23話 未知という恐怖

逃げ切った安心感は、長くは続かなかった。

ユークは左手の骨を握り締めながら、荒い息を整える。リフトの金属音が遠くで鳴り響き、耳に痛い。ルイもレミィーも、互いの存在を確かめ合うように肩越しに警戒を続ける。


「…ここまで来れば、とりあえず安全か?」レミィーが呟く。

だが、その言葉を口にした瞬間、微かな風が頬を切った。

「なんだ…?」ユークは眉を寄せ、視線を振る。空気がほんの少し、異様に揺れている。


小さな影が視界の端をかすめた。

「…何だ、あれ?」ルイが身をすくめる。影は瞬く間に近づき、骨を握るユークの手元を狙う。


骨が、光を帯びたように瞬間的に揺れた。

次の瞬間、目の前に背の高い女性が現れた。

黒髪に神秘的な光を宿し、表情は冷たい、しかしどこかで会ったような気がする。


「何者だ…」ユークの声が震える。

その女性の手が、まるでカメラを構えるように空中で動いた瞬間、ユークの左手の骨はするりと手から離れた。


「骨が奪われた…」ユークは思わず呟く。目の前の存在が誰なのか、理解できない。

ルイもレミィーも驚愕し、追撃しようとするが、女性の動きは滑らかで速すぎた。気づけば、骨はその手に握られている。


女性は何も言わず、軽く笑みを浮かべる。


「…くそっ!」ルイが歯を食いしばる。

しかし骨を取り戻そうにも、その女性は空中で静かに消えるように後方へ退く。

「待て!」ユークたちは声を張り上げる。

しかし声の届く距離を超え、カルアは軽やかに空中で後退する。


その瞬間、波間から乗助が姿を現した。息を荒くし、足元の砂を蹴散らしながら島へと上陸する。

「ようやく…ハァ…ハァ着いた」乗助は詠唱(コール)を発動し、魔力の波動が辺りに漂う。


だが次の瞬間、カルアの手が静かに動いた。まるでカメラを構えるように空中で指先を操る。

「――っ!?」ユークたちは息を呑む。

乗助の腕や武器が光を帯び、宙に浮かび、瞬時に切り取られる。

「な、なにィッ!?」乗助は驚愕し、必死に抵抗しようとするが、切断された部分は空中で分断され、動きを封じられた。


ユークの頭に電撃が走る。

「…これ…カルアの能力だ…!」

レミィーも目を見開く。手元にあるカメラ、間違いなくあのカルアの力。


カルアは微笑む。静かに手を下ろすと、乗助は跡形もなく地面に崩れ落ちた。

ユークたちはその場に立ち尽くす。圧倒的な力の前に、長らく苦しめられてきた乗介は、一瞬で無力化されたのだ。


そして、目の前の女性――静かに立つ背の高い黒髪の人物――が、ユークたちの視線を捕らえた瞬間、全員の心がざわつく。

「…カルア…!?」ユークの口から思わず漏れる。

そう、あの能力を使った女性の正体は、間違いなくカルアだった。


ユークたちはまだ理解しきれぬ恐怖と、未知なる力の圧倒的存在感を前に、ただ身を竦めるしかなかった――。


ユークたちが息を呑む中、カルアは微動だにせず立ち尽くしていた。

その瞳には、かつての温かさも、仲間を思う光もない。代わりに、どこか冷たい静けさが宿っていた。


「……カルア?」ユークが一歩踏み出した瞬間。


――バキィィンッ!


空間が裂けた。カルアの指が小さく動いただけで、視界の一部が“切り取られる”。

反射的にユークは身を投げ出し、背後の岩がまるごとスライドして落下する。


「なっ、今のは――!」ルイが叫ぶ。

レミィーとレギウスの頬を掠めるように、見えない刃が走った。


カルアは表情一つ変えず、再び指を構える。

「掴んで取る(キャッチ・ザ・カメラ)」――その声は低く、重く、敵意に満ちていた。

言葉の響きだけで、周囲の空気が引き締まり、自然と背筋が凍る。


ユークたちは咄嗟に散開する。

地面が切り取られ、樹々が空中で歪む。まるで世界そのものが彼女のレンズの中に囚われたようだった。


「やめるんだカルアくん!!」シリウスが叫ぶ。

だがカルアは何も答えない。

ただ一瞬、無機質な笑みを浮かべた。


その笑みは――まるで、“もうカルアではない何か”のようだった。

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