V村での取材
.六条河原おにびんびn
第1話
―魔王を倒したのも、もう10年も前ですか。
V村某所で、筆者はBさんとインタビューの取り付けをした。現場となった喫茶店は討伐隊なども利用する飲食店で、筆者は片隅の窓辺の席をとった。昼間はもっぱら喫茶店の
このV村は先程のBさんのいう魔王によって支配されていた歴史を持つ。当時は暗雲が空を多い年中雷雨に見舞われていたというが、今となっては村中に咲く草花が日の光を浴びて悲劇の村の影はない。
Bさんは少し離れた町に住む三十路前の好青年だ。顔面に走る傷痕は若いながらも苦労の年数を窺わせた。緊張しているらしい。
―先祖代々、魔王を倒しに行くとかいう家系でしてね。俗にいう「勇者」ってやつですね。ナントカとかいう聖術の宿った剣を扱えるの、私だけだったんです。上に姉が2人いるんですけど、男じゃないとダメなんだそうです。念願の男の子というやつですね。母は優しく、父と祖父は厳しく私を育ててくれました。早寝早起きですぐに稽古と鍛錬ですよ。しかも急に起こされたりとか。かなり不規則な生活してましたし、いきなり寝ているところを襲われる、なんてこともあって。気配に気付かずそのまま眠り続けていると拳が飛ぶんです。なんでそこまで厳しくするんだろう?と思いましたけれど、理由を知った時、自分は選ばれた者なんだって思いましたね。最初は舞い上がりました。あの頃は魔王の悪政が強かったものですからね。周りの期待も大きいだけに、持ち上げてくれるんですよ。
語るBさんは苦笑いを浮かべて少し黙ってしまった。筆者は店に入ってきた露出の激しい踊り子旅団に気付く。
―仲間にいたんです。思い出しちゃったな。初めての友達というか、初めての異性というか。なんとなくなんですけど、都合のいい妄想というか、彼女と結婚するんだろうなって漠然と考えていたくらいなんです。相手の感触も悪くなかったし。
しかしBさんのプロフィールを見ると未婚である。筆者が手帳に目を落としたのをさすが元・勇者というべきか、目敏く気付いた。
―結婚しませんでしたね。でも、見栄ではなく、相手には困らなかったんですよ。
それはそうだ。相手は何といっても魔王を倒した勇者である。
―魔王が姫様を攫ったでしょう。聖剣は王都が管理しているから、それを拝借するのに聖王様に謁見した時、私に姫様をくださるという話だったんです。要するに褒美ですね。私は少し戸惑いましたよ。もうその頃にはさっき言った踊り子の仲間がいたんですから。それはちょっと冗談です。まだその頃にはそこまで考えていませんでした。
回想をしながら話すBさんの苦笑いは筆者の第一印象よりも若々しくみえた。
―色々ありましたね。毒沼の森とかあるんですよ。あれは熱かったな。立ち寄った村が焼かれたりなんてものもありました。私が泊まったばっかりに……ああ、あと海賊船に乗れたときは面白かった。意外と気付かれないもので。大海賊列伝の海賊とかって、よく片目隠してるじゃないですか。あれって失明しているんじゃなくて夜目を利かせるためなんですって。
少し話しているうちにBさんの緊張は解れてきたようだ。
―まぁ、焼かれた村ってここなんですけれど。ちゃんと復興しているようでよかったです。また来るの、少し怖かったんです。魔王の占領下だったのに、私を匿ったと言って……
Bさんは窓から村の様子を眺めた。この店の裏にある災禍の慰霊碑は目にしただろうか。
―子供たちは勇者になりたがるんですよね。つまり聖戦士ですね。聖戦士武勇伝には、私がひとつの村を巻き込んでしまったことは書かれていません。綺麗なことしか書かれてないんですよ。街の若い者みたいに夜に飲んだくれて、綺麗な女の人引っ掛けて、朝まで博打とかやってみたかったんですけど。実際私、ある街で本当に好きな人ができてしまったんですね。踊り子の子もいたんですけど(笑)
筆者は勇者が惚れたという娘のことについてさらに質問してみた。
―奴隷商の娘でした。父のやっている業の深い仕事で食っていることを悔いていて、そういうところに惹かれたんです。3番目に仲間になった旅団測量士、俗にいう「賢者」はもう本当に親友って感じで、私の気持ちの揺らぎみたいなのに気付いていたんですね。夜に2人で逃げるようにって言ってくれたんです。駆け落ちを勧められました。
筆者は一応結末は分かっていながらも確かめてみた。
―できませんよ。私のせいでひとつ村が焼かれているんですから。それだけじゃなくて、魔王側に
補足をしておくと、この奴隷商というのは魔王の指示によるもので、今では奴隷生産法は禁止されている。聖王による律令にも定められている。
―この傷は、魔王を倒したときにできたものです。割りと大変でしたよ。みんなヘトヘトで。治癒療法士が、俗にいうと「神術師」がいつも回復してくれるんですけど、帰ったら魔力免疫障害起こしてました。薬草も短期間で沢山使ったので気付くともう中毒起こしてて、5年間くらいはずっと治療してました。
Bさんは服の袖を捲り、肘を見せた。炎症の痕が痛々しいく見受けられた。典型的なマンドラティックリーフの中毒症状である。
―こんなところですか。
筆者は、まだ姫とのことについて聞けていなかった。
―彼女は……そうですね。結婚を約束されましたけれど、私には他に好きな人がいましたし……それに……いいえ。その姫様を他の貴族と色々縁談があったみたいです。でも魔王と通じたかもしれないっていうのがこう、あったんですね。世間的には気の狂った庭師に暗殺されたってなってますけど、あれは自殺だと思います。
結婚といえば、先程の奴隷商の娘の話に戻る。Bさんは依然として未婚だ。
―迎えに行くと言って結局行きませんでした。結婚って何々ですかね。子供作るためのシステムですか?だとしたら子供要らないなって。だって私の子供って、息子だったら国のために人生捨てろって言われて、娘だったら聖王族に嫁がせろ、なんて言われてね。多分また魔王が復活して、勇者なるものが必要になるんだと思いますけれど、血脈で選ぶべきじゃないです。やりたいやつがやればいいし、刃向わなければ、魔王も話の分かるひとでしたよ。あのひとが目指していたのは種族格差の統一と家業固定の解放だったんですから。
筆者は最後に訊いてみたいことがあった。
―後悔してますよ。時間が巻き戻るなら、この村には寄らないと誓いますし、今日これで帰ったら、多分二度と来ないと思います。もしかしてご遺族でしたか?ごめんなさい。もう謝ることしかできないけれど……
V村での取材 .六条河原おにびんびn @vivid-onibi
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