第5話【それぞれの理由】

   

      


「おっ」

 酒場に入るなり、奥で食事をしていたギルノが振り返る。

「うぉーい。こっちだこっち」

「おはよう」

「へへっ。待ってたぜ、お二人さん。きっとあんたらなら来てくれると思ってたよ」

 マーラは笑って、頷いた。ギルノの差し出した手を取って握手する。彼はライにも手を差し出したが、ライはその手を見下ろすと、ふん、とそっぽを向いた。


「……なんか男前の方まだ怒ってねぇか?」


「大丈夫よ。ライが本当に怒ってたら、そもそもここに付いて来てくれてないから」

「なるほど」

「早く出発するぞ!」

「ちょっと待て。朝食ぐらい食って行こうぜ。言っとくけどな、カッコつけて飛び出して行って、途中で腹減って剣の手元狂ったら、お前のこと指差して俺は笑うからな」

 言った途端、ドン! とギルノの背に衝撃が走った。

「お前今、ホントに俺を蹴っただろ!」

「口の利き方に気を付けろ。お前がどんなに大層な剣を使うのかは知らないし興味もないが、俺は剣の手元が狂ったことなんか一度もない」

「……お嬢さんよ。おたくの旦那っていつもこんな感じかい?」

 声を潜めて聞いて来たギルノに、マーラは頷く。

「ライは口の利き方に人一倍厳しいの。私も初めて会った時、すごく叱られたわ」

「へぇ~。口の利き方に厳しいってのは大先生みたいな奴なんだな」

「本気で叱られるから、気を付けた方がいいわよ、ギルノさん」

 ギルノはニカッと笑った。

「へへっ。さん付けなんか、しないでくれ。あんたみたいな美人にそんな風に呼ばれたらなんか身体がくすぐったくならぁ。俺とあんたの仲だろ? ギルノとマーラで行こうや」

「分かった。ギルノ。よろしくね」

「早く出発するぞ」

「なんだぁ。美形のわりに余裕のない兄ちゃんだな、ライ大先生よう」

「いいわ、出発しましょう。話は道中で」

 

   ◇   ◇   ◇


 街を出て一時間ほど三人で馬を走らせるとやがてギルノが言っていた、分かれ道が見えて来た。

 東の街道はそのままズィーレンに続く。北は山道になって行く。

「行けるところまでは馬で行くか」

 ということで、馬から下りて、そこからは馬を引きながら徒歩になった。


「クレメンティンのレジスタンスってのは、俺もなんか聞いたことあんなぁ。あれだろ、あの辺は山だの森だのに天然の洞窟やら拠点に使える地形がたくさん昔からあったんだよな」


「ええ。その昔、帝都の圧政と戦った人々は、そこを砦にして軍と戦ったんだとか」

「贅沢言えねぇのは分かるけど、俺はアナグラ生活ってのは我慢出来ねぇなぁ。必ず一日一回太陽浴びねぇとどうも調子が出ねえっていうか……」

「住めれば都よ。どんなとこでもね」

「おっ。言うねぇ。あんたも単なる令嬢って感じじゃあねぇな」

「ふふ。がっかりした?」

「まさか。増々惚れ込むね」

 ギルノが上機嫌に口笛を吹いている。

 マーラはくすくすと笑った。

 しかしライは後ろからギルノの壁のような背を蹴った。

「おい! ペラペラ喋ってるんじゃねぇ。もっと早く歩け。後ろつかえてんだよ」

「なんだい、折角日も照って来たってのにずぅっと不機嫌でよ」

「いつもはライこうじゃないのよ」

「こうじゃないのかい?」

「こうじゃない」

「優しいのかい?」

「優しいわよ」

「へぇ! 彼女にだけは優しいってか。随分器量が狭ぇ美形だなぁおたく。俺がお前くらい二枚目だったら世界中の女に優しくするけどね」

「お前、喋らないと生きていられないのか?」

「おう。俺はわりかしそうだ」

「……」

「面白いひとね。貴方故郷はどこなの?」

「俺は帝国の人間じゃないぜ。ネスタ王国の……東の方だ」

「そうなの。ただの旅人にしては、戦い慣れてる感じね」

「普段は食い扶持稼ぐために傭兵稼業してるからな。今までは魔物退治だの、商隊の護衛だの、そういう依頼が多かったけど。やっぱり最近どこ行っても帝都軍の連中が出張ってくるよな。あいつら全員精強かっつうと別に末端の小隊とかはそうでもねえ奴いっぱいいるんだが、下手にぶちのめして増援とか呼ばれると厄介だからなあ……」


