時にイカロス
真塩セレーネ【魔法の書店L】🌕️
束の間
束の間のティータイムに気づきを。
人生の山登りは孤独と苦難続きかもしれない。それでも荒ぶる天候がずっと続くことはなく、晴れ間が顔を出す。
杖でバランスを取りながら道を振り返ると、春の草花が芽吹く山に『ずいぶん登ったものだ』と自分に感心した。山道に慣れた足は努力の証で、自信がつくと余裕ができ視界が広がるんだ。
ふと、息づかいが聞こえて隣を見ると同じ山を登る他人がいたことを知る。こういうとき、見ず知らずの他人に何か親近感のようなものを持つことがある。
暫くして短いながら声をかけた。『なかなか大変ですね、お互い頑張りましょう』と。それから話すことも特に無いまま、山の中腹まで登ると休憩することになった。
青空の下、見渡すかぎり沢山の他人が岩に腰掛けているのを横目に、リュックから水筒を取り出す。お茶をカップに注いでいると、登山の途中で会った"他人"が隣に腰掛けてきた。
茶を飲みながら『これまでの頑張りに乾杯しよう』と言ったので『まだ山頂じゃないぞ。楽しみを取っておこう』と笑い返した。『厳しいな』と返されてからも止まらない談笑は気の合う証拠だろう。
人生を語り、夢を語り、ともに青空を眺める。そんなことを繰り返していくうちに、周囲の"他人"にも心の中で応援しだす。
自身に手一杯だった自分には考えられない成長であった。土埃にまみれ、かすり傷を負いながらも同じ道を一緒に進んでいるんだという感覚。
束の間が気づきを与えてくれた。
太陽がさらに明るくなってくると、日暮れまでに進もうと岩から腰をあげる。荷物を背負うと歩き出し、次の休憩では何を話そうかと楽しみにしていた。
ふと、岩に座ったままの"他人"を不思議に思って振り返ると……
『私はここから違う道を行く。山頂で会おう』──そう告げられて立ち竦んだ。
寂しさが心に広がったと同時に、勝手に身体が動き『乾杯しとこう。これまでの頑張りに』と水筒を出した。短時間のはずなのに"他人"は"他人"でなくなって、"同志"になっていた。けれども別れが来たようだ。
『ありがとう』と微笑み返すと、その同志を見えなくなるまで見送った。いつかまた会う日まで健やかであることを願う──。
自分もまた歩き出すと休憩での会話を思い出す。
同志は面白いことを教えてくれた。『入念な準備、慎重さも必要だが時に大胆さも必要だ』と。
彼は頂上に登る、他の方法を見つけたのだろう。皆が登るこの道ではないものを──。山頂へたどり着くまでの準備を済ました自分には、大胆さとは何なのか理解できなかった。この正しい努力こそが、実を結ぶと信じてきたのだ。
惑うな、これは試練だ。
『イカロス』のように勢いだけで飛び立つのは愚かなことだ。太陽の熱で羽が溶けて海に落ちてしまったように、山から転げ落ちてしまう。
なのに、草木生い茂る横道の先に見つけたゴンドラに目を奪われてしまった。
頂上行きとある。そんなものが山道にあるなんて。もしかしてこれまで頑張ってきた褒美なのでは? いやダメだ。正しき努力を、正攻法を……………………いや?
自分の目的は、正しい道を行くことか? 横道に逸れてゴンドラの近くまでやってきて、暫く自問自答を繰り返す。
頂上を目指している……着いて何をする? 何のために山に向かったんだ。歩き出したんだ?
自分は頂上へ登って────そこから見える景色を知りたい。
知ってどうする? そして次の山へ登りたい。知りたいことが沢山ある。誰かの役に立ちたいだとか、実力を発揮して認められたいとか、豊かさが欲しいでもなく、単純に知りたいだけなんだ。
こんなにも自己中心的で、地に足が着いていない子どもみたいな未熟さは険しい山では生き辛い。
頭で理解しつつ、固定概念と正しさにまみれた道を進む人々を否定するわけでもなく、そっと道を背にした。
彼らは正しき努力が報われなくとも、きっとその道に花を添えて友人たちと笑い合うのだろう。なんて美しい精神なのだろう。
初心に戻った自分は、その時すでにゴンドラに手をかけ乗っていた。
別れたあの同志もゴンドラを見つけたのか、違う何かかは分からない。彼との出会いは分岐点だった。こんなにもアッサリ今までの自分を捨てて歩き出すとは。
淡々とこれが大胆さかと実感した。
揺れるゴンドラは木々を見下ろす高さまで上がり、ロープウェイを進んでいく。初めのうちは『イカロス』のように欲張りへの戒めやゴンドラの整備不良など無いか緊張していた。それも次第に落ち着いて、窓から見える景色を堪能した。
──景色は今まで見れなかったものだった。土と木々から空を見上げていた景色も良いが……この空からの眺めは壮観で圧倒された。
太陽の光を浴びて輝く木々と自由に飛ぶ鳥達。夕日も綺麗で夜になると星が近く見えた。スイスイ進むゴンドラに何の不満もないが、一つあげるとするならば孤独だった。
ここには一人きり。
励まし合う人も親近感が湧く人もいない。途中でゴンドラから身を投げ出しそうになるほどに孤独だった。
山頂手前でゴンドラのゴールが見えたとき意外にも降りた人々で談笑していた。そこに共感し、とてつもなく安堵した。
山頂へはまた足を鍛えてから登りきったのは、途中で転んだ人がいてゴンドラで重くなった足に気づいたからだ。
彼の姿は探したが見なかった。
いつのまにか自分の中で"同志"から"友人"へと変化していて、友人と会えなかった寂しさを感じた。彼は『イカロス』のように落ちたのか、それとも自分たちゴンドラ組と同じく先に着いたか。
分からないが、あの束の間の幸せを思い出しては彼の幸せを願う。
自分はこの選択で良かったかどうかは分からない。それはきっと、人生の終着点で決まるだろう。
山頂では、正攻法の歩き組は純粋な景色の良さに熱い視線を向けながらカメラのシャッターを押して、ゴンドラ組は景色を背景にそんな熱に湧く人間をカメラで撮っていた。
ゴンドラ仲間、友人たちと景色を暫く楽しむと、あとはゆっくり山を降りていった。
冒険に溢れた山登りだった。
いつか『イカロス』の話が出たら、たまには愚かに冒険しても面白いじゃないかと話そうか。
時にイカロスのように飛んで、この身を焦がしてみせよう。
End.
時にイカロス 真塩セレーネ【魔法の書店L】🌕️ @masio33
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