に地球の武術に精通した者がいれば、その正座姿が古式柔術に存在する構えだと見抜いたかもしれない。
「へぇ……分かってるじゃないか」
顔を伏せたまま、声を立てずに、狼が笑った。
「こっちの流儀に合わせてくれるのかい、悪いね」
『最適のタクティクスを選択しただけです』
しかし、その笑みは今までのそれとは趣が異なっていた。
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
数拍、無音の間が流れる。
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「行くよ」
『どうぞ』
直後に月面に生じた大爆発の痕跡は、ファンタズマの歴史が終わる時まで消えることなく残り続けた――
04
アルバイン帝国・皇宮の離宮は、皇都アジャーハの郊外にひっそりと建てられていた。
周囲は常緑樹の森が生い茂り、外部からはほとんどその姿をうかがい知ることはできない。離宮と皇都市街をつなぐ石畳の道はひび割れが目立ち、経年劣化で相当にくたびれている。
しかし、石畳の上をとぼとぼと歩む3人のラミュルト教徒の姿は、それ以上にくたびれて見えた。
「……あたし、この仕事に向いてない気がするわ……」
げっそりとした面持ちで愚痴をこぼすアニスは、修道服のあちこちがズタズタに引き裂かれて、150cmの丸々とした形の良い片乳がまろびている。しかし疲労困憊の彼女はそれを隠す気力も無いようだ。
「僕も正直疲れました……」
同様にショータの修道服もボロボロで、細い手足や薄い胸板、ピンク色の乳首まで露出していた。某アンドロイドが目撃したら鼻から赤いオイルを噴出しているだろう
「これも修行の一環です。ラミュルト様がくださった試練と考えましょう」
マザーウィルに至っては2m10cmの褐色爆乳が完全に露出して、若干重力に負けつつある大質量の乳房や色素が沈着した陥没乳首まで丸見えである。
治療場での過酷な労働の日々にも根を上げなかったミルゴ村一同を、ここまで肉体的にも精神的にも限界まで疲弊させたのは、今朝、臨時で頼まれた“仕事”だった。
果たして何があったのだろうか。
「レミュータはどこに行ったのよ。あの子だけサボりなんてズルいわよ!」
「サボりじゃなくて、皇帝さまの護衛の仕事だってば」
「知ってるわよ!……でも正直言って、護衛の方がずっと楽だと思うわ。やっぱりズルい!」
アニスが理不尽な怒りをこの場にいない同僚に向けた、その時――突然、皇宮の方角から激しい爆音が轟いた。
「!?」
「ひっ」
「皆さん、私の後ろに隠れなさい」
思わず身構えるアニスと身を縮こませるショータ。しかしマザーウィルは皇宮ではなく白昼の残月を見上げている。
そして、次の瞬間――
『私をお呼びでしょうか』
3人の眼前に白銀の閃光が爆発すると、その中心に白銀の戦乙女――レミュータが降臨していた。
肩に気絶した白い獣人シグナスをかついでいる。両者ともに怪我と故障と煤だらけのボロボロな姿だが、命と機能に別状はないようだ。
シグナスが犯した2度目のミス――それはレミュータに高速低空タックルを再び使用したことだった。
常に戦闘経験の分析と研究を実行している戦闘アンドロイドに、同じ技は二度と通用しないのだ――かなりギリギリではあったが。
「あらまあ、今夜は狼鍋ですね」
マザーウィルの物騒でのほほんとした言葉に、ショータとアニスは顔を見合わせた。
つづく
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