小春ちゃんの大切なランドセル
@pusuga
小春ちゃんの大切なランドセル
私ね、小春って言うの。
聞いてよ! 私、こないだの始業式の日にとっても不思議な事があったの。
聞きたい? しょうがないから教えてあげるね!
◇◆◇◆◇◆
ねぇ、見て見て!
校庭にはたくさんの桜が笑顔で咲いてるよ。
校門には『入学式』って書いてある看板が立ってる。
新一年生のみんなは、お父さんお母さんと一緒に並んで記念撮影をしています。
看板さんは、たくさんの人と写真撮影してるから、恥ずかしがってる気がする。
今日は四月六日。
新一年生は入学式、私は始業式。
今日から小学二年生になります。
一年生のランドセル新しい……テカテカしてるな~。
男の子は黒が多い。
女の子は……やっぱり赤がかわいいよね。あっ! ピンクもいる! え? 紫色もあるの? かわいい!
ランドセルの色って、いっぱいあるんだね。
でもね。
新学期なのに、私は今日は元気が出ないの。なんでかわかる?
昨日の夕方の事なんだけどさ。
タン・タン・タン……
夕方、お母さんはお家のキッチンで包丁の音をたてていました。
夕食を作ってるみたい。
私は、それをこっそり見てたの。
ニンジン、玉ねぎ切ってる。あと、お肉が見える。
あ、今日はカレー? やったー!
……そうじゃないよ。私は、お母さんに話したい事があったの。
ずっと言えなくて、どうしよう……って考えてたんだ。でも、今日で春休みは終わり。
だから私は、お母さんの服の背中をつかんで、思い切ってお話ししたの。
「ねえ……」
「なあに? 小春。今カレー作ってるからテレビでも見てなさい」
「……ねえ、ランドセル買ってよ」
「ランドセル? 持ってるじゃない」
「新しいの!」
「え? 急に何を言い出すの? ダメに決まってるじゃない。今のランドセルを六年間ずっと使うのよ」
「え? 六年生まで? いやだよ」
「去年、自分でえらんだじゃない。お母さんは赤にしなさいって言ったのに、茶色にしたのは小春、自分でしょ?」
「そうだけど……」
そうなの。
私のランドセルは女の子なのに茶色なの。
かわいくないよ。
春休みになってから、やだな、やだなって、ずっと考えてたの。
なんで茶色なんか選んじゃったんだろう。
去年、お母さんとお父さんと私でデパートに行ったの。
でも、その時は茶色いランドセルがとってもかわいく見えたの。
だから、お願いしたの。
これにしたい! って。
それで買ってもらったの。
ピカピカで、すごくきれいだった。
写真もいっぱいとったよ。
一緒に寝たりもしたんだよ。
すごいすごいうれしかった。
学校へ行くのが楽しみだったの。
でもそしたら、同じクラスの子がね、変だよって言ってきたの。
女の子なのに、どうして茶色なのって……。
みんながそう言うから、あんなにかわいく見えたランドセルが、かわいくなくなっちゃった。
学校に行くのがいやになっちゃった。
でも、先生は優しいし、お友達も出来たから頑張って一年間行ったよ。
ランドセルの事は忘れようと思ったけど、春休みが終わったら新一年生が新しいランドセルで学校に来る。
そんなふうに考えたら、またいやになっちゃった。
そうだ!
もし、ランドセルが汚れたり、こわれたりしたら新しいの買ってくれたりしないかな?
私は、そんないけない事をずっと考えていました。
始業式は授業がないから学校は早く終わりました。そして帰り道、公園により道しちゃいました。
(どうしようかな……)
(こわれたりしたら怒られちゃうかな……)
(でもいいや!)
(なげちゃえ!)
(こわれちゃえ!)
私はランドセルを両手に持って、頭の上に持ち上げました。
ブランコに投げてぶつけようとしたの。
「……投げちゃダメ……」
「え?」
声が聞こえる。
誰か見てる?
キョロキョロしましたが、誰もいません。
「痛いわ……」
「え?」
「駄目よ。なげちゃ」
「え?」
頭の上から聞こえる声。
「あなたはいけない子ね。小春ちゃん」
ランドセルがしゃべってる?!
やっぱり、こんなランドセルいらないっ! 気持ち悪いよ!
私はランドセルを投げつけました。
はねるランドセル。
雨上がりだから、少し汚れちゃった。でもいいの。
ランドセルがブランコにぶつかり、地面に転がりました。そして止まると同時に、私は急に眠くなりました。
(……あれ? なんか深い穴に落ちていく? 眠い……なんで急に……でも、こんなとこで寝たら怒られちゃう……でも……眠いよ……)
(どうしよう……だめ……眠っちゃ)
私は眠ってしまいました。
ハッ!
(あれ? 私、眠っちゃってた?)
少しだけ眠ってしまったけど、私はすぐに起きたの。
でも、誰かにおんぶされている感じがしました。
(あれ? 私、後ろ向いてる)
おんぶされて、前に進んでいますが、見えるのはだんだんと離れていく公園でした。
(前向かなきゃ)
(あれ? でも前を向けない?)
(あっ……止まった)
(私をおんぶしてるの誰?)
(あっ……また進んだ)
わけがわからないまま、後ろ向きでしばらく進みました。
(あっ、うちの近くだ。お向かいさんの車が見える)
ガチャ
「ただいま〜」
(え?! なに? なに? 私の声がする?! 私、しゃべってないよ?)
