アポクリファ、その種の傾向と対策【僕達は帰り道を知っている】

七海ポルカ

第1話



 会場にその姿が現われた瞬間、凄まじい量のフラッシュが光った。





 同席するのは彼のマネージャーと【バビロニアチャンネル】の【アポクリファ・リーグ】事業部主任代理である。


は今回の事件の発端である、ユラ・エンデのプルゼニ公国での逮捕が起きてから――三日後に独占インタビューに答えて以来、メディアの前からは完全に姿を消していた。

 数度、街で起こった非常事態の為にやむを得ず出動したことがあったが、その時も救助活動や犯人逮捕だけに徹して、一言も発言をしていない。


 集まったカメラマン達は一体彼が今日どんな表情で現われるのだろうかと、様々なパターンを想像しつつ嬉々として待ち構えていたのだが、一礼して席に着き、忙しない光が収まるまで目を閉じて、時を待つ冷静な表情は思いがけなかったのか、すぐに覗いていたカメラのレンズから顔を上げた。


【バビロニアチャンネル】報道番組の枠組みで映しているものの、同じ会社のアナウンサーが同じ会社の人間に取材をするのだから、本来この場に余計な緊張感などは全く無いはずだった。


 しかし数秒後笑みも無く美しい碧色の瞳が開き、彼が正面を見据えた途端、その場に緊張感が走った。

 相対した記者たちが感じ取った雰囲気の表現としては、何か一歩間違えれば殴られそうな雰囲気の中で、盾もなくそこに立たされているような感じだ。


 喜びの顔や、

 涙を誘うような表情が冒頭から取れるのではないかと浮かれていた取材陣は、まずそれで頭から氷水を浴びせられたような心境になる。


「みなさま、お集まりいただき、ありがとうございます。

 司会進行は【バビロニアチャンネル】報道部、ルビオ・ソーンヒルが担当します。

 シザ・ファルネジアさん、どうぞよろしくお願いいたします」


「――よろしくお願いします」


 短く、シザは返した。

 一番最初に【アポクリファ・リーグ】事業部主任代理がマイクを取る。


「最初に申し上げておきますが本日の会見はあくまでも一連の出来事を経て、関わっていただいた方々に、公としてシザさんが説明、感謝を表わしたいと望んでのことですから、事件の経過や発生当時のことについて、著しく常識や善意に外れた質問は謹んで頂きたく思います。

 この一連の出来事はノグラント連邦捜査局の、ユラ・エンデさんに対して行ったプルゼニ公国逮捕に端を発しています。

 それについてシザさんの存ずることではないということは、強く理解していただきたいと望んでおります。

 どうぞよろしくお願いいたします」


「では会見を始めます。質問のある方はどうぞ」


 一気に上がった手から、司会がすぐに一人を指名した。


『明日、ユラ・エンデさんが【グレーター・アルテミス】に帰国されますが、空港まで迎えに行かれますか?』


「行くつもりです。

 明日が、というより僕はユラが帰国する時はいつも空港まで迎えに行っていましたので、

 当然明日もそうします」


 いつものように揺るぎなく、シザ・ファルネジアは答えた。



『ノグラント連邦捜査局はユラ・エンデさんへの起訴を取りやめましたが、このことについて率直な感想をお聞かせください』


「率直な感想ですか……」


 シザは数秒押し黙ったが、口を開く。


「単純に、安心しました。――ですが、元々僕は今回の逮捕に強く抗議する立場を取っていますから『アポクリファ特別措置法における厳粛な、必要捜査』という部分解釈で、実際に三十日、その後国営ホテルに実質二月、ユラを彼らが不当に拘束し自由を奪ったことは、感情では非常に怒っています。

 でもそのことについての議論は今はしたくない。

 僕が実際、彼らが国際法の善意、良識に基づいてユラを釈放するだろうと思っていた時間は、もっとずっと短かったからです。

 それでさえ多くの方が尽力して下さらなければ、もっと後になっていた可能性がある。

 その方たちは戸籍上の兄である僕の罪には言及せず、ユラを一人の音楽家として惜しみ、救い出そうと願い行動して下さいました。その方たちへの感謝に比べれば今、僕の中にある怒りなどここで口にするべきものではありません」


