第5話 ホワイトビアと新しい自分

カーテンを開けると、空がやけに広く見えた。雲の形が、今日の空気を決めるような気がした。


百合はいつものように出社して、いつもの席に座り、同じパソコンを開く。ルーティンが落ち着く半面、「これでいいのかな」と思う瞬間が、最近増えてきた。


帰り道、誘われたクラフトビール専門店。普段なら断る。でも、その日はなぜか歩き出せた。知らない駅、知らない路地。風が背中を押した。


「これ、ホワイトビールって言って、オレンジピールとコリアンダーが入ってるんですよ」

店員がすすめたグラスは、淡い黄金色。まるで午後の陽射しを閉じ込めたみたいだった。


ひと口。


やさしい泡。少しだけ柑橘。ふわりと香るスパイス。どこか異国の空気をまとっているのに、嫌な主張はない。


「……軽い。でも深い」


自分の声が、自分の言葉じゃないみたいだった。


なんとなくやり過ごしていた毎日。気づかないふりをしていた感情。そんなものが、舌の上で解けていく。


友人たちはグラスを片手に笑っていた。自分だけがどこか置いていかれている気がしていたけれど、今はその輪の中に自然に溶けていた。


「百合、もう一杯いく?」

「うん。今夜は、もう少しだけ付き合う」


白いビールの泡が、心のどこかをゆっくり洗ってくれた気がした。きっと明日は、今日より少しだけ軽くなれる。


風の匂いが変わったことに、ようやく気づけた夜だった。


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