廃屋の遺書

なかむ楽

第1話




これは遺書です。どうか読んでください。

戦時中、私は学徒として出征することが決まりました。両親は、せめて結婚をと、嫁を連れて来ました。嫁は神主さんの遠縁の娘だと聞きました。両親はそれ以上のことを嫁に聞いてはいけないとおかしな注意をされました。私は角隠しで俯いた佳人にひと目で惚れてしまい、嫁がどこの誰かなど構わないと、強い思慕を抱きました。

契りを交わした私は、激戦地でなんとか生き延び、五体満足で家に帰ることができました。

空襲の被害からは私の家は免れ、米蔵と小さなお社も残っておりました。

嫁が、女房がつらい日々出会ったろう中、両親を支えてくれていたおかげです。


混乱の戦後、私は女房の勧めもあり、米屋の商いの傍らで小さな店を持ち、古着を売る商売を始めました。我が家は代々米屋だったため、戦中戦後と方々ほうぼうの家々から着物などと米を交換していたのです。

高度成長期などの時代の流れに伴い、米屋は畳むことになりましたが、古着屋は立派な服屋となりました。そして、アパレル業界で業績を伸ばし、株式会社として上場しました。

私が会社を引退する頃、バブルが弾けました。

世は不景気でしたが、我が社はアパレル以外にも商売を展開し、海外展開するほどに巨大に成長しました。


会社だけでなく、私生活では子宝にも恵まれました。二男一女です。私は仕事が忙しくて子育ては女房に任せっきりでしたが、子供たちはいい学校でいい成績で卒業し、私の期待通りに育ってくれました。

私が引退した後の会長職には長男が就任しました。次男が外科医になったため、跡継ぎ争いもありませんでした。年の離れた娘は政界のご子息と縁があり、結婚をしました。

自慢の我が子たちでした。


私が育児に口出しをすることはありませんでしたが、「我が家にあるお社を大切にしなさい」と口喧しく言ったものです。現代を生きる子供たちには、難しい話だったでしょう。

引退した春の日に、古い我が家をマンションにする話したいと長男が言いました。我が家の周囲は、バブル期より高層マンションが立ち並んでおりました。広大な敷地を持つ我が家は、時代に取り残された、昭和でした。

老いては子に従えという言葉があります。私も老い先の短い身。息子ほどの年齢の神主さんに社の魂抜きをしていただき、本家のある浅間山がよく見える、落ち着いた土地に女房とともに越しました。


事はここから起こったのです。


その年の冬、私は心筋梗塞にかかりましたが、一命を取りとめました。ですが、日々のおつとめを果たせなかったのです。

これではいけないと、子供たちを病室に呼び、本家に建てたお社のお世話を頼むことにしました。私の死後も子供の誰かがおつとめを続けなければいけないのですから、それが先か後かになっただけです。

覚書に従ってお世話をするだけだったのですが、子供たちは自分たちにも生活があるからと、家政婦にお世話をさせてしまいました。


私の両親は言っていました。『おつとめは、私たちの血族以外にさせてはいけない。これは、私たち家の問題なのだから』

私は疑問を抱いておりませんでしたが、世代の違う子供たちはおつとめや信仰に懐疑的だったのでしょう。

ある日、見舞いに来た老いた女房がこう言いました。


「困ったことになりましたわね。約束を守っていただかなければ。お家が傾くだけではすまされませんよ」


病室の中が冬の山のように急速に冷え、私は寒さと女房の得体の知れなさに心の底から震えました。一部壊死した心臓がどうどうと脈を打ち、死にかけた老いぼれに死とは違う恐怖を覚えました。一言で表すならば、不気味、でした。

私は、一体、と結婚をしたのだろうか。私は、と長く連れ添ってきたのかと、今更ながらに恐れました。


女房に気づかれぬよう、興信所を使い、神主さんの話を聞いてもらうことにしました。

一カ月ほどの後、報告書が上がりました。ちょうど退院した日でした。


現在の神主さんは、六代目に当たるそうです。初代は███県のあたりからやってきたそうで、縁者は███県に多いと報告書に書いてありました。現在の神主さんは入婿だそうで、長入院をしていた先代は、つい先日に鬼籍に入ったと報告書にありました。私の結婚式を取り仕切ってくれた神主さんは先々代に当たります。

報告書には続きがあります。

私が結婚した戦時中の頃は、年頃の独身娘はいなかった。

調査員は███県までを伸ばし、神主の縁者を調べてくれました。


神主の一家は、飯縄信仰をしていたようです。聞き慣れない言葉でしょう。文献によると、飯縄は飯綱とも書く管狐の一種なのです。管狐とは架空の動物で、妖怪の類いで、飯縄使いが管狐を増やして使役霊として使うことができる。そしてこうもあります。管狐は取り憑き悪さもするが、家を繁盛させることもできるらしいのです。しかし、祀るのを怠ればたちまち祟るのです。


妖怪などは、昔の人間が作った空想上の生き物のはずです。幽霊談など耳にしますが、法螺話や勘違い、作り物の話です。

そう理解しているもの、さきの女房のこの世のものとは思えない顔つきや寒さ、恐れはどう説明するのか。


私の連れ合いは、人間ではないのかもしれない。


底知れない不気味さと恐怖が老いぼれの足元を這いずり回りました。

そして、あの、庭の隅に建てたお社のご神仏だと思っていたものは、禍々しい何かだったのか?