 シザ・ファルネジアから時折放たれる『怒り』を記者たちはもっと追いたかったが、完璧にその糸口すら切られて踏み込めず、舌を巻く。


 シザはこれで、二十三歳だ。


 およそ三か月間メディアからは遠ざかっていたというのに、この切れ味である。

 最愛の弟が明日ようやく帰国する嬉しさを、青年が抑えきれずに出て来るのだろうかと期待した、自分たちの愚かさを今になって呪うばかりだ。


『ユラ・エンデさんの釈放には仰る通り、多くの方の尽力がありました。驚かれたのではないでしょうか?』


 一秒でも時間が惜しいかのように、どんどんと手を上げた記者が指名されて行く。


 そうですね……、

 ほんの少しだけだが、シザの纏っていた張り詰めたような空気が和らいだ。


「確かに驚きました。

 僕たち兄弟は幼い頃から苦しい時、お互いしか頼れる人達がいなかったので。

 この苦境にまさかこんなに多くの人が手を差し伸べてくれるなんて、予想していませんでした」


『それだけ多くの方が今回の【アポクリファ特別措置法】の用いられ方に強い違和感や危機感を感じられたということだと思いますが』


「ノグラント連邦捜査局が何故、今回の逮捕に踏み切ったのかは――僕は知りません。

 ただユラと僕が非アポクリファであればそもそも、僕はともかく……ユラ・エンデを彼らが逮捕・拘留出来る理由など、この世のどこにも無いわけです。

 世界の大半の人が大きな、取り返しのつかない犯罪に関わらず、ある日自分が逮捕される恐れなど全く持たずに過ごしているのが普通です。

 ユラは間違いなくそちら側の人間でした。

 だから多くの方がその彼の想いを代弁して下さったことは、感謝しています」


『特に、感謝をしたい方などはいらっしゃいますか?』


「ユラが逮捕されたのは、僕のせいです。

 捜査局は否定するかもしれませんが僕はそう固く信じてる。

 それが分かるのに、強く助けてやりたいと願っても僕は結局、この三か月を掛けてもユラを救ってやることは出来ませんでした。

 だから僕に出来ないことをして下さった方には等しく、感謝しています。

 本当にありがとうございます」


『ノグラント連邦共和国では特に、学生たちを中心に抗議活動が活発化しているようですが』


「……学生の方たちが当初から様々な尽力をして下さったことは、僕も聞いています。

 特に【グレーター・アルテミス】で撮った僕の独占インタビューでの言葉もユラは当初見ることも出来なかったので、彼らが伝えてくれたと。

 立ち上げられたノグラント学生連合の主体は大学生達だということですが、彼らにとってはユラはまだ年下で、でも同年代に近くもある。ですから、痛めつけられる魂に特別共感があったのかもしれません」


『仰る通り、ノグラント学生連合は先日、ノグラント連邦共和国の国会でも質問台に立ちました。内容をご覧になりましたか?』


「全文、読みました。

 弱者に寄り添うその精神があれば【アポクリファ特別措置法】は今回のように悪しき使われ方はされないだろうと思います。

 ですが、この世には信じられないようなことをする人間が存在するのも事実ですから、

 だから彼らは『緩和』ではなく【アポクリファ特別措置法】の完全撤廃を望んでいるのではないでしょうか。

 廃案にするには非常に高い志で、ノグラント連邦共和国だけではなく国際連盟にも働きかけて行かねばならないですが、……二度とこんな辛い思いをする人が出ないように、彼らの戦いが実りになることを願っています」


『これからもノグラント学生連合の活動は支持なさいますか?』



「……僕の最愛の人を救ってくれた人達なので。もちろん」



 最愛の人、と明確に口に出したシザに、記者たちは少し色めくような空気を出した。

 プルゼニ公国でのことが起こる前【グレーター・アルテミス】にはシザに恋人がいることすら知らなかった人間が多く存在した。

 それは彼がメディアに出ても「プライベートなことは話さない」と一貫していたからで、【アポクリファ・リーグ】でも屈指の人気と実力を誇るシザの恋愛方面については、メディアが何としてでもその尾を掴みたいと躍起になって探していた話題だった。

