未来人マディの旅路(全3話)

レネ

第1話 マディとカウボーイ


 その時ジェシーは、全裸になって水浴びするまだ30前くらいかと思われる美しい男を見かけて、まだ18の羞恥心よりも、あるいは怖いとか、恥ずかしいといった気持ちよりも、自分たちの生活を守らなければという気丈な正義感とでもいうものが勝り、思わず声を荒げていた。

「あなただれ⁈」

まさか人が来るとは予想していなかった男は、すぐに岸に上がり、大判のタオルをまとった。

「ここは飲み水を汲む場所です。水浴びはもっと下流でやってください! 牛や馬に水を飲ませるところまで下りれば問題はありません」

「これは申し訳なかった。つい、あまりにも綺麗な水が湧いていたもので、汗を流したくなったのです」

「それは困ります」

「済まなかった」

 ジェシーはそこまで言うと、くるっと後ろを向いた。男はすぐに下着をつけ、ズボンとジャケットを羽織った。

「改めて、申し訳ありませんでした。僕はマディといいます。マディ・ラッド。旅のものです。故郷を捨てて、安住の場所を求めて……」

「私はジェシー。この近くに住んでるの」

 そう言った彼女の整のった顔立ちに、マディは好感を持った。

「そう。それならいい。実は今、この辺りは自然も豊かで町も近そうだから,2、3日滞在してみようと思って宿を探そうと思っているんだけど、この辺にいいのはないかな」

「町の宿は?」

「うーん、町の宿はね,もううんざりなんだ。つまり、なんていうのかな、女の人がうるさくてね」

「ああ、売春が」

「まあ、そんなところなんだ」

「いいわ、私お父さんに聞いてみてあげる。私のうちは部屋も空いてるし、時々人を泊めるから、多分大丈夫だと思う」

「それはありがたい」

マディは、400ccのオフロードバイクを手で押して、ジェシーと一緒に歩き始めた。

 ジェシーは不審そうな顔をして、

「その車輪のついた機械は何?」

 とマディに尋ねた。

「うん、これはね、バイクといって、馬の代わりに使ってるんだ」

「それで走れるの?」

「そうなんだ。太陽の光の力で走るんだ」

「ふうん」

 間もなく、立派な山小屋風の建物が見えてきた。その後ろには、木でできた柵が延々と続いており、どうやらこの家は牧場を経営しているらしかった。

「お父さーん、お客さんが来たわー」

 家の近くまで行くと、何か作業をしていたお父さんと呼ばれた男は、なかなかどうして背も高く、体格も良く、誠実そうな顔をしている。

 1匹のコリー犬がジェシーにまとわりついている。彼女が可愛がっているのだろう。

「お父さん、彼が2、3日泊めて欲しいんだって。だから連れて来ちゃった。いいでしょ?」

 マディはハンサムだし、人当たりのいい顔をしている。相手に対して警戒心を抱かせる理由がなかった。

「マディといいます。今娘さんがおっしゃった通りで,もしできましたら、」

「私はライアン。ライアン・ラクウェル」

互いに手を差し出して握手をしていた。

「まあ、中に入りなさい。コーヒーでも飲んで、旅の疲れをとるといい」

「ありがとうございます」

「ただ」

「ただ?」

「この車輪のついた子鹿みたいなのは一体なんなんだい?」

「ああ、これはですね、バイクといって、そう、と、東部で使われている乗り物です」

「馬のように?」

「そうです」

 マディはバイクにまたがると、エンジンをかけ、周辺の草原を少し走ってみせた。時速は50キロくらいにとどめた。

「これは素晴らしい!」

「燃料は太陽光なんですよ」

「燃料?」

「いや、いいんです」

「とにかくこれはすごい。初めて見た」

 ライアンはすっかり感動し,

「とにかく中へ。旅の話でも聞かせておくれ」

 ジェシーを伴い、3人は家の中へ入って行った。


 夕食はライアンの妻が質素だが、心のこもった料理を提供してくれた。

 マディは、ライアンと話が弾むのを感じた。ジェシーやライアンの妻も会話に加わって、楽しい夕食になった。

「ところで……」

 とライアンが切り出した。

「君のあの乗り物は牛や羊を追えるのかい?」

「もちろんです。馬よりも自由に操れます」

「そうなんだ。でも君は拳銃を下げてないけどどうやって身を守るのかな?」

「いや、私は銃は必要ないんです。持たないことにしている。私には私の方法がありまして」

「そうか……実は唐突なんだが、今カウボーイが足りなくてね、補充が済むまでしばらく手伝ってくれる気はないかい?」

「いいですよ。別に当てのある旅でもないし」

「それはありがたい」

 久々のウイスキーの酔いも手伝ってか、ライアンは上機嫌だった。

 ジェシーも微笑んで嬉しそうにしている。


 こうしてマディはこの家に滞在することになった。

「楽しそうだ」

 マディは何か気持ちがワクワクするのを感じた。


(つづく)

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