第2話
コーエン王国は、約六百年に建国された。
初代国王は、リヒト・コーエン。
戦乱の最中、剣と魔法で国王まで成り上がった英俊豪傑である。
だが、本人は国王などと言う役職には全く興味がなかった。自由をこよなく愛し、行動を共にする一人の魔女を誰よりも愛していた。
魔女の名前はアルラウネ。見た目は十歳ほどだが、二十五歳のリヒトよりも倍の年はとっている。
当時の世界には魔力を持つ人間が、今よりも沢山存在していた。
だが、魔女と呼ばれる者は片手で足りる位しか存在していなかった。
魔法使いとは、体内で作られる魔力を、血液同様体全身に巡らせ魔力を自在に扱う者をいう。
その魔力量には個人差はあるが、各々の力にあった仕事を選び世界を豊かにする一助となっていた。
だが中には、自分の力量を勘違し驕った馬鹿どもが使い方を間違い、度々戦を仕掛け人々を疲弊させていた。
そんな中現れたのがリヒトだった。
リヒトは魔力も剣術も今世では最強と謳われており、何より傍らには魔女が寄り添っていた。
魔女とは寿命など無い永遠に生きる者である。
成長も遅く、百歳位でようやく二十歳位の見た目となり、その後は老いることは無い。
魔力も桁違いに膨大。それは、彼女等の魔力は体内で生成されるのではなく、自然元素を体内に取入れ魔力が作られるからだ。
つまりはこの世界が無くならない限り、無限に魔力を生み出す事ができるという事。
だからこそ権力者に狙われ、時には狩られた。
魔女は女性のみだが、繁殖力が著しく弱い。その所為もあり、その当時ですら数人しか存在が確認されていなかった。
そんな貴重な魔女を連れ、戦を治めた英雄。
本人の意思などお構いなしに、彼を中心に国が興きてしまったのだ。
元々小さな国同士の小競り合いが大きくなり、それらをひとまとめにしたのがコーエン王国。
リヒトは初代国王になりはしたが、周りに優秀な人材が集まってくれたおかげで、比較的自由に過ごす事ができていた。
「要は、俺とアルラウネがいる事で、戦争の抑止力になっているという事さ。だから、難しい事は周りに任せておけばいいのさ」
天性の人たらしでもあり、仲間に恵まれているという、神より祝福を授かっているのではないかとも言われるほど、強運の持ち主でもあるリヒト。
そんな彼だが、生涯独身を通した。
リヒトは、この国は世襲制ではなく、国を治める才がある者が継げばいいと、建国当初から言っていた。
リヒト本人もカリスマ性はあるが、国を治めるには向いていないとわかっていたからだ。
当然、側近となった者達からは苦言を呈されるが、当初の意見を覆すことは無かった。
よって渋々ではあるが側近達は、次代の国王となる者の候補者を選出し、教育を施し始めたのだった。
表面上は独身のリヒトではあったが、アルラウネとは事実婚という関係を貫いた。
当然の事ながら、公然の秘密である。
これはリヒトのアルラウネに対する執着の表れでもあった。
もし婚姻を結んでしまえば、確実にリヒトは先に逝く。
そして残されたアルラウネは王族と言う権力に縛られ、下手をすれば次代の王に嫁がされる可能性がある。
何せ彼女は魔女で不死なのだから。
彼女一人の存在でも、他国への抑止力になってしまう。そんな稀有な人を、周りは決して逃がさないだろう。
―――彼女が俺以外のモノになるなんて・・・絶対に許さない・・・・
リヒトが国王に向いていない理由。
それは、国よりも何よりもアルラウネが大事すぎて、彼女に何かあれば国だろうと何だろうと簡単に捨ててしまえるからだ。
側近達もそれは重々承知していた。だから、アルラウネを王妃にしリヒトを繋ぎとめようとした。
リヒトは国王に向いていないからと言っても、馬鹿なわけではない。
魔女は繁殖能力が弱い。だが、王妃になれば跡継ぎが求められる。
子供ができなければ、周りはリヒトに側室を宛がおうとするだろう。魔女は子供ができにくいのをわかっているくせに。
自分が死んだら、彼女には自由に生きてほしいと、リヒトは心から思っていた。
例え彼女がどこにいようと生きていれば、彼は必ず彼女の横に立つのだから。
リヒトとアルラウネは、互いの魂を結ぶ魔法契約を済ませていた。
それは、アルラウネが生きている限り、リヒトは何度でも生まれ変わり彼女と出会い生涯を共にするという、契約。
この事に関しては、二人だけの秘密だ。周りに知られ、もしそれを解除できる人が出てきて、勝手に解除されても困るからだ。
この件に関してはもう、執念としか言いようがない。
