砂漠の中の姫君

太山ライリ

全話

砂漠の中の姫君


その昔中東の片隅に、砂漠に囲まれた小さな国がありました。

資源が乏しく、どの国からも興味を持たれないような小国でしたが、人々は慎ましく生ていてて、平和で幸せな国でした。

裕福でなくてもその国の王様は、歴代に渡って善人で、国民を大切にしていました。




ある時中東で1番大きな強国が、あちこちの国を攻めました。

大国の王様は野心家で、あらゆる国を武力で倒し、支配する為に戦争を仕掛けたのです。

倒された国は、大勢の民が奴隷にされて、酷い扱いを受けました。


小さな国も、突然現れた大国の兵士たちに攻撃されました。

小国の兵士は国民を守ろうと応戦しましたが、強力な軍隊の前には なす術もなく倒されてしまいました。


小国の王は、

「我が国をこれ以上、攻めるのは止めてくれ。あなた方に逆らうことはありません」

と、降参しました。


報告を受けた大国の王は、屈服の証として、国1番の美女を妃として差し出せと命じました。

大国の王は美女好きでも有名だったのです。

王が美女を気に入れば何もしないが、気に入らなければ、国民の大半を奴隷にするとも言ってきました。


小国の1番の美女は、王の一人娘です。

16才のその姫は、美しく優しい人でした。

民に寄り添い、共に汗や涙を流し、民が飢えないように常に知恵を巡らせている、そんな素敵な姫でした。



王と王妃は国民を守る為に、泣く泣く娘を送り出すことにしました。

大国の王の妃になると言えば聞こえは良いですが、既にその王様には、あちこちの国からの妃がいて、子供もたくさんいました。

だから妃といっても、王様の特別な女性として、大切にされる保証はないのです。




大国の使節団がやって来ました。

傲慢な使節団長は姫を見て、王や王妃もいる前で、その国の民に言いました。

「確かに美人ではあるが、所詮は田舎の小娘だ。この国では1番の美女でも、大国にはもっと美しい女がいる。この程度では、相手にされないだろう」

姫を侮辱された国民は、抗議の声を上げますが、使節団長は続けます。

「王の好みは妖艶な美女だ。この娘は痩せていて、まったく色気が足りない。こんな程度の女では、寵愛など貰えはしない。まぁ、この国全体が貧相だからな」

大国の使者は小国を、国王ごと見下していました。


連れて行かれる姫君は、自国の民に言いました。

「私はこの国の姫、命を懸けても皆さんを守ります。誰も奴隷にはさせません。だから安心して下さい」

心優しい姫は、最後まで民を思いやりました。

使節団の嘲笑にも動じず、真っ直ぐ前を向いて歩き出し、最後に一度だけ振り返り、


「これからは私のことを、“絶世の美女”と呼びなさい。それ以外の呼び名は許しません」

と、慎ましい姫とは思えない言葉を残して、それから毅然とした足取りで、国を出て行きました。


王も王妃も民たちも、最後の言葉に疑問を感じながらも、姫の未来に泣きました。

大国で、苦労をするに決まっています。

そもそも着くまでにも、使節団に意地悪をされてしまうでしょう。

皆が、姫の幸せを祈りました。



姫君一行は砂漠を越えて、戦争を仕掛けてきた国を目指します。

数日後には、目的地に着くはずです。




しかし何と彼らは、そのまま行方不明になってしまったのでした。



大国の王は捜索隊を出しました。

もちろん姫のいた小国も、大事な王女を探しました。

この時小国の民は、口々に姫のことを“絶世の美女”と言い、本当の名前では呼びませんでした。



捜索隊から話を聞いた大国の王は、

「あの国の姫は、絶世の美女だったのか!」

と驚愕し、絶対に探し出せ!と厳命を出しました。

多くの戦争を休戦させて、大勢の兵士たちを捜索隊に加えました。


しかしどんなに探しても、姫や使節団員は、遺体すら発見できません。

砂嵐か流砂で命を落としたのだろう、とも思われましたが、何故か彼らが乗っていたラクダは無事でした。



大国の王は気を揉みました。

絶世の美女を手に入れ損ねたかもしれないからです。


