異界の修羅 致命の紫毒と残響編

かんなぎ

第1話 始まりの夜に

「お、お願いしますどうか…どうか命だけは!」

女は震えながら必死に生を繋ごうと懇願していた。

ネオン煌めく歓楽街、普段ならそこは欲動に満ちた歓声が鳴り止まぬ夜の楽園のはずだった。しかし今やそんな歓声は鳴りを潜めていた。例えそれが数ある地方都市の一角の歓楽街だと言えどもそれは本来あり得ない事であった、いや鳴りを潜める…それどころではない今やそこは血の海が広がり恐怖と絶望が木霊する地獄絵図と化していた。

「や、やめろ…あッ」

男の首が中を舞う

「う〜む中々悪くない絵画死体ですがイマイチ物足りないですね…やはり素材が駄目でしたか」

男は自らが生み出した作品の出来を批評するようにその死体を見つめそう言葉を洩らす。そこには人を人とも思わない殺戮すらも芸術と捉える異常な精神が現れていた

「貴様がこの惨状の元凶か…」

「ずいぶんと派手に暴れてんなぁ今時ここまでの命知らずは滅多にお目にかかれねぇ」

「……死あるのみ」

男は決して油断していたわけではないしかし、謎の三人組は一切の気配を感じされることもなく気付けば背後に立っていたのである。一瞬反応が遅れたものの男は特に動じた様子もなく刺客の方を振り向く

刺客の数は三人、その顔は宵闇に照らされてよく見えないもののその中でも一際目立つ赤とオレンジを基調とした制服、立ち昇る朝日を模した紋章、それを見れば刺客たちがどのような者たちかは一目瞭然である。そう!彼等こそ日々起こる都市の様々な問題を解決し人々に安寧をもたらすワーカー仕事人その人たちである!その中でも彼等は朝日事務所に属する一流のワーカーたちである。

「あ〜なんて素晴らしい夜でしょうまさか貴方がたがいらっしゃるとは」

男が刺客の素性を知ると男の顔はみるみるうちに喜色に染まっていく…もはやそこに言葉は不要であった、両者共に相手も正面に見据えると空間は一変し重く苛烈なものに変わっていった路地裏の夜誰も知ることのない暗黙の戦いが始まるのだった

「都市に背く事がどういう事か理解する必要がある様だ。その思い上がった思考は…正さねばならんからな」……………………

………………

煌めきに照らされた宵闇を歩みながら殺戮者は笑う、これまでの殺戮を思い返しながら…これからの殺戮を夢想しながら……

「あ〜素晴らしいなんと甘美なる夜でしょうか!」


「頼む!この通りだ!」

黒いスーツを身にまとった男が不機嫌そうに椅子に座る少女に頭を下げていた。少女の名はヴェノスフィア・シーカー見た目、体躯は14歳辺りに見え髪は毒々しさを感じさせながらも綺麗な紫色であり端正な顔立ちに他を刺すような鋭い目つき、それでいて気怠げな雰囲気を纏い掴み所のない人といった印象を他者に与えるだろう。そんな少女にいかにもといった高級そうなスーツを纏った30代はあろうかとい男が必死に懇願しているのは一見すればかなり奇妙な光景であろう。

そんな様子に少女は辟易しながら答える

「あのなぁ〜私はただでさえ上から頼まれた面倒な依頼こなし終わって疲れてる所なんだ、ここ数ヶ月は依頼を受ける気はねぇーなー分かったら帰りなヴォイド」

少女はいかに自分が疲れているかを見せ付けるように机に突っ伏しダルそうにしている。

そんな様子とは対象的にヴォイドと呼ばれた男は語る

「ヴェノ今回の一件お前も知らない訳じゃあねーだろうたった一夜にして血の海を作った殺人鬼それも奴は現在も犯行現場に留まっている完全にこっち協会を舐めてるとしか思えねぇ態度だ!これは我々協会の沽券に関わる問題だ」