だが、そんなリヒトを受け入れるアルラウネも相当イカレているのかもしれない。
リヒトが国王となって数年後、次代の国王として王太子に十五歳の少年が選ばれた。
そして、その少年が全てを歪ませ、虚偽で塗り固められた歴史を後世に残す、元凶となるのだった。
**********
二代目国王の使命を受けたのは、オレル・サリオン。実家は商家だったようだが、戦争で全てを失った戦争孤児だった。
彼は、リヒトが薄藍色の髪に、藍色の瞳なのとは違い、黒い髪に夏空の様な青い瞳を持っていた。
商家の跡取りだっただけはあり、文字の読み書き、計算、他国の情勢などにも詳しかった。
下地となる知識はあったので、帝王学も思っていたよりもスムーズに進んでいた。
リヒトやアルラウネとの関係も良好で、穏やかに交流を深めていった。・・・・表面上は。
一度は持っていた物を全て失った、オレル。だがその後、失くしたもの以上のものが手に入った。
初めは戸惑い、それに向き合う事で手一杯だった。だが、次第に慣れ周りを冷静に見渡した時に、自分の立場を自覚する。
あぁ・・・この国が俺のモノになるんだ・・・・
二代目国王はリヒトが選んだ人間ではない。だからとは言わないが、後にアルラウネは思った。
リヒトには本当に人を見抜く何かがあるんだな、と。
側近達が選んだオレルは、腹黒く狡猾な人間だった。誰も見抜けない、好青年の皮を被った。
リヒトだけは、それに気付いていたが、彼の中心はアルラウネ。
彼女に害がなければ基本どうでもいい。成り行きで国王になってしまった所為か、愛国心すら持っていないのだから。
現実問題、純粋な人間では国王は務まらない。多少腹黒く狡猾であった方が、今後他国と付き合う時にも有利だろう、と。
だが、それは歪んだモノへと変化していく。
オレルはアルラウネを愛してしまったのだ。
人間の美しさを凌駕した容姿。相手が誰であろうと、どんな身分であろうと態度を変える事のない公平さ。
王太子に指名されたとたん、媚びを売りながらすり寄る令嬢達とは全く違う。
リヒトと長く旅をしてきた所為か、顔に似合わない豪胆さもまた魅力に輪をかける。
何もかもが、眩しく心惹かれた。
だが彼女は、初代の事実上の妻。人生の半分以上は共に歩んできた同志。
老齢となった初代を今も変わらず愛している、
この気持ちを誰にもバレる事がないように、オレルは隠していたつりだったようだが、アルラウネを愛するリヒトにはすぐに分かった。
オレルの裏の顔を見抜いていたリヒトは、自分が死んだ後にアルラウネを守る為に色々と策を講じたが、オレルの方が一枚上手だったようで、アルラウネは捕らわれの身となってしまった。
オレルはアルラウネに対し恋情を抱いた時から、秘かに準備していた事がる。
まずは王都の真ん中にある広場に、初代国王の偉業の記念にと銘打って高い高い
その天辺には、大きな紫水晶をかかげ、日の光が当たればキラキラと幻想的に輝く。
だが、それは別の用途の為に設置されたもので、オレル以外にその意味を知る人はいない。
オレルは魔法使いとしても優秀で自ら魔道具を開発し、戦争で全てを失う前までは自作の魔道具を販売していた。
王太子になってからも時間に余裕ができれば、新たな魔道具を開発していた。
その魔道具と言うのが、アルラウネの指に嵌められた指輪だった。
リヒトが死んで、悲しみに暮れるアルラウネの隙をつき指輪を嵌め塔に閉じ込めた。
その途端、アルラウネの体から魔力が抜かれていく。あまりの脱力感で倒れるほど。
指輪から広場の紫水晶へとアルラウネの魔力が流れ、国全体を覆う結界が張られた瞬間だった。
己の魔道具の成果に満足しながらオレルは、アルラウネと同じ指輪を自分の指にも嵌め、うっとりと微笑む。
そう、魔女の結婚とは国を守る結界を張るという建前の元、オレルに縛り付ける為だけのエゴからの束縛なのだ。
国を守る結界を張った事を国民に発表したオレル。
当然、魔女の事は伏せた。代わりに、王族には魔女との婚姻を強要した。
それらしい適当な理由を付けて。
人々はオレルの魔道具で守られていると思った。だから国民は彼を、国一の魔導師、そして英雄として多大なる尊敬と信頼を寄せ、賢王として歴史に名を残した。
裏では都合の悪い書物は全て処分し、自分の都合の良い歴史書を作っていたなど、誰一人気付かない。
そう、これまで伝えられている王国、王家の歴史は己の都合の良いように作られたものだったのだ。
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