第3話 天空のお茶会──皐月を迎える、ふたりの想い
──空の、そのさらに上。
地上の喧騒を離れた、静かな光の庭園。
そこに、ふたつの影があった。
建国の母・マリセリア。
そして、三国連合を束ねた導き手――アレスタリア皇后・ルナリア。
ふたりは、小さな丸テーブルを挟んで、
やわらかな午後のひとときを過ごしていた。
「……ごめんね、マリセリア」
カップを指先でなぞりながら、ルナリアが静かに言った。
「私は、三人も皇子を産んだのに……誰ひとり、あなたの代わりにはなれなかった」
その声は、かすかに震えていた。
「何を言っているの。あなたは、誰よりもよくやったわ」
マリセリアは、微笑みながら応じる。
だが、ルナリアは視線を落とし、拳を強く握りしめた。
「だけど……私は、彼女に、生きる時間を与えてあげられなかった」
一瞬、空気が止まる。ふたりの間に沈黙が落ちた。
──皐月。
かつて現世で、必死に生きようと願い、誰かを愛し、未来を求めたひとりの女性。
「こんなにも輝いていた魂を……
本当に、また呼び寄せてしまっていいのだろうか。
安らかに眠らせてあげた方が良いのではないか……」
ぽつりとつぶやいたルナリアの瞳には、
誇りと、後悔と、そしてどうしようもないほどの愛しさが滲んでいた。
「……私は」
そっとカップを置いて、彼女は言葉を継ぐ。
「私は、彼女の願いを信じたい」
まるで、自分に言い聞かせるように。
『生きたかった。
愛したかった。
子どもを育てたかった』
それは、皐月の魂が最後に遺した、
強くて、あたたかい、本物の願い。
「この世界で、それが叶うなら――
もう一度、笑えるなら……」
マリセリアは静かに頷く。
「ならば、私たちが手を差し伸べない理由なんて、どこにもないでしょう?」
ルナリアは、黙ってうなずいた。
その頬を、一滴の涙が静かに伝った。
「皐月」
マリセリアが、空に向かって祈るように呟いた。
「あなたの命が、もう一度、光に包まれますように」
「あなたの未来が、今度こそ、決して失われませんように」
そのとき。
光の庭園に、ふわりと風が吹き抜けた。
まるで、どこかで皐月が、小さく笑ったかのように。
そして、茶色の古びたスーツケースを抱え、麦わら帽子をかぶった少女が、
まぶしい笑顔で、そこに立っていた。
「ただいまー! 外、暑かったよー! ねえ、なんか冷たいのない?」
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