第7話 稔侍

 章は雄大の方を振り返って答える。

「お前みたいな気まぐれと一緒にしてくれるなよ。俺はもう小学生の頃からこうして環奈をずっと見ているんだ」

 いや、そんなストーカーのベテランみたいなマウントをとられてもどうなんだろうかと雄大は思った。理解が及ばず変な顔をしている雄大の感情を読み取ったのか、章はこう付け足した。

「……いいか、もしこのことを環奈にばらしたら、お前が桜の事を覗こうとしたって事も彼女にばらすからな!」


「覗きってそんな……」

 雄大は戸惑った。しかしそこは本当に章の言う通りだったので、その後に続く言葉は出てこなかった。

「いいか、覗きとストーカーは違う。環奈がカーテンを閉めたならそれは中を見て欲しくないという、外の社会に対しての意志表示だ。それ以降はカーテンの隙間であっても見ることはしない。こうしてカメラを構えていてもファインダーを覗くのは、窓から環奈が顔を出した時だけだ。それは彼女が世間に対して顔を出してもいいと思っている時なんだからな。俺が見る事にも問題は無いだろう。お前は知らないだろうが、環奈は家では眼鏡をかけているんだぞ」


「なんの話だよ。そんな事言っても、本人の知らない所で盗撮は良くないだろう? 街を歩いている人だって勝手に写真に撮ったら……肖像権だっけ? そういうやつ的にまずいだろ?」

「誰が撮影してるなんて言った? そんなの本当のストーカーじゃないか。たまたまカメラの望遠レンズを持っていたからそれを使っているだけだ。盗撮なんかされたら環奈が嫌がるだろう? 好きな女の嫌がることをするなんて男のする事じゃない!」

 雄大は見るのもダメなんじゃないかと思ったが、章には章のポリシーがあるらしい。自分でストーカーと覗きは違うと言っておきながら、本当のストーカーとも違うというのはどういう意味なんだろうか? そもそもさっきは『もし……』とかつけていたのに、はっきり好きな女だとか言い切ってしまう章をどうにも責める気にはなれない。


 そもそも雄大は桜を通して、環奈が章の事を好きだという事を随分と前から知っている。いや、桜から聞く前から何となくそんな感じもしていた。今までに章の気持ちをはっきりと確認した事は無かったが、それもバレバレだった。しかし今この屋上での会話から、章が環奈を好きだという事は完全に確定した。これはもう随分と前から両思いだという事である。お互いに好き同士なんだから、こんなバカな事をしていないで後はさっさと付き合えばいいだけという気もするのだが、どうも今の所はそうはなっていない様だ。


 しかし覗きの様な事をされたら、流石に好きな相手であっても環奈は嫌だと思うのだが、そんな事本人には確認のとりようもない。雄大はなんともややこしい感じの二人だなと思った。しかし章がここまでこじれている事には気が付かなかった。いや、人の事は全く言えない。ずっと四人で育ってきたのに、結構知らない事も多いんだなとつくづく感じた。


「俺と違ってお前らは学校も一緒で四六時中会う機会があるんだから、もうそれでいいじゃないか」

「別に俺だって毎日こうして眺めているわけじゃない。そんなの完全にストーカーだ。俺は週に二回だけと決めている。自分の事をしっかりと出来ない人間には環奈のそばにいる資格なんてないからな」

 週二というのはいかにも数字にきっちりとした章らしいが、そんなに偉そうに言える話なんだろうかと雄大は思った。いや、でも残念ながらその気持ちが分かってしまう。桜の部屋の明かりなら週5でも見ていたいと思ってしまっている自分がいた。


「で、どうする? 折角だから桜の部屋を覗いてみるか?」

 そう言いながら章はカメラの角度を調整し始めた。

「バカ、やめろよ。本当にそういうんじゃないんだから。なんだよさっきは覗きはどうたらとか言ってたくせに……」

 いや、雄大は先ほどまでは確かにそんな目的であったわけだが、自分より一足……いやもっと全然前からそんな感じになっていた章の事を知ってしまうと、急に自分で自分の事が恥ずかしくなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る