「――なんでこの村に執着する?」


「ん?」

 ギルノとマーラが同時に振り返った。すると、ずっと険しい顔で着いて来ていたライが、それまでとは変わった静かな表情で、ギルノを見ていた。追及するようにジッと見据えている。

「旅の途中で小耳に挟んだだけだろ。しかも真偽も分からない、マズい話かもしれない。何故首を突っ込みたがる?」

 ギルノは足を止めた。

「それは……、なんだ、その……放っておけねぇだろ。なんか」

「そんなことで厄介事にいちいち首を突っ込んでるのか。本物の馬鹿だな」

「おうおう! 今、俺様を見て馬鹿だとか言いやがったか⁉」


「……ライ。やっぱり貴方って怒っていても冷静ね」


 マーラは腕を組んだ。気づいたように、彼女は言った。

「おお⁉ なんだよ、マーラ、お前は俺の味方だと思ってたってのに……」

「そうじゃなくって……獣や賊の襲撃の類いじゃないって聞いて、貴方は魔術使いを探していたわけでしょう。まるで対処方法を知っているかのような判断よね。ギルノ貴方もしかして、今回の村の異変に何か心当たりがあるんじゃないの?」

「心当たりなんてそんな大層なモンじゃあ……」

 マーラとライの瞳に見つめられ、ギルノは髪をガシガシと掻いた。


「お二人さん、そんな仲良く見つめて来ねぇでくんねーか」


 答えを強く求める様な真っ直ぐとした直視が、二人は非常に似ていた。

「別に無いなら無いでいいのよ。貴方を責めてるわけでもない。ただ知ってることがあるなら話してほしいだけ。私自身も勿論だけど、彼だって無駄に危険な目には合わせたくないの」

 マーラはライを示した。

「……俺が各地を旅して来たって話はしただろ」

「ええ」

「その中で、何度か同じ状態の村を見たことがある」

 マーラとライは顔を見合わせた。

「何度かって何度だ」

「三か所……いや、四か所か。帝国内ではここが初めてだけどな」

「理由は何だったの」


「結局全部分からずじまいさ。一夜で村人全員が消えちまった。ただそれだけの事実があるだけで、あとは分からなかった。死体も一つも出なかったからな。生身の人間の仕業なら、手がかりが一つもねぇなんてことは、有り得ねえだろう。魔術的な匂いを感じるんだよ。直感だ」


 風が吹き抜け、周囲の木々を大きくしならせた。


「彼が聞きたいのはね、ギルノ。貴方自身の理由よ」


 マーラは言った。

「人が行動を起こす為には、必ず理由が存在する。レジスタンスに参加する理由は人それぞれよ。革命への渇望、復讐心、好奇心、憎悪、同調……。貴方は何故、人が消えた村を気に掛けるの? このご時世よ。野盗や魔物に襲われる辺境の村だって、少なくはない」

 ギルノはマーラの顔を眺めていたが、フッ、と不意に笑った。


「……やっぱりあんた、ただ者って感じじゃねえな」


「貴方の理由はなに?」

「理由、か……」

 ギルノは一度足元を見てから、肩を竦ませた。

「興味、かもな」

 彼は歩き出した。


「興味があるんだよ。当たり前の平穏な日常が、一夜で失われちまうことの……それにどんな、理由があんのかっていう」


 マーラはゆっくりと歩き出したが、ライが声を掛けた。

「マーラ」

 彼女が振り返る。

「魔力は大丈夫か。なんか……身体に不調は」

 何を聞かれたのかと思って、マーラは「ああ」と笑顔を浮かべた。

「大丈夫。今の今まで、制御ピアス外したこと忘れてたくらいだから」

 ライはそうか、と安堵したような表情をする。

「少しでも、違和感があったら言うんだぞ」

「うん」

「お二人さん、いちゃついてねぇで早く来いよ」

「人には色んな理由があるわね」


 マーラはそんな風に言ってから、歩き出した。

 ライはその背を見上げる。


 ……マーラがレジスタンスに参加しているのは、何が理由なのだろう。

 婚約者が帝国に殺されたことは聞いた。

 その怒りや悲しみはあるだろうが、ライがレジスタンスを率いているマーラに感じるのはもっと大きな理由だ。

 帝都の貴族としての義務。そんなことを聞いた気もするが、それだけではないと思う。


 ふと考えて、ライの心は僅かに沈んだ。

 彼女以前にでは自分は、何のために彼女の側にいるのだろう。

 帝国兵は嫌いだが別に特別な私怨があるわけではない。

 レジスタンスの精神に感銘を受けたわけでもない。

 それでも支援者という曖昧な身分のまま、自分は彼女の側にいる。



『中途半端だ』



 アルグレン・シャールの迷いの無い目を、何故かその時、はっきりと思い出したのだった。

   


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