第1話 松代章

 章は机に向かっていたが、勉強の方は全然はかどっていなかった。いや、今日やる予定だった小論文はもう書き上げてある。あとはその出来を確認すれば今日のノルマは終了だ。まだ一年生だからと言って油断は禁物だ。三年間の学習工程は既にしっかりと組んである。書き終わった小論文をAIで解析してもらおうと、章はスマホを手にするが、その前に音声ではなく文字列を入力してAIに質問する。


『佐藤環奈は俺の事をどう思っていると予測されるか?』

 AIはすぐに答えを返してくる。

『幼馴染として育ってきて、現在もそれなりに良好な関係を保っているので嫌っているという事は無いでしょう。更に詳しいことを予測するには追加のデーターを入力してください』


 AIの回答は素早いが、内容は章が知りたい事とはかけ離れたものである。2020年代に急発展したAI技術は、大きなスーパーコンピュータ内に構築されているものから、各種端末にAI機能を持たせたチップを内蔵させるところまでに一般化していた。それは処理能力の大きいノートパソコン等から始まって、今やスマホの様な小さな躯体にも内蔵されている。


「ま、そりゃそうだろうな。人間が頭の中で考えている事なんて、コンピューターがいくら学習しようが分かるわけないよな」

 松代章は一人でそう呟いた。


 机の上には今日章が書いた小論文が置いてある。章はスマホでそれを撮影してはめくり、また撮影するといった作業を繰り返す。400字詰め原稿用紙で10枚程度の短い文章なので、その作業はすぐに終わった。撮影が終わればAIがそれを自動的にテキスト化して分析してくれる。誤字脱字や言い回しの訂正だけではない。全体的な文章の構成や、論理の組み立てに関するところまで事細かにアドバイスしてくれる。なんで今更手書きから入力しないといけないんだと章は常々疑問に思っているが、未だに学校の試験や入試試験は手書きが基本になっているので慣れる必要がある。ただ、試験内容の方は昔の様に暗記力が試されるのではなく、論文など論理的思考を評価するものにはなっているので、それは有難いと思っている。但し論文であっても今やAIを使えばカンニングできてしまうので、各種試験で電子機器の持ち込みが規制されるのは仕方がない事なのかもしれない。


 試験はともかく、今や勉強を進める上でもAIは欠かせないツールになってしまった。英語も会話形式で教えてくれるし発音は完璧だ。難解な数学の文章問題もたちまち数式化してくれるし、類似の応用問題もすぐに出題してくれる。ネットに接続すれば地理でも歴史でも、たちどころに知りたい部分を関連項目を含めてまとめてくれる。むしろAIの無かった時代は勉強というものは、どうやってしていたのだろうかと疑問に思うくらいだ。


 しかしながら今、松代章が一番知りたいのはそんな事ではないのだ。同じマンションに住む幼馴染の佐藤環奈が、果たして自分の事をどう思っているのか? 既に章が知っている環奈に関するデータは全てインプットしてある。そうして日々そのデーターは追加しているはずなのに、一向に欲しい答えには辿り着いてくれない。


 章は先ほどスマホに取り込んだ小論文に対する、AIのアドバイスをつらつらと読む。そうして左上に表示されている時刻を見て

「そろそろ行くか」

と言って身支度を始めた。

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