家来からは、小国の女なので大国でも通用するような美人かどうかは分からない、という意見もありました。

確かに“絶世の美女”ではないかもしれません。ですが“絶世の美女”かもしれないのです。


大国の王は、姫を一目見るまではと、しつこく探しました。


しかし時はどんどん過ぎていき、王はついに、もう亡くなっているだろう、と結論づけたのです。

だが諦めるなら、せめて似姿だけでも手に入れたいと思い、絵師に姫の絵を描かせることにしました。


ですが大国には、姫を見た者はいません。

取り敢えず“絶世の美女”というのだから、誰よりも美しく描かせようと、自分の妃の中から、髪、目、肌など、各部位の最も美しい女性を並べました。

そしてそれらの部位を、本人よりも更に美しく描けと絵師に命じたのです。


大国の王は絵が完成すると、小国の民を連れて来て、お前たちの姫は本当に“絶世の美女”かと尋ねました。

小国の民は、

「はい、私たちの姫は“絶世の美女”です」

と、当然のように答えました。

すると王は絵を見せて、

「この女は、凄い美人だと思うか?」

と聞きました。

小国の民は素直に、

「こんなに美しい女性は見たことがありません」

と、目を輝かせました。

それならばと、

「この絵の女を見たら、もうお前の国の姫は、“絶世の美女”とは言えないな」

王は満足そうに言いました。

しかし、小国の民は首を振り、

「いいえ、この絵を見た後でも言えます!確かに絵の女性は大層美しいですが、それでも“絶世の美女”は私たちの国の姫です」

と、言ったのです。


「何と……この絵の女よりも、美しい女性だったのか……」

王は衝撃を受けました。


大国の王は、もっと美しく描けと、再び絵師に命じました。

ところが何度やり直させても、小国の民は、自国の姫を“絶世の美女”と言い張りました。

嘘ではないのです。

姫の言いつけを守っただけです。


そうとは知らず、大国の王は姫に恋焦がれました。

手に入る前に亡くなったであろう、“絶世の美女”は、それ故に永遠の憧れの女性になったのです。


想像力が追いつかないほどの美女、いつまでも若く美しい姿……妄想はどんどん膨らみ、心を焼き尽くします。

せめて夢で会おうとして、よく寝るようにもなりました。

最早戦争のことなど、どうでも良くなってきました。


そうこうしているうちに、大国で反乱が起きて、野心家で美女好きの王は失脚しました。


幸いなことに、新しく王位についた王様は平和主義者だったので、戦争はすべて終わり、奴隷たちも解放されました。


こうして小国の姫は、自国だけではなく、すべての国を救ったのです。



この時代、宗教に反する科学的な考え方をする人は、異端とみなされて迫害を受けました。

その為、多くの頭の良い学者たちは国を追われたのですが、実は姫がいた小国は、そういう人たちを保護していたのです。

資源に乏しい国でしたが、科学が発達した国でもあったのです。

姫はとても頭が良く、学者たちに気に入られて多くの事を学びました。

役に立つ薬学から、恐ろしい毒物や火薬など、様々な知識がありました。


また国を追われた人たちからは、情報も得ていました。

美女好きの王は、美しいと評判の女は全て手に入れたがる事、気に入っても年を取ったら見向きもしなくなる事など、そういう情報から、姫は作戦を練ったのでしょう。

そして国民を守る為に、自分と使節団の肉体を、何らかの方法で消し去ったのでしょう。


その後も小国の人々は、慎ましくではありますが、幸せに暮らせました。



遥かな時が過ぎて、今はもう、その国はありません。

子孫たちは散り散りになって、他の国で暮らしています。

小国の名前も姫の名前も、残ってはいません。


ただ姫が助けてくれた話だけが、子孫に語り継がれています。


砂漠に消えた姫君は、今も砂漠の中にいると、彼らは言います。

女神となって、自分たちを守ってくれていると、信じられているそうです。




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