第2話 第一町人との邂逅
数分ほど走ってコンビニにたどり着いた。「ここで少し待ちましょう」と青年が言う。コンビニの灯りが暗い街並みを静かに照らしているが、店員の姿は見えない。バックヤードに引っ込んででもいるのだろうか。
「ふう、はあ……」
「息が随分上がっているな」
「はは…運動苦手で。大丈夫、少し休めば、落ち着きますから」
「そうか」
しばらくコンビニ前で待機する。この町についてや先ほどの怪物について色々質問してみたいが、息を整えている最中の人間に聞くのは酷だろう。
他に見るものもないのでぼんやりとコンビニの中を観察する。店内の時計の針は12時を少し過ぎたところを指し示していて、やはり深夜だったのかと一人納得していると、通りの向こうから声が聞こえてきた。先ほど指示してきた声と同じだ。
「レオさん、無事でしたか」
「おうよ!あの程度なら大したこたぁねえ!適当に追っ払ってやったぜ」
「よかった、ありがとうございます」
橙色の髪の男はよく通る声でわはは、と笑い声をあげる。ひとしきり話し終えたあと、彼らはこちらを見た。
「おっとすまんな、忘れとった。とりあえず自己紹介をするか」
「あぁ、そうですね。僕はトオル…
「オレは
「トオルに、レオ。先ほどはありがとう、おかげで助かった」
2人の顔を交互に見て頭を下げた。困ったときはお互い様だから気にしないで、と言われて顔を上げる。
「色々説明してやりたいとこなんだが、外にはさっきの化け物がそこら中にいる。とりあえずオレ達の拠点に向かいながら話そうじゃないか」
「拠点?」
「うん。僕らみたいにこの町に迷い込んだ人たちで集まって暮らしてるところです」
「迷い込んだ人たち…?この町は一体何なんだ?」
歩きながら尋ねると、トオルがええと…と話し始めた。
この町は「
そして、これまた原因不明だがこの町中には先ほど俺に襲い掛かってきたような怪物があちこちにうろついており、トオルたちはその怪物たちの駆除を行っているのだと。
「警察とかはいないのか」
レオは見るからに鍛えている体格だが、トオルは俺以上に体の線が細いし、自ら積極的に怪物退治をしそうには見えない。
「警察どころか、この町には僕たち以外の人がいないんですよ。この辺は住宅街だけど、全部もぬけの殻。誰も住んでません」
だからさっきあれだけ騒いでも人が出てこなかったでしょう?とトオルは苦笑交じりに続けた。
「人がいない?それは……。さっきの怪物にやられて、か?」
「…分かりません。でも僕たちなりに色々調べてみたんですが、家や店に襲われた痕跡はなかったんです。だから、元々住んでいた人たちはどこかに避難したんだ…と思いたいですけど」
トオルは一度言葉を切って、それから「迷い込んだ人」についても話し始めた。
「この町に住んでる人はいません。でもたまにどこからか迷い込んでくる人がいるんです。決まって、何かの記憶を喪って」
「記憶を喪って…」
「そう。僕も、レオさんも、他の人たちも。皆何かを忘れています。自分にとって大事だった気がする何かを…。この町に来たから記憶を喪ったのか、記憶を喪っているからここに来てしまったのか、それは分からないですが」
「……」
記憶喪失の人間ばかりが集まる、怪物が
「…分かった。いや、納得はしたくないが…理解はした」
「まあ、そういう反応になりますよね…僕も初めはそうでした」
「はっはっは!慣れちまえば案外楽しいもんだぞ?気楽にやれ、気楽に!」
「みんながみんなレオさんみたいに肝が太いわけじゃないんですよぉ…」
レオの言葉にふと引っかかる。
「…慣れるまで…ということは、この町には長くいるのか?」
「ああ。まあ実際どれくらいいるのかなんてのは数えてねぇが」
「この町から出ようとは思わないのか?それとも、道路が途中で断絶されてるとか?」
問いかけると、レオは言葉に悩むように視線を泳がせ、トオルは暗い顔で俯いた。
「あ――……。断絶って訳じゃあねえが、まあ、それに近いかもな」
「……僕もこの町に来た当初、すぐそう思いました。記憶もない中こんなところに長居したくない、って。でも……」
「…オレ達がなんで怪物退治をしてるか、分かるか?」
首を横に振った。
「簡単な話さ。管理人サマいわく、ここから出るにはあのバケモン共をぶっ殺しまくらなきゃならねえらしい」
レオは足を止めてにっと笑う。
「ま、詳しい話は本人がしてくれるだろうよ。ほら、着いたぜ、ここだ」
そう言って彼が振り返った先を見上げる。
目の前には家にしては大きく、洋館というにはやや小ぶりな邸宅があった。石垣とレンガで積み上げられた塀が周りをぐるりと囲い、取り付けられたいくつかの照明が来訪者を温かな電球色の光で迎える。
ベージュの壁と赤い屋根、ややゴシック調の混じった窓の装飾、どれもが不思議に組み合わさって一つの魅力を生み出していた。
「この中は安全だから安心してください。他にも何人かいるけど皆…うん、まあ、ほとんどの人は安全な人たちだから大丈夫」
トオルが若干の訂正を加えながら話す。安全じゃないやつがいるらしいのは果たして本当に大丈夫なんだろうか。
「帰ったぜー」
レオが扉を開けて声をかけた。返事はなかったが、いつもの事なのか2人とも特に気にせず家に上がっていくので、俺もそれに倣ってついて行く。
玄関の真正面にある扉をくぐって中に入ると、そこはリビング…というか、食堂のような場所だった。長机が3つ並び、ベンチソファや椅子がまばらに置かれていて、奥が厨房に繋がっているらしかった。
そしてリビングと厨房への入り口をさらに越えたところ、大きなステンドグラスの窓の前に高砂のようなスペースがあった。そこでこちらに背を向けた安楽椅子が時折きぃ、と音を立てながらゆらゆら揺れている。
「管理人さん、ただいま戻りました」
トオルが穏やかに声をかけ、椅子の揺らめきが止まった。くるりと椅子が反転し、そこに腰かけた少女の姿が現れる。
「おかえりなさい2人とも。ご無事で何よりです」
その姿に目を奪われた。
バターブロンドの髪はゆるく波打って胸に下ろされている。金糸の髪に照明の光がちかちかと反射して、白い陶器のような肌をより輝かせた。黒を基調としたドレスには控え目ながらも凝った装飾がされていて、彼女の持つ品格を際立たせている。ほっそりとした手は膝の上でゆるく組まれていて、桜貝に似た小さく形の整った爪があった。
「気持ちは分かるぜ。別嬪だよな」
レオのからかうような耳打ちで、はっと我に戻る。レオはにやにやと意地の悪い笑顔を浮かべ、トオルも心当たりがあるのか顔を赤くして目を逸らしている。
「今日はまた、新しい方がいらしたんですね」
不思議な静けさを持つ柔らかい声が言葉を紡ぐ。少女は椅子に座りながら一礼し、ふわりと笑みを深めた。
「
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