第1話への応援コメント
日野原さん、お邪魔しております。
わたしも八年弱、南カリフォルニアに住んでいました。住宅地などの景色を懐かしく思い浮かべながら拝読しました。
お兄ちゃんは妹と仲良く遊んでくれているようですが、いずれシンディが成長するにつれて彼女がジェイミーという存在をどう受け止めるのかが気掛かりです。依存し過ぎなければいいなと思いましたが、そこでふと、ジェイミーはわざとやってるんじゃないかという疑念をほんのりと抱いてしまいました。兄から離れられなくするつもりなんじゃ……というのは、考えすぎだとよいのですが。
明確な答えのない終わり方が想像を膨らませます。
作者からの返信
猫小路葵様
お読み頂いてありがとうございます。そうか、猫小路様も南カリフォルニアにお住まいだったんですね。どう思われましたか? 私はこの短編のように、主にロサンゼルス郊外に住んでました。気候が良く、自然が身近にあって暮らしやすい所でした。時々思い出します。この短編は、まだLAにいた頃に書きました。
シンディはジェイミーをどう思うか。私もわかりませんが、成長して周りに友達が増えてくると、案外、あっさり忘れてしまうかもしれないと思います。「想像上の友達」はそうやって幼い子供の人生から退場していくようですから。
一方で、生前、友だちのいなかったジェイミーも、シンディは大事でしょう。ただ、相手は生きていて成長するのに、自分はいつまでも子供のままとなると…うーん、切ないですね。もしかしたら、強引な手段に出るかもしれません。色々、考えさせられます。
コメント、ありがとうございました。
編集済
第1話への応援コメント
日野原 爽さま
こんにちは。
ジェイミーの両親はなぜジェイミーをそれほどまで邪険に扱ったのでしょう? シンディも夜中にひとりで外にいかせるくらい放任主義で育てていたようですが、体の弱いジェイミーを放ったまま外出ばかりしていたというのは、かなりひどいですね。ひとりで苦しみながら死んでいったジェイミー、死ぬに死にきれなかったのかもしれません。自分の死後に生まれたシンディを逆恨みするわけではなく、一緒に遊んでくれていたようなのは、せめてもの救いでした。
この家が吉岡氏が間借りしていた、その家であるかもしれないと気づいてしまうと、気味が悪くなりますね。とはいえ、吉岡氏にもう少し事情を聞いて、「二人住まい」の真の意味を探ってみたかった気もします。
作者からの返信
佐藤様
読んでいただいてありがとうございます。ジェイミーは両親も恨まず、淡々と生きて死んでいったように思います。ジェイミーの両親は悲しくなかったわけじゃないでしょうけど、早く忘れてしまいたかったのでしょう。そういう人はいました。吉岡氏も、異国で暮しているうちに、かなり変わってきたのではないかと思います。
この作品と次のサムライUSA,昔、アメリカにいた時、異文化の中で暮す難しさを意識しながら書きました。最近、単一民族の暮す国であった日本に色々な民族、文化が入ってきています。少しずつ日本も変わってきている。そんなところもこれから見て、書いていけたらと思います。
第1話への応援コメント
両親から徹底的に思い出を消されてしまったジェイミーが可哀想であるとともに、その悲しい霊に、吉岡氏とその家が取り憑かれているほのめかしに戦慄を感じました。
「アメリカ人は中古の家をきれいに直して移り住む」というのが、ちょっとしたトリックになっているのもいいですね。
「二人」の暮らしに、ジェイミーはすこしでも孤独を癒されているのでしょうか……。
作者からの返信
武江成緒様
ちょうど今、お盆ですね。私の住む周りには寺が多く、墓地も多く、そこにきれいな花が供えられ、線香の香が漂う季節です。日本人は亡くなった人を忘れまいとしますね。インスタグラムが出る前から日本人の写真好きは外国人には驚異だったように思います。一緒に旅行してもカメラを構えるのに夢中の日本人留学生を見て、英国人の友人は苦笑していました。日本人は過去とか思い出に拘ります。その割に、新品と新築が好きだと不思議に思ってましたが、それも最近、マンションが増えて変わってきました。人間の慣習はその土地ごとに違うところが面白くて、この短編になりました。
子供の霊が一緒に暮らしてる、と考えるとちょっと怖いですが、何も悪いことをしないなら、ほっといてあげてもいいように思います。はっきりと霊の存在に気付いているのは、猫だけのようですから。
コメントに加えてお星さまとレビューまでいただきました。
ありがとうございました。