私の両親は女房が何者か知っていたのか?

神主の遠縁というのはほんとうだったのか?

書斎を出て、リビングに行くと、女房がソファに座っていました。

見慣れた小さな老婆の背中であるのに、闇夜を背負っているように見えました。老いからくる震えではなく、身体の芯がぐらつく震えに襲われました。


「気づいてしまいましたか? あなたのご両親がどうしてもと言うので、術者がわたしをヒトに変化させたのですよ」


馬鹿なことを。そう笑い飛ばせませんでした。ゆうらりと立ち上がった女房に気圧されて、腰が抜ける手前だったのです。


妖怪やあやかしの類いがいるとは夢にも思わなかった。そもそも、私は神仏の存在も半信半疑だった。お社も両親がお世話を怠るなと口喧しく言っていたので、覚書に従って日々つとめていた。どんなに忙しくても、私みずからお世話をしていた。出張もなるべくせずに、どうしてもという時だけ、女房に頭を下げてお世話をしてもらった。

床に打ちつけた腰よりも、冷気が私の身体を痛めました。ねっとりと絡みつく寒気のせいで、私の息は白くなっていました。

女房がゆっくりと振り返りました。私は目をそらすことができませんでした。そらせば、殺されてしまう、そんな気がしたからです。


「あなたの血筋がわたしの世話をする。わたしについて詮索はしない。それが契約でしたのに、残念でございます」


凍てつく空気の中、老婆は若々しい娘──結婚した頃の女房の姿になっていきました。種も仕掛けもない手品が目の前で起こったのです。

そして、にんまりと嗤いました。この世のものとは思えないほど美しく、残酷で、おぞましく。


「術者も絶えた。これで私は自由だ」


明るいリビングに似つかわしくない冷えきった空気だけを残して、女房は消えてしまいました。

しばらく布団の中で震えておりましたが、ボヤ騒ぎがあり、そうもいってられなくなりました。

そして、意を決してお社の小さな扉を開いたのです。

御神体は注連縄が巻いてある小さな石だったのは、魂入りさせる前に私も確認していました。

その注連縄が切れており、小石は卵から雛が孵ったかのように割れていました。

咄嗟に、出てしまった、と思いました。

何が出たのかわかりません。

女房だった何かかもしれないし、それ以上の化け物かもしれません。

脳裏に『祟る』という言葉が浮かびました。


巨大に成長した会社。巨万の富。成功。恵まれた子宝。恵まれた人生。

それらは、管狐を知らずに祀って得られた成功だとしたら?

祀る管狐がいなくなったら?

祟る、とは?

杞憂という言葉があります。取り越し苦労と意味ですが、由来になったのは、杞という国にいた人が、天が落ち地が割れるのを異常に心配をしており、見かねた人物が心配を諭したという話です。ですが、杞という国は実際に滅ぼされています。取り越し苦労であればいい。しかし、私の頭では、絵巻にある怨霊が我が家を、私の人生を踏みにじらんと暴風のように旋回していました。


警察や部下、興信所を使い、女房を探しました。家の中に残された女房の荷物はそのままです。しかし、写真とビデオには女房の姿がありませんでした。

不思議なことに、私たち家族以外、女房の顔と名前を覚えていないのです。

不可解にお思いでしょうが、真実なのです。

女房の話をすると、知人たちは私が気が触れたとでも言わんばかりの顔をするのです。


女房が去り、数年も経たずに会社の業績は悪化の一途。合併という乗っ取りをされ、長男は職を失いました。翌年、次男は業務上過失致死罪の疑いをかけられました。翌々年は娘の夫の汚職が発覚し、子供たちの生活が激変しました。

そして、一昨年、長男夫婦は交通事故で、昨年、次男夫婦は火災で私より先に逝ってしまいました。今年、夫と離婚した娘は、自殺未遂をし頚椎損傷で車椅子生活をしています。


夜、ふと目が覚めると、暗がりから声がしました。


「孫娘だけは助けてやろう。あの子は穢れていてスジがいい。よき住処になる」


夢だと思いましたが、唯一の孫を心配しないはずありません。唯一の孫。長男も次男も子供には恵まれませんでした。身体を悪くした母を持つ孫娘を思うと、私は不安で気が狂いそうです。

明日、孫娘に会いに東京へ向かいます。その帰りに私は死ぬだろうと思い、遺書をしたためております。

私の記憶から女房の顔が薄らいでいます。

自由だと嗤った不気味な笑顔だけ、かろうじて思い出せます。孫娘の記憶から祖母の記憶がなくなっていなければよいのですが。


この遺書を読んだ人にお願いがあります。私の代わりにお社を祀ってください。毎日お神酒と五穀米、鼠を供えるだけでいいのです。

孫娘の命のために、どうかお願いです。



―――



出るという噂の山奥の廃屋に行った。友人は止めたが、天袋に手を突っ込み、こんなボロい手紙を見つけた。


「うえ、気味悪りぃ。よく触れるな、おまえ」


カメラを回す友人が震えながら言った。


「この孫娘って、もういい年齢だろ? もしかすると、死んでるんじゃないのか?」


私はそう思わないな。だって毎日ペットに冷凍ネズミあげてるのだから。






Twitterから転載し改稿。

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廃屋の遺書 なかむ楽 @nakamura_ku

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