(痛っ!)
私は玄関の廊下に落ちてしまい、体をぶつけました。すごく痛い……。
「おかえりなさい」
(あっ! お母さん! 見て見て! 私、廊下に倒れちゃった! 痛いよ!)
「小春、ランドセルちゃんと自分の部屋に持っていきなさい」
(私、倒れてるんだよ? お母さん……あれ?)
私の声はお母さんに聞こえないみたいです。
私は、誰かに抱っこされました。
顔を見ると、それは私。
(私? なんで? え? え?)
(痛っ!)
私は、床に投げつけられました。そして見えるのは私の部屋と私でした。
(まさか!)
(……うそ? 私、ランドセルになっちゃった!)
お母さんの声がする。
「小春! ちゃんとランドセル机の上に置きなさい! 投げちゃ駄目でしょ!」
「いいの! 私、このランドセル嫌いだから!」
「コラ! そんな事言っちゃダメでしょ!」
(痛っ!)
私は足でけとばされました。
「コラ! 小春!」
「お母さんうるさいよ!」
(私……ひどいよ……なんで投げたりけとばしたりするの?)
(……でも、いつもこうしてた……)
それから、ランドセルじゃない私は、ランドセルになった私を部屋に残して台所に行ってしまいました。もちろん、床に倒れたままです。
でも、お母さんが優しく拾い上げてくれました。
(お母さん! 私、私、ランドセルになっちゃったの! 助けて!)
でも、ランドセルになった私の声は、お母さんには聞こえません。
お母さんは拾い上げたランドセルの私を、優しく机の上に置いてくれました。
(ありがとう、お母さん……)
(あ、お母さん行っちゃった……)
そして、そのまま夕ご飯の時間になったの。
(暗いよ……お腹すいたよ……今頃みんなご飯食べてるよね……)
夕食が終わり、ランドセルじゃない私は部屋に戻って来ました。
ランドセルじゃない私は、ランドセルの私をジッと見つめています。
「やっぱり可愛くない!」
(え? また持ち上げた! まさか?!)
ランドセルの私はまた床に投げつけられました。
(痛っ! 痛いよ。やめてよ!)
そして、私は床に転がったまま、夜中になりました。
(寒いよ……)
春だけど、夜はまだ寒いです。
ランドセルじゃない私はベッドで眠っています。私はずっと、冷たい床の上で倒れてます。
(なんで? なんで私、ランドセルになっちゃったの? 投げられたりけとばされたり、なんで私はこんなひどい事するの?)
ランドセルの私は、去年買ってくれた時の事を思い出しました。
(買った時はあんなに大好きだったのに……)
(あっ……そうだ。去年買った時はもっと大事にしてた……)
(茶色いランドセルが、かわいいって思ってたのに。嬉しくて、しばらくはずっと一緒に寝てたのに……)
(でも、みんなに変な色だって言われた)
(それでも好きだったのに……)
(ごめんね。ごめんなさい。ランドセルさん。もう、投げたり、けったりしたりしない。だって痛かったもん……ごめんなさい)
「わかった? 小春ちゃん?」
声がする。
公園で聞いたランドセルの声。
「ランドセルさん?」
「そうよ。私、小春ちゃんに買ってくれて、とってもうれしかったの。一緒に学校に行けて楽しかったの。でもお友達に変だよって言われてから、小春ちゃん、私の事きらいになっちゃった……すごく悲しかったの……」
「……」
私はランドセルさんと一緒に、泣いていました。
「投げられて痛かったの……」
「もう、しない……」
「本当?」
「うん。本当だよ。今までごめんね。嫌いって言ってごめんね。投げたりけとばしたりしてごめんね。汚しちゃってごめんなさい……」
「じゃあ、六年生まで一緒でいい? 小春ちゃん?」
「うん! ずっと一緒がいい! 友達に変だよって言われても平気! 私ね、思い出したの。だって、私が自分でえらんで、お父さんとお母さんが買ってくれた、大切なランドセルさんだから!」
「ありがとう小春ちゃん。じゃあお別れするわね」
「え? 行っちゃうの?」
「もう小春ちゃんは大丈夫。強い子になったから……そろそろ行くわ。私、ずっと背中から小春ちゃんの事見てるから」
「うん。わかった……じゃあ……バイバイ……」
次の日、目が覚めるとランドセルだった私は私の中に戻りました。
ガバッ!
私は慌てて起きました。
(そうだ!)
お母さんはリビングで朝ご飯のしたくをしています。
「お母さん! なんか、ふくものある?」
「小春、何をふくの?」
「ランドセル! ちょっと汚れてたから」
(昨日公園で汚れちゃったもんね)
私は今日も学校です。
もちろん大事な……とっても大事なランドセルと一緒だよ。
みんな、ランドセルは大事にしなきゃダメだよ? 六年生までずっと一緒なんだからね!
どうだった? でもこれは夢じゃないんだよ。だって、こんなにランドセルが好きになったんだもん。
私の不思議なお話し、聞いてくれてありがとね!
「行って来ます!」
校庭の桜は、きっとまだ笑顔で咲いているよね!
暖かい春の風が、私をお祝いしてくれていました。
〈完〉
小春ちゃんの大切なランドセル @pusuga
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