第8話 アトレク、グオ・ルーの屋敷へ行く
アトレクが生まれ育ったのは、スーリの最も東だった。住んでいたのは南北を険しい山々に挟まれた細長い土地で、草原を縦横に流れる川と森の恵みに満ちている。
ある日、そこへスーリ商人を中心とした集団が複数やってきた。
奴らは言う。この土地に植民都市を造り、街道を整備して、東のセレス三十六国や北のヴァルガンナ盆地一帯との交易路を
当然、コボルトたちは申し出を拒否した。何度か話し合いが持たれたが結局決裂し、彼らは力づくで集落を追われることとなった。
アトレクは血と女に飢えた人間たちから同族を守って奮闘していたが、気がつけば所属する集団は散り散りとなり、家族も見失っていた。
以来数ヶ月、アトレクは日雇いのような仕事をしながらスーリの各地を巡り、行方の知れない家族を訪ね歩いていたのだった。
昨日も今日も、アトレクは宿の部屋で落ち着かない時間を過ごしていた。
あの六道という
謝礼目当てかとも思ったが、別れ際までそんな話は出なかった。いや、そもそも今の自分は一文無しで、見返りなど期待できるような境遇ではない。
高級とも言えないが安宿でもない店を選んでくれ、三日どころか四日分の宿代を払ってくれた。返す当てがないと尻込みしたアトレクに、グオ・ルーから取り立てるから大丈夫だと笑って言ってくれた。
してもらいっぱなしでいい訳があろうか。受けた恩は必ず返さねば。
しかし、今の自分には何もできない。
いや、その前に、役所も恐れるあのグオ・ルーを六道はどうするつもりなのか。それもたった一人で。
――俺にできることは何かないのか? 少し、外の風で頭を冷やそう。
アトレクは、そう考えたことをすぐに後悔することになる。
宿から出たところでばったり出くわしたのが、二日前に自分を袋叩きにしたグオ・ルーの
「おう、やっと見つけたぜ。親分がお前をお捜しだ」
男は下卑た笑いを浮かべると、アトレクの手首をがっちりと掴んだ。
グオ・ルーの屋敷で通されたのは、賭場とは別の離れの一室だった。中には片膝を立てて座るグオ・ルーの他に、胡座をかいたり寝転がったりしている人間が四人いた。皆、臭いに覚えがない者ばかりだった。
アトレクを見たグオ・ルーが口を開く。
「何だお前、一昨日の怪我が綺麗に治ってるじゃねえか」
「通りすがりの人が治してくれたんだよ」
アトレクはつっけんどんに答えた。嘘は言っていない。返答そのものを拒絶して変に興味を持たれるよりはましだろう。
グオ・ルーは小さく笑った。
「態度がでけえな。まあいい。実はな、おめえに一つやってもらいてえことができた。こいつをやってくれたら、借金をチャラにしてやってもいい」
「嫌だって言ったら?」
アトレクが不信感を隠さずに言うと、グオ・ルーの笑いは意地の悪いものに変わった。
「その時は、今すぐ耳をそろえて払ってもらうだけだ」
「話が違うぞ! 期限は明日だろ!」
アトレクは気色ばんだが、グオ・ルーは意に介さない。
「証文に期限は書いてねえ。それを決めるのは俺なんだよ」
アトレクは俯いた。ふんと鼻を鳴らし、グオ・ルーは話を続ける。
「今朝方な、
そう言ってグオ・ルーが語った容貌は、自分が認識している六道のものに酷似していた。
――旦那なのか? それとも似てるだけ? でもそんな偶然あるか?
つい考え込み始めたアトレクの意識は、グオ・ルーの声で戻ってきた。
「どうした、気になることでもあったか?」
「え、いや……、なんでそれがわかったのかなって」
とっさのごまかしだったが、グオ・ルーは疑わなかったようで大きく頷いた。
「
グオ・ルーはせせら笑い、アトレクの前に一本の短剣を投げた。
「今、
アトレクは短剣を取り上げた。この辺りで一般的に使われているものより幅が広い。抜いてみると、剣身には溝が何本も彫られており、黒っぽいものがへばりついていた。
「そいつはな、何種類もの猛毒を粘液状にして塗り込んでから乾かしたもんだ。
愉快そうに言うグオ・ルーに対し、アトレクは目を見開いたまま固まっていた。
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