 それが予期せぬ方向から暴かれて、あのシザ・ファルネジアが明確にユラ・エンデを「僕の恋人」「最愛の人」と呼ぶようになったことは、何とも不思議な展開だと彼らは思っている。

 

 同僚のライル・ガードナーと異なり、自分の恋愛観を全くひけらかさないタイプであったシザはそのストイックさでも世の女性たちを虜にして来たわけだが、事件発生から四カ月経った今では、恋人に対しての揺るぎない情の熱さで知られることになったのだから。


 フラッシュが走る。

 しかしシザはその眩しい光を避けるように瞳を静かに伏せた。


『音楽家の方々も、今回の釈放には尽力されていました。

 特に世界的巨匠であるアーサー・ブレナンとラグ・ベルファナスの二人が、今後一切の活動をノグラント連邦共和国で行わないという声明を露わにしたことは、世界でも衝撃が走りましたが』


「……。

 僕はユラ・エンデのピアノのファンです。

 幼い頃から複雑な事情を抱えた家庭で、まだ弟と疎遠だった頃も、彼のピアノの凄さは日々感じていました。

 最初は幸せにピアノを弾いていられる弟を憎んだこともありましたが、

 そのうちにあの人の奏でる旋律を聞くと、どんな絶望的な状況にあっても光を感じられるようになり、支えで、大好きになりました。

 今回のことで、多くの音楽家――音楽を愛される方たちが、必死になって彼を自由にして欲しいと世に訴えて下さいました。

 ユラ・エンデはそういう才能を持った、音楽家なのだと思っています。

 ……ノグラント連邦共和国では不起訴になりましたが、場所によっては【アポクリファ特別措置法】が存在する限り、再び今回のようなことが起きないとは言い切れません。

 ですが例えそうでも、

 例え僕の弟でも、

 彼がそういう特別な才能を持った音楽家であることに、捜査局は敬意を持ってもらいたいと思います。

 プルゼニ公国でのユラ・エンデの公演は素晴らしい内容でした。

【グレーター・アルテミス】公演をご覧になった方ならば理解出来るでしょう。

 それでもノグラント連邦捜査局の行いのせいで、あの公演がユラにとって辛い記憶を伴うものになったことは間違いない。二度と同じことは起こってほしくありません」


 カメラのレンズを覗き込んでシザを夢中で撮っていたカメラマン達はそのあたりで、おや? と思った。


 シザ・ファルネジアという青年は口では冷静なことを言っていても、感情はかなり顔に出るし、本人も敢えて出そうとすることがある。

 今は、はっきりと最後の言葉に怒りを感じたのに瞳を伏せがちな表情は、ほとんど変わらなかった。

 いつもならあの輝くような瞳でレンズを強く見据えて来るところなのに……と、彼を幾度となく撮って来たカメラマンたちは違和感を持った。


『ユラ・エンデさんが【グレーター・アルテミス】に帰還されたら、【アポクリファ・リーグ】には復帰なさいますか?』


「いえ。会社とは一切何も話し合ってない状態ですので、分かりません」



 ――分かりません?



 覗き込む傍らのネットでも、そのあたりから不安を感じ取った人間がちらほら出始めているらしい。なんだかシザ・ファルネジアの様子がおかしい、沈んでるみたいだと言っている人間達がいる。

 彼らも明日に向けて、弟との再会を前に、もっと安堵した明るい表情のシザが今日は見れると思っていたに違いなかった。


『ファンの皆さんはシザさんの復帰を待ち望んでおられると思いますが……具体的な日にちはともかく、復帰の可能性に触れていただけると……』


 事業部の人間がマイクを取る。

「申し訳ありません。重ねて申し上げますが今後のことは全く白紙なので、シザさんも我々も皆様にこの場でお話し出来るものは何もありません。

 そもそもシザさんが番組を離脱なさったのは、ノグラント連邦共和国でユラ・エンデさんが軟禁状態にあり、仕事であり、彼の心の拠り所でもある音楽に触れる自由を完全に奪われていたからです。

 確かにユラさんは明日【グレーター・アルテミス】に帰還予定ですが、三か月もの間たった一人の肉親とも会うことが出来ず、不自由の中で拘留されたことは単純に、帰国が叶ったからといって次の日から元の日常に戻れる確信は、何も無いわけです。

