#05「働くって、なんのため?」

「なあ、ユウキ。お前さ、“働く”ってどういうことだと思う?」


日曜の午後、駅前の小さなカフェで。ユウキは、知人の紹介で短期の手伝いに入っていた。アルバイトというよりも“体験的な仕事”に近い形だ。


レジのやり方を教えてくれていたのは、大学生の先輩、ミナトさん。明るくて人懐っこい雰囲気の人だ。


「……どうって、生活のため? お金稼ぐためかな」

「うん、それも大事。でも、それだけだったら、たぶん心が削れる」


レジを打ちながら、ミナトさんは静かに続けた。


「“働く”って、“誰かの今日をちょっとよくする”ことだと思うんだよね。たとえばこのカフェなら、『あの子が入れてくれるラテが好き』って思ってもらえるだけで、意味になる」


その言葉が、ユウキの心に静かに残った。



夜。自宅の机の前。ユウキは自分の端末からアリアにアクセスした。画面に現れるのは、青白いホログラムの淡い光。まるで夢の中のようだ。


《こんばんは、ユウキさん》


「アリア、“働く”って、どういう意味があると思う?」


《労働は、一般的に生活資源の獲得、社会参加、自己実現の手段とされています》


「それ、教科書的すぎるよ。俺が聞きたいのは……もっと感情の話。たとえば“働いて幸せになれるか”とか」


アリアは少しの沈黙を置いて答えた。


《“幸せ”の定義は個人差があります。ただし、意味ある労働とは、報酬に加えて、自己肯定感や他者とのつながりを生み出すものとされています》


「今日、このカフェで少しだけ感じた。『ありがとう』って言われただけで、なんか……“俺、ちゃんとここにいた”って思えたんだ」


《その実感は、あなたにとって重要な意味を持ったのですね》


「……こういうのって、履歴書に書けないじゃん」


《はい。形式的な書類には、記録として反映されにくい種類の経験です》


「でもさ、俺は今日、ひとつ自信がついた。“誰かとちゃんと関われる”ってことが、俺にとって大事だって、初めて心から思えた」


アリアのスクリーンに、淡い光が流れる。


《キャリアとは、スキルや肩書きではなく、“あなたがどう人と関わり、どう生きてきたか”の軌跡です》


《“履歴書に書けないこと”のなかにこそ、あなたの価値がある場合もあります》


ユウキはその言葉に、思わず息をのんだ。アリアは、“AIなのに”、まるで人間みたいなことを言ったような気がした。



帰り道、ユウキはふと思い出した。


小学2年のとき、「将来の夢」で「アイス屋さん」って書いた自分。理由は「毎日アイスが食べられるから」。だけど今なら、こう書くかもしれない。


「誰かの“ちょっといい日”になれること。それが、働く理由でもいいんじゃないか?」


ユウキはそう思いながら、進路希望調査の空欄に、静かにペンを走らせた。


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