思わずヴォイドは机を勢いよく叩くヴェノはため息を吐く

「落ち着けよ、お前の所には3級ワーカー事務所の朝日があるだろアイツラならそうそうに遅れはとらねぇだろお前はどっしりかまえてりゃいいんだよ協会長サマ」

そう落ち着かせるように言っしかし、帰ってきた答えは意外なものである

「……普段だったら俺もここまでとりみだしてねぇよ、なんせその朝日事務所の精鋭が昨夜巡回中に交戦、敗北してるんだからなぁあ」

「へぇ〜」

そう聞いた瞬間ヴェノはダルそうな様子はそのままに僅かに雰囲気を真面目なものに変え会話に耳を傾けた

「朝日事務所はウチの中でも最高戦力だ…それがやられた以上はお上に頼んで戦力を派遣してもらわなくちゃならねぇそれだって朝日事務所以上の戦力は必須その場合2級事務所か1級事務所を呼ばなくちゃあならねぇが2級ですら呼んでからここまで到着するのに1日はかかる。ましてや最高戦力の1級は今回の場合諸々の面倒な手続きや審査を通さなきゃならねぇ今マトモに対抗出来る戦力はヴェノお前しかいねぇんだよ。これ以上俺は市民の皆様が危険な目に遭うなんてかんがえたくもない!」

「ケッ大層なことのたまってるがどうせお上の増援が来る前に迅速に損害を抑え処理して評価を落とさないようにしたいだけだろそれに私が手伝う義理はないね」ヴェノがそう毒づくもヴォイドはヴェノの肩を抱き寄せる

「なぁ〜先輩頼むぜぇ俺達の仲だろ〜それに色々融通してやってるじゃないか」

「…」

ヴェノは決してヴォイドと目を合わせようとせず我関せずをつらぬくもそんな様子を見て取るとヴォイドは素早く行動に移した

「……報酬も割り増しで払ってやる」

「………それと?」

ヴェノは悪戯な笑みを浮かべてさらなる要求を通そうとするヴォイドは悔しそうにするもすかさず

「わかったわかったお前が前に欲しがってた希少な素材あれも手配しといてやるこれでいいだろ?なぁ」

媚びを売るようにしながらも「もういいだろう」とでも言いたげな顔でそう告げるもヴェノは止まらなず更に要求するという悪魔的容赦のなさだった

「そ・れ・で☆」

「あ〜ハイハイ大変疲れているご様子ですしそんな中出動してもらうわけですから任務終わりにはぜひとも最高級の宿泊施設で疲れを癒す必要がありそうですねぇテハイシトキマス」

ヴォイドは血涙を流さんとするほど悔しそうにしながらも何とか一旦の交渉を終わらせた。

「交渉成立っと、あ〜私は今から行くからよ細かい調整はそっちで話し合ってしといてくれ」

いつの間にかヴォイドが気づかぬ間にヴェノは窓を開け今にも飛び出さんとしていた。ヴォイドは慌てて

「おい、犯人に関する資料は俺のバックに入れてるぞ持っていけってあれ?」

ヴォイドが渡そうとした資料は既にヴェノの手にあり

「資料は移動中に読むわじゃあせいぜい待っときなすぐに終わらせてやるからよ」

素早く窓から飛び出し夜の闇に消えていった。

「まったくよ〜一都市のワーカーやワーカー事務所を統括するこの俺にふっかけて来やがってよ相変わらず困ったやつだぜ」

残されたヴォイドはヴェノムが去っていった方を向きながらそう呟く。すると扉が開きメイド服を身にまとった一人の女性が入室しヴォイドのグラスに飲み物を注ぐ

「おう、久しぶりだな相変わらず元気そうでなによりだ」

ヴォイドが親しげに挨拶するとメイドも笑顔で対応する

「ヴォイド様もお変わりないようで。どうやら話し合いもお済みになられたようですのでこれからは報酬金についてお話しいたしましょう」

……………………

………………

………

「ええでは契約内容はこの通りに」

契約調整を済ませ互いに小休止を挟む。飲み物を飲みながらメイドは神妙な面持ちでヴォイドに話し掛ける

「ヴォイド様今回の相手はどうやら手練れの様子、ヴェノ様を疑うわけではありませんが私個人といたしましてはやはりどうしても心配してしまいます」

それに対しヴォイドはあっけらかんとした様子で答える

「心配する気持ちは分かるがアイツに対してはする必要はねぇーよアイツに勝てる奴なんて俺は想像できないね、俺はあいつ以上に厄介な奴を知らねぇ」

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