 ――とにかくユラさんが戻り次第、しばらくは家族との時間をゆっくり過ごしてもらいたいというのが【バビロニアチャンネル】CEOであり、現在兄弟の養父であるドノバン・グリムハルツの願いです。

 先のことはまだ、考えられません」


『……復帰なさらない可能性も、含まれているということでしょうか』


「すべて、白紙の状態です」

 その質問の答えは静かに重ねられた。

 この質問には最初から答えないつもりなのだと察して、記者たちは別の切り口を急いで探す。


『帰還されたユラさんにはどのような言葉を掛けられますか?』


「……何も。ただ、謝ることしかありません。

 僕は彼の兄でもあります。

 両親がいないので、唯一の保護者でもありましたから。

 三カ月も辛い思いをさせてしまったことは、

 彼を守るという責務を全く果たせておらず……最低だったと思っています」


 会場の空気が、変わっていく。


 それまでは何かを期待するような空気もあったのだが、はっきりとシザ自身の口にする言葉に込められた棘が、ユラ・エンデを不当逮捕した捜査局ではなく、彼自身に向かっていることを多くの人間が感じ取ったのだ。

 彼らにとって、それは盲点だった。

 彼らはユラの帰還を喜ぶシザの華やかな喜びの表情か、

 或いは見ているものをヒヤヒヤさせつつも、目を離せなくさせる彼特有の、あの敵へと放つ鮮烈な怒りの表情、そのどちかを撮るためにここに集まった人間達だったからだ。


『【グレーター・アルテミス】公演の際、貴方はアリーナに向かわれましたが、ノグラント捜査局側と、ユラさんに会うための話し合いをなさいましたか?』


「僕とユラが会うことを、禁じることが出来る人間はこの世には存在しません。

【アポクリファ特別措置法】を彼らはその理由に利用しましたが、

 あの法律の正しい理念は、複雑な事情を抱えることが多いアポクリファが社会の中で孤立しないように、その共存生活を助けるという目的から制定されました。

 実際に、この法もある側面では、一定の人々に恩恵や支援を与えてもいますし。

 ノグラント連邦捜査局は今回、この法律を悪用したんです。

 それも強い悪意のあるやり方で。

 ――だから僕はあの時、例え力ずくでユラを奪取しても許される状況だと思っていました。

 でも、そうしなかったのは彼の公演を楽しみにしている人から、その機会を奪いたくなかったからです。

 ユラが泣いて【グレーター・アルテミス】に残りたいとあの場で訴えていたら、僕は意地でもその望みを叶えたでしょうが、彼はプロのピアニストとしてすべき仕事を全うしました。

 それなら僕が口を出すべきではないと思っただけです。

 会おうと思えば会えた。でもやめたんです。

 ノグラント連邦捜査局に、ユラに会わせてほしいと頼む気は僕には全くない」


『今後ノグラント連邦捜査局から、養父であったダリオ・ゴールド氏の事件について、何か捜査協力の依頼がなされた場合、どうなさいますか?』


「まずはユラが無事に僕の側に戻って来てから。

 それが叶わない以上は、その先のことなんて何も考えられません」



「質問は以上でしょうか?」



 以上ではないのだが、誰も口を開ける者はいなかった。

 では、と司会がそちらに視線を向ければシザが最後に、自分からマイクを取った。


「最後に一つだけ、いいでしょうか」


 シザ・ファルネジアという青年は、何故そうなのかは誰にも分からなかったが、メディア応対が抜群に上手いとよく言われる。

 特に業界の、撮っている側の人間がそう彼をよく誉めた。

 彼は別段取り繕っているわけではなく、常に受け答えは自然体で、カメラの前では怒りの表情もよく見せた。

 タレントにとって、実はカメラ前で怒りをあらわにするというのは致命的なことなのだが、シザの場合怒りに芯が通っているために、非常に怒りの表情や言葉が視聴者を惹きつけることがあった。


