かなしみのココノン(3)


 夜の廊下に美少女が立っている。


 青い髪。水着みたいな涼しげな衣装。健康的な美少女。

 まぎれもないココノンだ。


 なんでココノンが俺の部屋に?


 あっ。

 もしかして前に「低性能」って悪口言われたことを抗議しにきたのかな?


 あれは客観的に感想を述べていただけでべつに悪口を言ってるつもりじゃなかったんだよな。周囲を確認しなかった俺も悪いけど。


 だが、ココノンはにこにこしている。

 借金取りがよくする顔に張りついた笑顔じゃなくて、目もちゃんと笑っている。

 怒ってはいないようだ。


 などと考えていると、ココノンがいきなり手を握ってきた。

 しっとりとしていて柔らかい手。

 まさしく美少女ハンド。


「カミサマ、ありがとう!」


 え、なんだろう?

 人にお礼をいわれるような生き方はしていないはずだが……。


「リクスさんから聞いたよっ。カミサマがわたしを強化してくれたって!」

「ああ、そのことか」

「ユーザーのみんなも喜んで使ってくれるようになって、おかげでわたしの使用率もあがったの!」


 使用率とか気にするんだ。アイドルみたいだな。


「あの仕打ちは理不尽すぎた。俺じゃなくても誰かが修正しただろう」

「でも救ってくれたのはあなただよ。わたし、強く生きていけそう。本当にありがとう!」


 実際、めちゃくちゃ強くなったからな。まあそういう意味じゃないのはわかってるけど。


 あの崩れ落ちるように泣いていた姿からは見違えるように元気そうだ。

 健康的な見た目のとおり、本来のココノンは元気で明るい娘なのだろう。


 しかもわざわざお礼をいいにくるなんて律義だ。そういえばリクスが礼儀正しいといっていたか。


 しかしここまで感謝されるとちょっと気が引けるな。

 たしかに強化の指示をだしたのは俺だけど、べつにココノンのためにやったわけじゃない。


「礼なんていらない。俺があんたでやりたかっただけだ。いつもお世話になってる」

「やりたかった……」

「ああ」 


 不死身ビルドとかな。

 残念ながらまだ試せてないけど。


 『神魂』にはプレイヤーランクというものがあり、これが低いうちは育成要素にさまざまな制限がかかる。

 俺のプレイヤーランクではまだ不死ビルドに必要な装備を入手できないのだ。


 こんなかわいいキャラで不死身ビルドとか笑えそう。はやくやりたいものだ。


「わたし、お礼をしたいと思ってきたのっ。でも、カミサマにあげられるものなんて持ってないし……だからっ……」


 ココノンがチラチラとなにやら上目遣いで見てくる。

 いつまで手を握っているつもりなんだろうか? そろそろ俺の手汗でべちゃべちゃになってしまうんだけど。

 ココノンがなぜか目を閉じた。心なしか顎をあげる。


 そのとき、スマホの通知音が鳴った。


 あっ、いけね!

 今ハマってるゲームのスタミナが上限に達した通知だ。はやく育成素材の周回で消費しなきゃ!


「ココノン、強化の礼なんていいから! カミサマとして当然のことをしたまでだからな。これからも『神魂』存続のためにがんばってくれ! じゃ!」


 俺はあわててベッドにすっ飛んでいき、置いてあるスマホを手に取った。

 すぐさまアプリを起動して日課のスタミナ消費に取りかかる。


 ふう、なんとかスタミナをムダにせずに済んだぜ。

 そういえば、と廊下を見るとココノンは帰っていた。




 その翌日の夜。


 こんこんこん。


 また誰かが部屋のドアをノックしてきた。

 ココノンがまだお礼をいい足りなくてやってきたのだろうか?


 ドアを開けると、幼女がいた。


 銀にちかい輝く白髪。ふわふわの衣装の幼女。

 これは……セルロティアだ。


「こんばんわー! カミサマおにいちゃん!」


 セルロティアがちっちゃい手をびゅんびゅんふる。


 カミサマおにいちゃん……。

 なんだろう、胸にわき起こるこの得体のしれない感情は。けして組み合わせてはいけない用語のような気がする。


「ああ、こんばんは……」


 俺はかろうじて返事をした。


 現『神魂』唯一のティアSS。

 ダントツ最強キャラ。

 物理属性アタッカーのセルロティア。


 ちなみにこのゲームのキャラは髪の色で属性がわかるようになっている。

 ココノンは青だから水属性。セルロティアは白だから物理属性。


 ユーザーの間では巨大なハンマーであっという間に敵を粉砕する強さから『白髪鬼』と呼ばれてるらしいが、見た目はかわいらしい幼女だ。


「えーと、なんの用だ?」

「セルロ、ごあいさつにきたのー!」

「挨拶?」

「うん! カミサマおにいちゃんに『夜のゴアイサツ』するとつよくしてもらえるって聞いたー」


 夜のご挨拶?

 そこはかとなく卑猥な雰囲気のワードだな。


「ココノンおねえさんがつよくしてもらったって噂だよー」


 ああ、そういうことか。

 ココノンが挨拶にきた話をしてるんだな。


 だが順番がちがう。

 ココノンの場合は強化→お礼の順だ。べつに『夜のゴアイサツ』とやらがあったから強化したわけではない。


 というか、それじゃまるで俺が賄賂をもらってキャラを強化してるみたいじゃないか。


 セルロティアは勝手に部屋に入ってくると、いきなり俺の足に抱きついてきた。


「なにをしてる!?」

「セルロも夜のゴアイサツしてつよくしてもらうー!」

「やめなさい! 人に誤解されるだろ!」

「やだーセルロおにいちゃんに夜のゴアイサツするー!」

「というかそもそもあんた今でも最強だろ!」

「もっとつよくしてほしいー!」


 強欲……! 最強キャラの強欲!


「セルロなんでもするー! おにいちゃんに夜のゴアイサツしたいー!」

「いいから帰れ!」


 俺はしがみついてくる幼女をなんとか引っぺがして部屋から追いだした。


 ふう。危ない危ない。

 後ろに手が回ってしまうところだったぜ……。


 これは問題だな。俺に取り入れば強化してもらえると思われてる。


 だいたい俺は美少女も幼女も趣味じゃない。

 もっと色っぽい大人なら話もかわったかもしれないがな。




 さらにその翌晩。

 ついにノックもなくいきなりドアが開いて、赤髪の男が立っていた。

 赤偏である。


「よお兄弟。あんたに夜のご挨拶をすりゃ――」


 俺は無言でドアを閉めてカギをかけた。


 色っぽい大人ってそういう意味じゃない! ひょっとしたら人によっては色っぽく感じるのかもしれないけどさ! そもそも実装前だろ!


 俺はリクスにキャストのみなさんに『夜のご挨拶』をやめさせるように言った。


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