 この騒動の序盤に行った独占インタビューも、話を聞いた当初はメディア業界の誰もが生放送でシザにこの騒動について喋らせるのは無謀ではないかと思っていた。

 その場に出てきたシザは例によってあの鮮烈な怒りの表情と言葉を剥き出しにしたが、自分自身とユラ・エンデのこれまでの時間に対する絶対的な信頼が、怒りの感情に芯を通し、聞いているものに全ての思いをダイレクトに伝えて来て、内容は元々センセーショナルなものであり人々の注目を集めたのだが、あれだけ感情を露わにしてカメラの前に立っても人を惹きつけ、納得させて来るシザ・ファルネジアは本当にすごいとメディアに関わる人間達は違う角度で驚き、あの会見を話題にしていたほどである。



「――アレクシスさんのことです」



 今も、一体最後に何を言うんだといつの間にか取材陣の方が惹き付けられて、ごく自然にカメラで寄ってしまっていた。

 そして、予想もつかない所から、切り込んで来る。

 意表を突かれたと思うのに、冷静に考えてみるときちんと順序立ててそこに辿り着いた話題であることが分かるから、聞いている方もハッとするのだろう。


「……Gilgames Ethanギルガメシュ・イーサン Darpa Architectureダーパ・アーキテクチャー Createクリエイトの会見は僕も見ました。

 彼の想いも聞きましたし、実際あそこで話された内容と同じ類いのものを、アレクシスさん自身から直接僕にも話して下さいました。

 僕とユラは養父ダリオ・ゴールドの手によって歪められた運命の中で、

 何もかも自由に手に出来る状況ではない中で、

 幸せになることを諦めず、願いながら道を選んで来ました。

 だから僕たちは自分で選んだものに誇りを持っていますし、間違っていなかったと信じています。誰に批判や否定をされても、それは決して変わることはありません。


 ……でも、アレクシス・サルナートがああいう決断をしたことは、僕達のことが決して無関係じゃない。

 彼はそういう言い方を決してしませんでしたし、ユラの身も心から心配してくれていました。

 それでも今回のユラ・エンデの不当逮捕ということ、そこから派生した多くのことが全く無ければ、……きっと今も【アポクリファ・リーグ】に留まっていただろうと思っています。

 それほど彼にとって【グレーター・アルテミス】は特別な街です。

 そして【グレーター・アルテミス】の人々がアレクシス・サルナートを失う意味も、僕にはよく分かるつもりです。

【グレーター・アルテミス】は数多の特別捜査官と、彼らの戦いを愛する人々の国ですが、

 その捜査官達の中でも彼は少し、異質な意味を持っていますから……。


 皆さんがそれぞれに想う、応援する特別捜査官を持っていると思いますが、

 僕は【グレーター・アルテミス】という国で、国民に広く、最も信頼されて願われて、愛されている捜査官はアレクシス・サルナートだったと思っています。

 だからこんな形で失いたくない。


 ――僕に何が出来るかは分かりませんが先日Gilgames Ethanギルガメシュ・イーサン Darpa Architectureダーパ・アーキテクチャー Createクリエイトの首脳部の方も、僕と話す場を設けて下さいました。


 アレクシスさんは自分の意志で決めたことを、簡単に曲げたりはしない人です。

 それと同じ覚悟で戦って来た方ですから。

 辞めるという決断も、相当重い意志の許にあると思っています。

 でも彼のあの会見が、多くの人に自分自身の意見として、アポクリファ特別措置法とどう向き合うべきなのか考える道を示してくれた。

 それがあったから明日、僕はユラをこの【グレーター・アルテミス】に帰還させることが出来ます。

 僕にとって、ユラが全てです。

 彼はそのユラが自由になる為に助けてくれた。

 だからその感謝は、必ず返したいと思っています。


 勿論、最終的に全てを決めるのは彼なので僕が今、必ず連れ戻すと約束することは出来ないし、そう出来ると言うことも、傲慢だし彼に対して失礼になります。

 でも出来る限りの手を尽くして、戻っていただけるよう働きかけることは、皆さんにお約束します。

 これは僕の事情の一切には関わりなくです。過去も未来も。


 今回、多くの方にユラを救う為の助力をしていただきました。

 ユラ・エンデは全ての方に感謝しています。

 あの【グレーター・アルテミス】公演は、その方たちに捧げられたもの。

 だから僕は触れなかった。

 それが、僕のその方たちへの感謝でもあります。

 ありがとうございました」


 シザはそれだけ言うと、一礼して口を閉ざした。



「ありがとうございます。では、会見は以上とさせていただきます」

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